インクルーシブ教育をめぐるスペインの対応について条約違反を認定した国連・障害者権利委員会の見解(抄訳)
昨年の投稿で概要を紹介した国連・障害者権利委員会の「見解」が英訳されていましたので、冒頭部分と、本案に関する委員会の認定結果および勧告を日本語訳しました。インクルーシブ教育を「権利」として保障するということがどういうことなのか、その一端が示された見解です。
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国連・障害者権利委員会
CRPD/C/23/D/41/2017
配布:一般
2020年9月30日
英語
原文:スペイン語
日本語仮訳:平野裕二
選択議定書第5条に基づき、通報No.41/2017に関して委員会が採択した見解
通報提出者:ルーベン・カジェハ・ロマ(Rubén Calleja Loma)およびアレハンドロ・カジェハ・ルーカス(Alejandro Calleja Lucas)
被害者とされる者:ルーベン・カジェハ・ロマおよびアレハンドロ・カジェハ・ルーカス
締約国:スペイン
通報日:2017年5月2日(最初の提出)
文書概要表示:委員会の手続規則の規則70にしたがって行なわれ、2020年8月28日に(文書としては発行せず)締約国に送達された決定
採択日:2020年8月28日
主題:ダウン症がある子どものインクルーシブ教育に対する権利
手続的争点:受理許容性;申立て内容の裏付けの有無
実体的争点:インクルーシブ教育に対する権利;障害に基づく差別および残虐な、非人道的なまたは品位を傷つける取扱いまたは処罰;家庭および家族の尊重
条約の条文:第4条との関連で解釈される第7条、第13条、第15条、第17条、第23条および第24条
選択議定書の条文:第1条および第2条
1.通報の申立人はルーベン・カジェハ・ロマおよびアレハンドロ・カジェハ・ルーカスであり、それぞれ1999年8月25日と1962年10月25日に出生したスペイン国民である。本件通報の提出時、ルーベンは未成年であり、ダウン症を理由として同人を特別教育センターに編入させるという締約国の行政決定に異議を申し立てていた。申立人らは、自分たちが、条約第7条、第13条、第15条、第17条、第23条および第24条を第4条との関連で解釈した場合に保障される権利を締約国によって侵害された被害者であると主張する。ルーベンの代理人は、父であるカジェハ・ルーカス氏である。条約の選択議定書は、締約国について、2008年5月3日に効力を生じた。
(中略;事案概要は以前の投稿を参照)
B.受理許容性および本案に関する委員会の検討
(中略)
本案の検討
8.1 委員長は、選択議定書第5条および委員会の手続規則の規則73(1)にしたがい、受領したすべての情報に照らして本通報を検討した。
8.2 第24条違反の主張に関して、委員会は、ルーベンをヌエストラ・セニョーラ・デル・サグラード・コラソン特別教育センターに編入させる旨の行政決定――締約国の裁判所によっても支持された決定――が、申立人らによればインクルーシブ教育に対するルーベンの権利の侵害であるとされることに留意する。委員会は、この決定の基礎とされた2件の報告書が、ルーベンが通学していた普通学校の、ルーベンに対して差別および虐待を行なったとされる教員らと緊密に協力しながら、かつこれらの教員の要請を受けて、指導チームによって作成されたものであるという申立人らの主張に留意するものである。委員会はまた、これらの主張に対して締約国が何ら応答していないことにも留意する。委員会はさらに、申立人らが指摘するとおり、通報において利用可能な情報からは、ルーベンの教育上のニーズおよび普通学校への通学を継続できるようにするためにルーベンが必要としたであろう合理的配慮について、締約国当局が合理的な評価または綿密かつ詳細な検討を行なったとは思われないことに留意する。これとの関連で、委員会は、レオン第1行政裁判所が、その判決において、「個別的配慮および(ルーベンを)長期間支援してきた専門教員の支援があって初めて、学習上のニーズに対する受け入れ可能な対応を行なうことができる」とし、かつ、行政はその時点まで普通学校へのルーベンのインクルージョンを支援していたものの、ルーベンの教育上および行動上の変化により、行政が「現状において」利用可能な資源ではもはやそのようなインクルージョンを確保できない段階に達していたと述べていることに留意するものである。委員会はまた、2010/11年度の開始時点でルーベンには特別教育アシスタントがつけられていなかったこと(アシスタントは必要ないと担当教員が決定したため)、その後、ルーベンの両親の要請を受けてようやくアシスタントが配置されたこと、および、アシスタントの配置後、担当教員は「ルーベンを完全に無視し、教育を放棄した」とアシスタントが述べていることにも留意する。
8.3 加えて、委員会は、締約国の司法当局が言い渡した決定において、臨床心理学者G.C.が作成した報告書がまったく重視されていないことに留意する。当該報告書では、ルーベンが普通教育施設における就学になかなか適応できなかった原因は、教育的支援の欠如と、ルーベンが当該施設で経験した差別的かつ敵対的環境であることが明らかにされていた。委員会は、提供された情報が、申立人が普通教育施設で学習できるようにするためにすべての可能な合理的配慮措置がとられたことを示すものではないことに留意する。
8.4 委員会は、「第24条(1)に従い、締約国は、就学前、初等、中等及び高等教育、職業訓練及び生涯学習、課外及び社会活動などあらゆる段階における、障害のある人を含むすべての生徒を対象とした、差別のない、他の者との平等を基礎とした、インクルーシブ教育システムを通じて、障害のある人の教育を受ける権利の実現を確保しなければならない」(注18)ことを想起する。委員会はまた、「インクルージョンには、対象となる年齢層のすべての生徒に、公正な参加型の学習体験と、彼らのニーズと選好に最も合致した環境を提供することに貢献するというビジョンを伴った、障壁を克服するための教育内容、指導方法、アプローチ、組織体制及び方略の変更と修正を具体化した制度改革のプロセスが含まれる」(注19)ことも想起する。委員会はさらに、「差別されない権利には、分離されない権利と、合理的配慮を受ける権利が含まれ、アクセシブルな学習環境と合理的配慮の提供の義務に照らして理解されなければならない」(注20)ことを想起する。
注
18 インクルーシブ教育を受ける権利に関する一般的意見第4号(2016年)〔仮訳:石川ミカ・日本障害者リハビリテーション協会/監訳:長瀬修〕、パラ8。
19 前掲、パラ11。
20 前掲、パラ13。
8.5 委員会は、これらの出来事が起きた文脈を想起する。委員会は、条約の選択議定書第6条に基づいて実施したスペインに関する調査において、次のような結論に達したことを想起するものである。(a) 締約国では、「医学モデルによって、障害を理由とする差別的排除および教育的隔離の構造的パターンが固定化されており、そのため知的障害および心理社会的障害のある人ならびに重複障害のある人に不均衡なかつ特段の影響が生じている」(注21)。(b)「認定された権利侵害の件数、継続的性質および多様性ならびにこれらの侵害が恒久的かつ継続的に相互関連している事実に鑑み、かつ、このような違反が大部分、法律、政策および制度的実務によって確立されたシステムのために生じていることを考慮に入れ、(……)本件調査の認定事実は信頼に足るものであり、かつ選択議定書第6条および委員会の手続規則の規則83にいう重大なまたは組織的な侵害の存在を指し示している」(注22)。(c)「委員会は、委員会の先例および一般的意見第4号にしたがい、差別されない権利および機会均等を基礎とするインクルーシブな制度においては、障害のある生徒を対象とした別学制度の廃止が求められることを想起する」(注23)。
注
21 CRPD/C/ESP/IR/1、パラ74。
22 前掲、パラ79。
23 前掲、パラ81。
8.6 委員会はまた、締約国に関する直近の総括所見において委員会が表明した、「インクルーシブ教育に関わって締約国が達成した進展が限定されていること(インクルーシブ教育促進のための明確な政策および行動計画が存在しないことを含む)」についての懸念も想起する。「委員会はとくに、締約国が、特別教育について定めたすべての規定および機能障害を基盤とする医学的アプローチを維持していることを懸念するものである。委員会は、障害(自閉症、知的障害または心理社会的障害および重複障害を含む)のある子どもの多数がいまなお隔離特別教育を受けていることを懸念する」(注24)。
注
24 CRPD/C/ESP/CO/2-3, para. 45.
8.7 条約が締約国について効力を生じたのは2008年5月3日であるが、インクルーシブ教育に対するルーベンの権利を確保するための法律または政策を締約国はまだ採択していないのであるから、ルーベンは条約第4条と合わせて解釈した場合の第24条の違反の被害者である旨の申立人らの主張に関して、委員会は次のことを想起する。「条約第4条(1)(b)の実施に向けて、締約国は、障害のある人に対する差別となり、第24条に違反する、既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、または廃止するための、立法を含むすべての適当な措置をとるべきである。必要に応じて、差別的な法律、規則、慣習及び慣行は、組織的な、かつ、期限を定めた方法で、廃止あるいは改正されるべきである」(注25)。
注
25 一般的意見第4号、パラ19。
8.8 以上の理由から、委員会としては、ルーベンの両親の意見を考慮することなく、ルーベンが普通教育制度に留まれるようにできた可能性のある合理的配慮の可能性を効果的に模索することなく、臨床心理学者および特別教育アシスタントの報告書を何ら重視することなく、かつルーベンが普通学校で受けた差別行為および虐待行為に関する申立人らの訴えを考慮することなく行なわれた、ルーベンを特別教育センターに編入させる旨の行政決定は、条約第24条をそれ自体としておよび第4条と合わせて解釈した場合の、同条に基づくルーベンの権利の侵害に相当すると考える。
8.9 条約第4条と合わせて解釈した場合の第23条に関連する訴えに関して、委員会は、締約国が、子どもをヌエストラ・セニョーラ・デル・サグラード・コラソン特別教育センターに入所させることを拒否したという理由で両親をネグレクトにより告発したことで、家庭生活に対する申立人らの権利を侵害した旨の申立人らの主張に留意する。委員会は、告発が認められていれば両親が子どもの監護権を失う可能性もあったという申立人らの主張に留意するものである。委員会はまた、通報において利用可能な情報によれば、2014年5月23日、裁判所がルーベンの両親に対し、審判の結果が出るまでそれぞれ2,400ユーロの保証金を納めるよう命じたことにも留意する。この命令は予防的措置として言い渡されたものであり、違反すれば資産を没収される可能性があった。委員会としては、この予防的措置が、両親の無罪が言い渡された、ほぼ1年後の2015年4月20日になってようやく解除されたことに留意する。委員会は、本件保証金はルーベンの両親に過度な金銭的負担を課し、インクルーシブ教育に対する自己の子どもの権利の承認を求める闘いから生じた緊張状態を悪化させるものであって、両親の個人的ウェルビーイングおよび家族としてのウェルビーイングに悪影響を与えたことは疑う余地がないと考える。
8.10 これとの関連で、委員会は、条約の選択議定書第6条に基づいて実施したスペインに関する調査において、締約国に対し、「障害のある生徒の親が、インクルーシブ教育に対する自己の子どもの権利が平等に尊重されることを要求した場合に訴追され得ないことを確保する」よう促したことを想起する(注26)。前パラグラフに掲げられた主張に照らし、委員会は、締約国が、条約第23条をそれ自体としておよび第4条と合わせて解釈した場合の、同条に基づく自国の義務を履行しなかったと認定する。
注
26 CRPD/C/ESP/IR/1, para. 84 (e).
8.11 委員会はまた、ルーベンが、2009/10年度および2010/11年度中にアントニオ・ゴンサレス・デ・ラマ・デ・レオン普通公立学校で差別および虐待の対象とされたことにより、身体的不可侵性を危うくされかつ尊厳を損なわれたことは、条約第17条と合わせて解釈した場合の第15条に基づく権利の侵害である旨の、申立人らの主張にも留意する。とくに、委員会は次のことに留意するものである。(a) レオン第1行政裁判所で行なわれた証人陳述によれば、ルーベンの同級生2人の母親は、担当教員がルーベンの首をつかんで窓から放り出すと脅し、かつ椅子で殴るという脅しも行なったと証言している。(b) 申立人らは、ルーベンがある教員から身体的暴行を受け、何度か平手で叩かれたと主張している。
8.12 委員会は、条約第15条に基づき、何人も拷問または残虐な、非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは処罰の対象とされてはならないのであり、かつ、締約国は、障害のある人が拷問または残虐な、非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは処罰の対象とされないようにするためにあらゆる効果的な立法上、行政上、司法上その他の措置をとらなければならないことを、想起する。委員会は、条約第17条に基づき、障害のあるすべての人に、他の者との平等を基礎として、その身体的および精神的な不可侵性を尊重される権利があることを想起する。これとの関連で、委員会は、カスティーリャレオン州高等司法裁判所の判決において次の事実が認められていることに留意するものである。「実のところ、学校における近年の状況は(ルーベンの)ニーズにふさわしいものではなく、教職員側の態度はまったく協力的ではなかった。さらに、教職員の行動に対する学校の対応は直ちに要求されるもの(少なくとも議論の目的で、(……)数人の教員に対する重大な非難の存在を認めること)ではなく、やや異常な動きさえあった可能性もあるものの、それこそが、本件子どもが援助および教育を受けていた学校の雰囲気であった」。
8.13 委員会はまた、このような出来事の発生について2度にわたって通告されていたレオン州検察局が事件としての対応を行なわなかった旨の、申立人らの主張にも留意する。委員会はとくに、申立人らが、2回目の通告書に、カスティーリャレオン州高等司法裁判所の判決に記された情報(ルーベンが受けていた虐待について証言した同級生の母親らの陳述と、学校において「やや異常な動きさえあった可能性もある」旨の裁判所の発言に関するもの)という形で新たな証拠を記載していたことに留意するものである。委員会としては、このような情報を前にした締約国当局にはこれらの訴えについて効果的かつ徹底的な調査を行なう義務があったが、当局はそのような調査を行なわなかったと考える。上述の点に照らし、かつこの点について締約国から何のコメントもなかったことを踏まえ、委員会は、締約国が、条約第15条および第17条をそれ自体としておよび第4条と合わせて解釈した場合の、これらの条文に基づくルービンの権利を侵害したと考える。
8.14 前述した条約の諸条文に基づく申立人らの権利の侵害を認定した以上、委員会としては、条約第7条に基づく同一の訴えについて検討する必要はないと考える。
8.15 委員会は、締約国が、条約第4条にしたがい、障害のあるすべての人のあらゆる人権および基本的自由の完全な実現を確保しかつ促進するためにあらゆる必要な措置をとる一般的義務を負っていることを想起する。したがって、これまでのパラグラフで述べてきた議論に照らし、委員会は、締約国が、条約第7条、第15条、第17条、第23条および第24条をそれ自体としておよび第4条と合わせて解釈した場合の、これらの条文に基づく自国の義務を履行しなかったと認定するものである。
C.結論および勧告
9.委員会は、選択議定書第5条に基づく行動として、締約国が、条約第7条、第15条、第17条、第23条および第24条をそれ自体としておよび第4条と合わせて解釈した場合の、これらの条文に基づく自国の義務を果たしてこなかったとの見解をとる。したがって、委員会は、締約国に対して次の勧告を行なうものである。
(a) 申立人らに関して、締約国は次の行動をとる義務を負う。
(i) 申立人らが受けた取扱いおよび当局による申立人らの事案の扱い方の結果として申立人らがこうむった情緒的および心理的危害を考慮に入れ、申立人らに対し、賠償とあわせて効果的救済(申立人らが負担した訴訟費用等があればその償還を含む)を提供すること。
(ii) ルーベンが、本人および両親と協議したうえで、真にインクルーシブな職業訓練プログラムに受け入れられることを確保すること。
(iii) 申立人らが報告した虐待および差別の訴えに関して効果的な調査を実施し、かつすべてのレベルにおけるアカウンタビリティを確保すること。
(iv) この「見解」にしたがい、子どもであるルーベンのインクルーシブ教育に対する権利および暴力のない生活に対する権利が侵害されたこと、ならびに、刑法上のネグレクト罪を理由に不当に起訴されて心理的および金銭的影響を受けたルーベンの両親の権利が侵害されたことを、公に認めること。
(v) この「見解」を公表し、かつアクセシブルな形式で広く流布させることにより、住民のすべての層が入手できるようにすること。
(b) 一般的対応として、締約国は、将来の同様の侵害を防止するための措置をとる義務を負う。これとの関連で、委員会は、委員会の総括所見(CRPD/C/ESP/CO/2-3, paras. 46 and 47)に掲げられた勧告および選択議定書第6条に基づいて委員会が実施したスペインについての調査(CRPD/C/ESP/IR/1)に掲げられた勧告を参照するよう求める。委員会はとくに、締約国に対し、障害のある人々および障害のある人々を代表する組織と緊密に協議しながら、次の措置をとるよう要請するものである。
(i) 障害の医学モデルを完全に解消し、かつ、障害のあるすべての子どもの全面的インクルージョンおよび各教育段階におけるその具体的目標を明確に定めるための法改正を、条約にのっとって速やかに進めること。
(ii) インクルーシブ教育が権利と見なされることを確保するための措置をとり、かつ、障害のあるすべての生徒に対し、その個人的特性にかかわらず、普通教育制度におけるインクルーシブな学習機会にアクセスする権利を、必要に応じた支援サービスへのアクセスとともに付与すること。
(iii) 普通教育においてインクルージョンの文化を促進するための戦略(権利を基盤とする個別の教育ニーズ評価および必要な配慮、教員に対する支援、平等および差別の禁止に対する権利を確保する際の多様性の尊重、ならびに、障害のある人の社会への完全かつ効果的な参加を含む)をともなった、包括的かつインクルーシブな教育政策を策定すること。
(iv) 特別教育学校および普通学校内の専用区画の双方における、障害のある生徒のいかなる教育隔離も解消すること。
(v) 障害のある生徒の親が、インクルーシブ教育に対する自己の子どもの権利が他の者との平等を基礎として尊重されることを要求した場合に、訴追され得ないことを確保すること。
10.選択議定書第5条および委員会の手続規則の規則75にしたがい、締約国は、委員会に対し、この「見解」および委員会の勧告に照らしてとられた行動に関する情報があれば当該情報を含む文書回答を6か月以内に提出するべきである。
(了)