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国連・子どもの権利委員会、不同意性交により妊娠した少女に中絶へのアクセスを保障せず、刑事訴追したことについてペルーの条約違反を認定
〈国連・子どもの権利委員会の第93会期が終了:一般的意見26号(子どもの権利と環境)も採択〉で、委員会が、個人通報制度に基づき、3か国(ペルー/チェコ/デンマーク)について条約違反を認定した旨、報告しました。
そのうちペルー(不同意性交・近親姦の被害者である13歳の子どもによる中絶サービスへのアクセスをめぐる事案)に関する決定について、OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)のプレスリリースが出ましたので、事案の概要を紹介します。
1)OHCHR: Peru violated child rape victim's rights by failing to guarantee access to abortion and criminally prosecuting her for self-abortion, UN Committee finds
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2023/06/peru-violated-child-rape-victims-rights-failing-guarantee-access-abortion
ニュースサイトでも報じられています。
2)The Guardian: Peru violated rights of 13-year-old girl repeatedly raped by father, UN rules
https://www.theguardian.com/global-development/2023/jun/16/peru-violated-rights-of-13-year-old-girl-repeatedly-raped-by-father-un-rules
3)UPI: Girl raped by father should have received abortion access, U.N. tells Peru
https://www.upi.com/Top_News/World-News/2023/06/18/peru-girl-raped-by-father-abortion-access-united-nations/6581687107956/
OHCHRのプレスリリースによると、事案の概要は次のとおりです。5月15日に採択された委員会の決定(CRC/C/93/D/136/2021、いまのところスペイン語のみ)はこちらから参照できます。
● 申立人のカミラ(仮名)は9歳から父親に不同意性交の被害を受けており、2017年に妊娠した(当時13歳)。親族により病院に連れていかれた際、父親の子どもを生んだりしたくないと繰り返し病院スタッフに訴えたが、治療的中絶を受ける権利について告知されることはなかった(ペルーでは中絶は犯罪とされているが、生命の危機または母の健康に対する深刻かつ恒久的脅威が存在する場合には例外とされる)。
● カミラは、NGOの支援を得て、病院に治療的中絶へのアクセスを申請するとともに、担当検察官に対しても中絶の許可を要請したが、どちらからも回答はなかった。それどころか、病院スタッフはカミラが定期的に出産前検診を受けるべきだと言い張り、来院しなくなったカミラの家を数度にわたって(何度かは警察官をともなって)訪問した。そのためカミラは家族とコミュニティによるスティグマといやがらせの対象となり、学校に行くこともできなくなって、ついには村を離れざるを得なくなった。
● カミラは自然流産したが、その後自己堕胎罪で起訴され、妊娠を続けたくないと繰り返し述べていたことのみを証拠として有罪判決を受けた。
● さらに、カミラは不同意性交の事案でも検察官からいやがらせを受けた。検察官は、カミラと父親(加害者)の立会いのもとでの現場検証を命ずるとともに、カミラに繰り返し証言を要求した。また、不同意性交の調査よりも、自己堕胎罪で有罪とするための証拠の収集に力を入れていた。
カミラの父親の処遇についてOHCHRのプレスリリースでは触れられていないものの、前掲UPIの記事によると、父親は、カミラは自分の娘ではなく、性的関係に合意していたなどと公判で主張したそうです。しかしその主張は退けられ、有罪判決を受けて終身刑を言い渡されるとともに、カミラに対して1万4千ドルの賠償金を支払うよう命じられたとのことです。
カミラの申立てを審査した委員会は、次のように認定しました。
1)カミラは、中絶サービスに関する情報を得られず、当該サービスに効果的にアクセスすることもできなかったことにより、その生命および健康に対する現実の、個人的かつ予見可能なリスクにさらされた。このような状況は、カミラが父親による不同意性交の被害者であることによっていっそうひどいものとなり、妊娠がカミラの精神的健康に及ぼす影響をさらに悪化させた。したがって、ペルーは健康および生命に対するカミラの権利を侵害したと認定される。
2)遠隔地で暮らす先住民族の子どもであるカミラは、不同意性交の被害を受けた後、保健・警察・司法当局によって再被害を受けた。中絶の申請を繰り返し無視され、自宅や学校を頻繁に捜索され、自己堕胎罪で訴追されたためである。したがって、カミラは、年齢、ジェンダー、民族的出身および社会的地位に基づく差別を受けたと認定される。
3)また、カミラが安全な中絶にアクセスできなかったことはジェンダーに基づく異なる取扱いであり、健康のために不可欠なサービスへのアクセスを否定し、生殖役割に関するジェンダーステレオタイプにしたがわなかったことを理由にカミラを処罰する行為である。
委員会は、以上の判断に基づき、ペルーが条約の次の条項に違反したと結論づけています。
-2条(差別の禁止)
-6条(生命・生存・発達に対する権利)
-13条1項(情報の自由に対する権利)
-16条1項(プライバシーに対する権利)
-19条(虐待・暴力からの保護)
-24条(健康・保健サービスに対する権利)
-37条(a)(拷問または他の残虐な、非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは処罰を受けない権利)
-6条および24条とあわせて解釈した12条1項(子どもの意見の尊重の原則)
そのうえで、委員会はペルーに対し、▽カミラのために効果的な被害回復措置をとること(十分な賠償のほか、勉学の継続を含めて生活を立て直すための支援を含む)、▽カミラが精神保健サービスにアクセスできるようにすることを促しました。
さらに、再発防止のために次の措置をとることも求めています(決定書パラ9)。
a)子どもが妊娠したすべてのケースについて中絶を非犯罪化すること。
b)妊娠した女児のために安全な中絶サービスおよび中絶後のケアを確保すること(とくに母親の生命・健康へのリスクがある場合や不同意性交または近親姦による妊娠の場合)。
c)治療的中絶へのアクセスについて定めている規則(テクニカルガイド)を修正し、女児に関する適用のあり方について具体的に規定するとともに、とくに、子どもが妊娠した場合に生じる健康・生命への特別なリスクが正当に考慮されるようにすること。
d)中絶へのアクセスに関するテクニカルガイドの手続が遵守されなかった場合の明確かつ迅速な是正措置を確立するとともに、当該不遵守について責任がとられるようにすること。
e)子どもの権利条約で保護されている権利および治療的中絶に関する法律の適用・解釈に関して、保健・司法要員(検察局を含む)に対して明確な指示を与え、研修を実施すること。
f)セクシュアル/リプロダクティブヘルスに関する十分な教育を、すべての男児・女児がアクセスできる形で提供すること。
g)子どもが、セクシュアル/リプロダクティブヘルスに関する情報およびサービスを利用でき、かつ効果的にアクセスできるようにすること(避妊法に関する情報と避妊法へのアクセスを含む)。
h)性的虐待の被害を受けた子どもに対する再トラウマを防止し、迅速かつ適切な治療的介入を確保するための、部門横断型のしくみを設置すること。
なお、ザ・ガーディアン紙の前掲記事には「国連委員会がペルーによる思春期の女子の権利侵害を認定したのはこれで3件目」とあり、原文で "the UN Committee" と書かれていることからすると子どもの権利委員会を指しているとしか読めませんが、他の2件は次のとおりそれぞれ別の委員会が審査した事案です。子どもの権利委員会によるペルーの条約違反認定は、これが初めてのケースになります。
-13歳の少女(仮称LC)が、虐待加害者によって妊娠させられて自殺を図った後に対麻痺が残った事案(女性差別撤廃委員会、CEDAW/C/50/D/22/2009、2021年)
-17歳の少女(仮称KL)が、胎児が無脳症であるにもかかわらず中絶を否定された事案(自由権規約委員会、CCPR/C/85/D/1153/2003、2005年;本事案については、決定からほぼ10年を経てようやくペルー政府が賠償金の支払いに合意したことが報告されています)
個人通報制度に基づいて国連・子どもの権利委員会が行なってきた主な決定については、筆者のサイトの〈国連・子どもの権利委員会 個人通報 決定一覧〉参照。
【追記】(2025年2月19日)
〈国連・自由権規約委員会、不同意性交の被害を受けた3人の少女に対する人権侵害についてエクアドルとニカラグアの規約違反を認定〉(2025年2月18日)も参照。
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