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独立した国内人権機関を設置しておらず、人権条約の個人通報制度も受け入れていないアジアの国は、日本のほかに……?

 子どもオンブズパーソン/コミッショナーの機関の設置に反対する声が自民党の一部議員から根強く出ているようですが、先日の投稿でも指摘したように、子どもの権利が適切に守られているかどうかを政府から独立した立場で監視し、必要に応じて改善のための提言・勧告などを行なう子どもオンブズパーソン/コミッショナーのような機関を設置することは、子どもの権利条約に基づく「中核的義務」と位置づけられています。

 ヨーロッパではこのような機関が集まって「子どもオンブズパーソン欧州ネットワーク」ENOC)を構成しており、そこには欧州評議会加盟国(47か国)の34か国から43の機関が参加しています(英国のように地域ごとに設置された機関がそれぞれ加盟している例もあるため、国の数より機関の数のほうが多くなっています)。34か国のうち22か国は欧州連合(EU)加盟国でもあります。

 ユニセフ(国連児童基金)・イノチェンティ研究所が2012年にまとめた報告書(Championing Children's Rights - A global study of independent human rights institutions for children)によれば、このような機関を設置している国は当時でも70か国以上にのぼりました(その一部については、2001年ごろまとめた資料なのでだいぶ古いのですが、私の旧サイトに掲載している〈各国の子どもオンブズパーソンの動向/リンク〉も参照;Wikipedia〈Children's ombudsman〉にも、個別に確認・検討が必要ですが、47か国の例が紹介されています)。

 なお、ロシアでも連邦レベルで子どもの権利コミッショナーが設置されていますが、独立性などについてしばしば疑問が出されており、ENOCにも加盟していません。ロシアでは地方レベルにも多数の子どもオンブズマン事務所が設置されています。

 また、国家人権委員会のような独立した国内人権機関に子ども担当の部署や委員を置いて、子どもオンブズパーソン/コミッショナーの役割を担わせている国も少なくありません。マガジン〈国内人権機関/オンブズパーソン等〉でも随時紹介していますが、韓国(国家人権委員会)、オーストラリア(同)、南アフリカ(同)、ギリシャ(国家オンブズマン)などが例として挙げられます。マレーシアでも、2019年、国家人権委員会内に子どもコミッショナー事務所(OCC)が設けられました。

 2020年7月の投稿〈SDGsと人権――『持続可能な開発目標(SDGs)報告2020』から〉でも指摘したように、パリ原則に準拠した独立した国内人権機関の存在の有無」はSDGsの目標16(平和と公正をすべての人に)のグローバル指標(16.a.1)のひとつです。

 そして、2021年1月現在、このような機関は84か国に設置されています。ヒューライツ大阪(一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター)の記事から引用します(なお、ここには挙げられていませんが、2020年8月1日には台湾でも国家人権委員会が発足しました)。

 2021年1月現在、GANHRIのメンバーは117機関、そのうちA認定(完全にパリ原則に適合)は84 機関、B認定(部分的にパリ原則に適合)は33機関です。
(中略)
 アジア・太平洋地域の国内人権機関でA認定を受けているのは、以下の16の国・地域の国内人権機関です。
 アフガニスタン、オーストラリア、インド、インドネシア、ヨルダン、マレーシア、モンゴル、ネパール、ニュージーランド、フィリピン、カタール、韓国、サモア、スリランカ、パレスチナ、東ティモール。
 B認定は、バーレーン、バングラデシュ、イラク、モルディブ、ミャンマー、オマーン、タイ、ウズベキスタンの8か国です。(中央アジアはカザフスタン、キルギス、タジキスタンの3か国)。アジア・太平洋地域で最も新しく認証されたのは2020年12月にB認定を受けたウズベキスタンです。

 さらに、子どもの権利条約を含む主要人権9条約(日本はそのうち移住労働者権利条約を除く8条約の締約国)にはすべて個人通報制度が設けられていますが、アジア地域で個人通報制度をひとつも受け入れておらず、なおかつ国内人権機関も設置していない国は、2016年の時点で、ブータン、ブルネイ、中国、北朝鮮、日本、ラオス、パキスタン、シンガポール、ベトナムの9カ国のみでした(ヒューライツ大阪の記事による)。

 さて、日本はこれからどこに向かっていくのでしょうか。岸田政権のもとで国際人権問題担当補佐官のポストが新設され、ビジネスと人権に関する取り組みも強化されつつあることは評価したいと思いますが、このような状況では、「普遍的な価値観や人権を大事にする政策や外交を進めていく」(FNN〈SNSで海外に拡散も 「人権問題」に岸田政権どう取り組む〉2022年2月4日配信記事より)ことは難しいでしょう。

 国家人権委員会のような国内人権機関についてどうするのかは引き続き(ただしできるだけ速やかに)検討していくとして、社会のなかでとりわけ声を尊重されにくい立場に置かれている子どもたちの権利をきちんと守っていくために、子どもオンブズパーソン/コミッショナーのような機関の設置は不可欠です。制度のあり方については少し時間をかけて考える必要があるにせよ、設置自体は既定事項として進めていくことが必要です。

 最後に、「こども基本法」について「マルクス主義の巣窟になる」(東京新聞〈マルクス主義?左派的?「こども基本法」に自民党保守派が異論を唱えるワケ〉2月22日配信記事より)という声も出ているとのことですが、欧州評議会はこれまでに3次にわたる子どもの権利戦略(第1次・2009~2011年/第2次・2012~2015年/第3次・2016~2021年)を採択し、欧州全域で子どもの権利保障の取り組みを強化してきました(第4次戦略は今年4月に正式発表される予定)。また、EUの欧州委員会も昨年(2021年)3月に「EU子どもの権利戦略」をとりまとめています(その概要は昨年5月の投稿を参照)。子どもの権利を尊重・保障することのどのあたりが「マルクス主義」的なのか、さっぱりわかりません。

 ちなみに、欧州評議会の第3次子どもの権利戦略(2016~2021年)で優先分野に位置づけられているのは次の5つです(日本語訳も済んでおり、いずれ公開できると思います)。
(1)すべての子どものための平等な機会
(2)すべての子どもの参加
(3)すべての子どもにとっての暴力のない生活
(4)すべての子どもを対象とする子どもにやさしい司法
(5)デジタル環境における子どもの権利
 子ども参加との関連では、▽脆弱な状況に置かれた子どもの参加をとくに重視し、子どもおよび周辺のおとなへのアウトリーチ(積極的働きかけ)に取り組んでいくこと、▽学校における参加および学校を通じた参加を強化していくことなどの方針も示されています(ヨーロッパにおける子ども参加の動向については、子どもの権利条約総合研究所『子どもの権利研究』33号=近刊=に報告が掲載される予定です)。

 一方、中国では昨年10月に「家庭教育促進法」が成立し、家庭への介入が強化されています。この点についても、日本がどこに向かおうとしているのかが問われていると言えるでしょう。


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平野裕二
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