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国連・子どもの権利委員会、3人の父親(外国籍)の退去強制をめぐる事案でデンマークの条約違反を認定

 国連・子どもの権利委員会は、2023年9月19日、通報手続に関する子どもの権利条約の選択議定書に基づき、3人の子どもの父親の退去強制をめぐる事案でデンマークの条約違反を認定し、退去強制を行なわないよう同国に対して求めました(CRC/C/94/D/145/2021)。

 申立人は、デンマークからの退去強制を言い渡されたナイジェリア国籍の男性です。彼にはいずれもナイジェリア国籍を有する3人の子ども(うち1人は「義理の息子」)がおり、ナイジェリアに送還されればこれらの子どもが父親から引き離されることになるとして、送還は条約3条(子どもの最善の利益)、7条(家族関係の保全等)、9条(親子分離の禁止原則)および10条(異なる国に住んでいる親子の再統合)に基づく子どもの権利を侵害すると主張していました。

 申立人の男性は、2015年4月にデンマークに入国して庇護申請を行ないましたが、庇護センターからの脱走を繰り返したほか、薬物所持を理由として有罪判決を受けるなどの事情もあって庇護が認められることはなく、追放および6年間の再入国禁止を言い渡されています。

 一方、申立人の男性はその間、医学的治療の必要性を理由に在留許可を付与されているナイジェリア国籍の女性と交際を開始し、2人の子どもを設けました。その女性が別の男性とのあいだに設けていた子ども(申立人にとっての「義理の息子」)とあわせて、申立人には3人の子どもがいることになります(子どもたちはいずれもデンマークで在留許可を付与されています)。

 庇護申請の審査手続ではこれらの子どもの存在についてもいちおう考慮されましたが、裁判所は、▽たとえパートナー(子どもたちの母親)が難病を患っていたとしても、申立人らが他国で家族生活を続けることは克服不可能な困難であるとはいえない、▽スカイプなどのデジタル手段を通じて申立人が家族との接触を維持することも可能である、▽子どもおよびパートナーとの定期的短期訪問を――ただしデンマーク外で――手配することもできるなどとして、退去強制が比例性を欠くものとは認められないと判断しました。

 申立人は、パートナーとの間に2人めの子どもが生まれたことを理由としてあらためて在留許可を申請したもののやはり認められなかったため、2021年5月、通報手続に関する子どもの権利条約の選択議定書に基づいて国連・子どもの権利委員会への申立てに踏み切ったものです。

 委員会の判断は、大要 次のとおりです。

● 申立人は、パートナーが他の男性と設けた子どもの生物学的父親ではないものの、パートナーとともに2歳のころからその子のケアをしていることから、委員会としては申立人をその子の「父親」とみなす。(パラ8.3)
● 申立人がナイジェリアに送還された場合、3人の子どもがついていくことは、子どもたちの母親がデンマークで治療を受けていて渡航できないことから、不可能である。申立人に6年間の再入国禁止が科されていることも考えれば、ナイジェリアへの送還が、3人の子どもからの事実上のかつ長期的な分離につながることは避けられない。(パラ8.4)
● デンマーク当局は、このような分離が子どもたちにどのような影響を及ぼすか、また本件の特有の事情(子どもたちが低年齢であること、母親が第三国に渡航できないこと、申立人に6年間の再入国禁止が科されていることを含む)において申立人との接触をどのように確保できるかについて、検討していない(本件事下にあっては、子どもたちが申立人と意味のある接触を維持することは著しく困難であると思われる)。また、母親の慢性疾患に鑑みて父親からの分離が子どもたちに及ぼすであろう影響についても、考慮されていない。締約国はソーシャルメディアを通じた接触が可能であると主張するものの、このような手段では、子どもたちが申立人と十分で意味のある個人的関係および直接の接触を維持することは確保されない。(パラ8.6)
● 刑事法・移民法および諸決定を執行することに対する締約国の正当な利益は認めるものの、委員会は、このような利益と、親から引き離されない子どもたちの権利との衡量が必要であると考える。このような衡量にあたっては、送還命令の必要性および比例性ならびに分離が子どもたちに及ぼす特有の影響が、子どもたちの意見も考慮しながら、とくに重視されるべきである。本件においては、子どもたちの年齢の低さ、母親の病気および当該送還に不可避的にともなう分離を考慮すれば、申立人をナイジェリアに送還する旨の決定(6年間の再入国禁止を含む)は子どもたちに重大な影響を及ぼす可能性があるのであり、そのことを踏まえれば、詳細な子どもの最善の利益評価を実施することが何よりも重要であった。委員会は、当該決定が子どもたちに与える具体的影響の評価を締約国が行なわず、子どもたちが父親と実際に継続的接触を持てるようにするための措置もとらなかったことは、条約3条および9条(1)に基づく子どもたちの権利を侵害するものであると考える。(パラ8.7)
● したがって委員会は、本件においては条約3条および9条に基づく3人の子どもたちの権利の侵害があったとの見解に立つ。このような認定を踏まえ、本件が条約7条および10条の違反にも該当するか否かを別途検討する必要はない。(パラ8.8-8.9)。

 委員会は、このような認定結果を踏まえ、申立人をナイジェリアに送還しないこと、また3人の子どもたちの最善の利益を第一次的に考慮しながら申立人の主張を再審査することをデンマークに対して求めました(パラ9)。同時に、同様の侵害が今後行なわれないようにするために必要なすべての措置をとることも促し、とくに、▽子どもに直接間接に影響を与える庇護手続その他の手続において子どもの最善の利益が第一次的考慮事項として評価の対象とされるようにすること、▽子どもが親・養育者の一方または双方から引き離されることにつながる決定においては、当該分離が子どもに及ぼす影響が具体的事情に照らして慎重に検討されるようにし、かつ分離に代わる措置のあらゆる可能性を考慮することを求めています(同)。

 本件では、申立人、パートナーおよびその子どもたちが全員ナイジェリア国籍ですが、申立人以外については在留許可が付与されていること、とくに母親が慢性疾患(白血病)にかかっていてナイジェリアへの渡航が不可能であることなどの事情に鑑み、上記のような結論になったと考えられます。家族全員で国籍国に帰国することが可能である場合などには別段の決定が行なわれる可能性も否定できません(もっとも、子どもと在留国/国籍国との結びつきなどの要素は当然考慮されることになるでしょう)。とはいえ、刑法や出入国管理法の執行にあたっても子どもの最善の利益が第一次的に考慮されなければならないことをあらためて明確にした点では、意義のある決定を考えることができます。

 最後に、委員会の決定のうち、このような事案における子どもの最善の利益の考慮のあり方について詳しく述べた箇所(パラ8.5)を訳出しておきます(脚注は省略;ただし、自己の最善の利益を第一次的に考慮される子どもの権利に関する一般的意見14号(GC14)、国際的移住の文脈にある子どもの人権についての一般的原則に関する一般的意見22号(GC22)の関連パラグラフ番号は〔 〕で示した)。個人通報制度に基づいて委員会が行なってきた主な決定の概要は、私のサイトの〈国連・子どもの権利委員会 個人通報 決定一覧〉をご参照ください。

8.5 委員会は、締約国が、条約第9条(1)にしたがい、子どもが親の意思に反して親から分離されないことを確保するべきであること(ただし、権限ある機関が、司法審査に服することを条件として、適用可能な法律および手続にしたがい、このような分離が子どもの最善の利益のために必要であると決定する場合を除く)を想起する。委員会はまた、自己の最善の利益を第一次的に考慮される子どもの権利が実体的権利であり、基本的な法的解釈原理であり、かつ手続規則であるとする〔GC14、パラ6〕、委員会の一般的意見14号(2013年)も想起する。したがって、子どもの最善の利益を評価する法的義務は、たとえ子どもが措置の直接の対象ではなくとも、子どもに直接間接に影響を及ぼすすべての決定および行動に適用されるのである〔GC14、パラ19〕。委員会は、ある決定が子どもに重要な影響を及ぼす場合には、子どもの最善の利益を考慮するために保護の水準を高め、かつ子どもの最善の利益を考慮するための詳細な手続を設けるのが適当であることを明らかにした〔GC14、パラ20〕。これとの関連で、委員会は、子どもが親から分離される可能性がある状況においては、子どもの最善の利益の評価および判定を行なうことが不可欠であると考える〔GC14、パラ58〕。具体的には、とくに子ども自身の移住者資格と関連した親の拘禁もしくは追放に関わるすべての行政上または司法上の決定において、その不可欠な一部として、個別の手続を通じて、子どもの最善の利益が明示的に確保されるべきである〔GC22、パラ30〕。加えて、委員会は、子どもに影響を及ぼす可能性のある移住関連の手続または決定において子どもの最善の利益の原則を実施するため、移住者である子どもに影響を及ぼす移住関連の決定その他の決定の一環としてまたはそのような決定の参考とする目的で、最善の利益評価・判定手続を制度的に実施する必要があることを強調してきた〔GC22、パラ31〕。このような手続は、特定の子ども個人または特定の子ども集団について、特定の状況において決定を行なうために必要なあらゆる要素を評価しかつ比較衡量することをともなうものである〔同〕。委員会はさらに、締約国には、移住資格を理由とする親の拘禁または退去強制につながる可能性がある移住・庇護手続の諸段階で子どもの最善の利益を評価・判定する義務があること、および、家族からの子どもの分離につながるいかなる決定においてもこのような手続が設けられるべきであることを明確にしてきた〔GC22、パラ32(e)〕。最後に委員会は、事実関係および証拠の審査ならびに国内法の解釈は国内当局が行なうものである(ただし、当該審査もしくは解釈が明らかに恣意的でありまたは正義の否定に相当するときはこのかぎりではない)ことを想起する。したがって、委員会の役割は、国内当局に代わって国内法を解釈しまたは事案の事実関係および証拠を評価することではなく、国内当局による評価が恣意的ではなくまたは正義の否定に相当しないこと、および、当該評価において子どもの最善の利益が第一次的に考慮されることを確保するところにある。

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平野裕二
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