出入国管理及び難民認定法(入管法)改正案について、国連の人権専門家が日本政府に共同書簡(4月18日付)を送って懸念を表明したにもかかわらず(先月のnoteの記事参照)、政府は
「特別報告者個人の資格で述べられたもので、国連や人権理事会としての見解ではない。またわが国への法的拘束力もない」
「一方的に見解が公表されたことについては抗議する。(書簡の)誤認に基づく指摘を明確にし、法案の適格性を理解していただくよう、説明していく」
などという「未熟で幼稚」な振舞い(阿部浩己・明治学院大教授)を示すのみで(東京新聞〈国連特別報告者の指摘をまた無視するの? 「入管難民法改正案は国際人権基準を満たさず」に日本政府が反発〉2023年4月25日配信)、けっきょく入管法改正案は衆院本会議で可決され、現在参議院で審議中です。
英国「不法移住法案」にも国連人権専門家が懸念を表明
英国でも、「入国管理に違反して英国に入国しまたは到着する一定の者の英国からの退去強制を必須とすることにより、不法な移住、とくに安全性を欠く違法な経路による移住を防止しかつ抑制すること」を目的とする不法移住法案(Illegal Migration Bill: HL Bill 133)が政府によって提出され、議論になっています。
1998年人権法の規定に基づき、政府が法案を提出する際には、欧州人権条約に掲げられた諸権利と法案との両立性に関する担当大臣の声明を付さなければなりませんが、担当大臣自身、
「不法移住法案の規定は条約上の諸権利と両立すると考える旨の声明を出すことはできないものの、政府としては、これにかかわらず、院における法案審議を望むものである」
と認めざるを得ない内容です(このような声明を付すこと自体は1998年人権法で認められています)。
この法案に対しても、国連人権理事会によって任命された複数の専門家が英国政府に共同書簡(5月4日付、PDF)を送り、懸念を表明しました。共同書簡に名を連ねているのは、▽移住者の人権に関する特別報告者、▽恣意的拘禁作業部会、▽現代的形態の人種主義・人種差別等に関する特別報告者、▽現代的形態の奴隷制に関する特別報告者、▽拷問および他の残虐な、非人道的なまたは品位を傷つける取扱いまたは処罰に関する特別報告者、▽とくに女性および子どもの人身取引に関する特別報告者、▽女性・女児に対する暴力に関する特別報告者です。
全18ページの共同書簡では多岐にわたる問題が指摘されていますが、子どもについて取り上げた部分(p.6)を訳出しておきます(太字は平野による)。日本でも参照されなければならない指摘です。
なお、欧州評議会人権コミッショナーも3月24日付で英国議会両院の議長に書簡を送り、
「英国の国際的義務と両立しない法律の成立を議員が阻止することは不可欠です」
などと呼びかけています。
英国内の子どもコミッショナーの懸念
英国各地の子どもコミッショナーからも、法案に対する反対の声があがっています。スコットランド子ども・若者コミッショナーのブルース・アダムソン氏(当時)は、2023年3月8日付でこの法案に関する声明を発表し、法案は人権法上の義務に明確に違反するものだと指摘するとともに、
「この法案は、難民・庇護希望者である子ども・若者を、法律に違反する望ましくない存在、地域の資源の無駄遣いにつながる存在、他の子どもたちほどには人権を享受する資格がない存在として扱っています。/これは端的に間違いです。彼らは子どもなのです。彼らは不法な存在ではありません。彼らの権利が縮小されてはなりません」
などと強調して、法案に反対するよう英国議会とスコットランド議会に呼びかけました。翌日(3月9日)には、ウェールズ子どもコミッショナーのロシオ・シフエンテス氏も、同趣旨の短い声明を発表しています。
イングランド子どもコミッショナーのレイチェル・デ・スーザ氏も、法案が子ども(とくに保護者のいない子どもの庇護希望者)に及ぼす影響について内務省に照会するなどの取り組みを早い段階から続けてきましたが、4月26日付で発表された声明では、「非常に重要な複数の要素について政府の説明が引き続き明確でないこと」、とくに「子どもの権利が……適正かつ徹底的に考慮されたことを示す影響評価」が実施されたかどうか定かでないことについて深い失望感を表明するとともに、次のことを指摘しました(要旨)。
● 子どもは庇護申請を行なえなければならず、強制的に国外退去させる〔国務大臣の〕義務の適用対象外とされなければならない。法案では、どのような状況で内務省が子どもを退去強制の対象とするかが非常に曖昧なままであり、この点を緊急にはっきりさせる必要がある。
● 子どもは、家族といっしょにいるか、保護者のいない状態であるかにかかわらず、収容に関する規則の変更の対象外とされなければならない。子どもと成人と同じように扱うことは受け入れられない。
● 人身取引または現代的奴隷制の被害者である子どもは、支援と保護を与えられなければならず、庇護申請を行なえなければならず、退去強制の権限および義務の適用対象外とされなければならない。
● 子どもの年齢鑑別は、訓練を受けた専門家により、配慮をもって適切に実施することが保証されなければならない。年齢について争いがある場合、何よりもまず脆弱な状況に置かれた子どもとして扱うべきである。
こうした懸念を踏まえ、5月10日付に発表された説明資料では、法案が可決された場合、英国は、子どもの権利に関する諸条約(国連・子どもの権利条約、欧州人権条約および難民条約など)に基づいて負う国際法上の義務に明確に違反することになるだろうと断じています。
5月13日付で発表された内相宛ての書簡では、子どもの権利影響評価が実施されたか否か(実施された場合、その結果はいつ公表されるか)も含めて詳細な質問を行なうとともに、保護者のいない子どもの庇護希望者を今後どのように扱うつもりなのかについて話し合うため、緊急の会見も要請しました。
子どもコミッショナーらによるこうした指摘を英国政府がどこまで真剣に受けとめるかは何とも言えませんが、独立の公的機関がこのような声をあげることは重要です。法案の問題点が十分に解決されないまま成立したとしても、コミッショナーをはじめとする国内人権機関が政府を相手どって訴訟を提起する可能性も残されています。さらに、不当な退去強制の対象にされた被害者は、国連人権条約に基づく個人通報制度や欧州人権裁判所を通じて救済を求めることも可能です。
このような重層的な人権保障のしくみをまったく整備しないまま、冒頭で紹介したようなみっともない振舞いを繰り返してきたのが日本政府です。以前も述べたように、国際社会に対して多少なりとも胸を張りたいのであれば、拷問等禁止条約の選択議定書の批准およびその他の人権条約に基づく個人通報制度の受け入れから始めるべきです。
なお、Facebookへの投稿(5月10日付)でもこの問題について取り上げておきましたので、以下、採録しておきます。冒頭で紹介している署名(賛同者が3万人を超えました)へのご協力のほか、移住連〈【支援に関する情報】オーバーステイなどビザ(在留資格)のない子どもに出会ったら〉および〈家族を引き離さないで! ―非正規滞在者の子どもとその家族を含めたすべての「送還忌避者」に対して在留特別許可を求める声明―〉なども参照。