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教育における暴力をなくす――ユネスコの最新報告書から

 コロンビアの首都ボゴタで2日間にわたって開催された第1回「子どもに対する暴力の根絶に関するグローバル閣僚級会議」の初日(11月7日)は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が定めたネットいじめを含む学校での暴力といじめに反対する国際デーでもありました。

 これにあわせてユネスコが『安全に学び、豊かに成長する:教育における/教育を通じた暴力の根絶』Safe to learn and thrive: ending violence in and through education)と題する報告書を発表していますので(11月6日)、以下その概要を紹介します。

1)UN News - UNESCO urges more action to combat violence and bullying at school(ユネスコ、学校における暴力やいじめと闘うためにいっそうの行動を促す)
https://news.un.org/en/story/2024/11/1156591

2)UNESCO - Violence and bullying in schools: UNESCO calls for better protection of students(学校における暴力といじめ:ユネスコ、生徒の保護の向上を呼びかけ)
https://www.unesco.org/en/articles/violence-and-bullying-schools-unesco-calls-better-protection-students


教育における暴力の態様

 報告書は、「学校暴力」(school violence)という言葉には「身体的、心理的、情緒的または性的危害を引き起こす行為および脅しであって、学校内および学校周辺(校庭を含む)、通学中ならびに学校活動に関連したオンラインのやりとりにおいて生ずるもの」が包含されるとしたうえで、それが「学校共同体の学習者および大人(教員その他の学校職員を含む)」に影響を及ぼし得るものであることを指摘しています(p.14)。教職員に対して振るわれる暴力も「学校暴力」に含まれるということです(p.17も参照)。

「教育における暴力」(violence in education)という言葉はより幅広い概念と位置づけられ、暴力の力学が制度的・組織的実践(systemic and institutional practices)、とくに教育政策・方針、教育プロセスおよび教育実践を通じても発生し得ることを認識するものだとされます。このような実践としては、▼差別的な政策・方針、▼排除的なカリキュラム内容、▼暴力を固定化させ、特定集団の機会を制約する不公正な教育方法などが挙げられています。教育における暴力は、個人に影響を及ぼすのみならず、教育制度全体を通じて有害な態度、信条、行動および規範を強化するものでもあることが強調されています(p.14;p.18も参照)。

 報告書は、2023年に開発された「子どもに対する暴力国際分類」(ICVAC: International Classification of Violence against Children)にしたがい、子どもたちが教育現場で受けている暴力を次のように分類しています(pp.15-17)。

  • 身体的暴力:(例)世界的に見ると、3人に1人以上の生徒が他の生徒と身体的なけんかをしたことがあり、ほぼ3人に1人が過去1年に少なくとも1度は身体的に攻撃されたことがある。

  • 心理的暴力:(例)世界的に見ると、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスである若者の42%が、その性的指向、ジェンダーアイデンティティまたはジェンダー表現を理由として、主に他の子どもから「学校で笑いものにされ、からかわれ、侮辱されまたは脅かされた」ことがある。

  • 性暴力:(例)青少年の25%が性暴力を経験しており、そのうち40%もの事件が学校で起きたものである。女子は強制性交の被害をとりわけ受けやすい。

  • ネグレクト(教育との関連では、教育ネグレクト=子どもの養育に責任を負う者に手段、知識およびサービスへのアクセス手段があるにもかかわらず、継続的に、通学またはその他の手段を通じて子どもの教育を確保しないこと=が含まれる)

 以上のいずれかのカテゴリーに収まらない形態の暴力として、▼体罰/暴力的指導(violent discipline)、▼いじめ▼テクノロジーによって容易にされる暴力(ネットいじめ、テクノロジーによって容易にされるジェンダーに基づく暴力を含む)、▼ジェンダーに基づく学校関連の暴力(これについてはポリシーブリーフ『ジェンダーに基づく学校関連暴力』〔2023年7月〕も参照)なども挙げられています。

教育を通じた暴力の根絶

 しかし、こうした現状を変えていく可能性を持っているのも、やはり教育です。報告書は、教育が持つ「変革の力」(transforming power)を活用するホリスティックなアプローチの必要性を強調し、その要素として次の6つを挙げています(p.27掲載の図)。

1)カリキュラム・授業・学習

-ジェンダー変容的な教授法〔平野注/「ジェンダー変容的」gender-transformative の概念については〈ユネスコ、男子の教育離脱を防止するために「断固とした措置」が必要と強調〉など参照〕
-学校を基盤とする教育プログラム(たとえば健康・ウェルビーイング教育、専門の暴力防止教育、社会性と情動の学習〔SEL〕、包括的セクシュアリティ教育、ライフスキルプログラムなど;p.31のBox 3参照)
-課外活動
-包括的な教員養成・研修

2)学校環境

-行動規範
-リーダシップと説明責任に裏づけられた方針、規則および標準対応手順(protocols)
-安全で包摂的な物理的空間
-肯定的な学校風土

3)報告/通報と対応

-子どもにやさしい学校内の報告/通報システム(教員や第三者が介入・行動できるようにするためのエンパワーメントを含む;p.33参照)
-〔保健職員・ソーシャルワーカー・カウンセラー等による〕学校内サービス
-適切な対応および〔外部の専門機関・専門家などへの〕付託を行なえるようにするための教職員研修

4)教育政策・教育法・教育制度

-教育計画における暴力防止
-子どもの保護およびジェンダーに基づく暴力についての法律
-教育制度と子どもの保護制度の連携

5)パートナーシップと動員

-政府機関・非政府組織・教員組合・若者・市民社会との連携

6)データおよびエビデンス

-調査研究、定期的データ収集および分析
-政策・プログラムの参考にするための包括的評価

 これらの要素をどのように実行に移していくかについてはp.29以下でさらに詳しく説明されていますが、ここでは省略します。

 なお、4)教育政策・教育法・教育制度との関連で補足しておけば、ユネスコの前掲リリースでは、学校における暴力への対応に特化した包括的な法的枠組みを定めているのは32か国にすぎないことが冒頭で強調されています。その32か国とはどこなのか、報告書には記載がないのですが、教育に対する女子・女性の権利のモニタリングを目的としてユネスコが運営しているサイト HerAtlas (リリースからもリンクされています)では、指標のひとつに「学習者は、教育機関におけるすべての暴力および体罰から法的に保護されているか?」(Are learners legally protected against all violence and corporal punishment in educational institutions?)という設問があり、これについて「Yes」とされている国が32か国(日本も含む)ですので、これを指していると判断できます。
 もっとも、その32か国のなかには法律で形式的に体罰などの暴力が禁止されているにすぎない国も少なくないと思われ、これを「包括的な法的枠組み」と同視するのは妥当とは思えません。したがって、いちいち確認して列挙するのはやめておきます。報告書でも好事例として紹介されているペルー(2015年の法律であらゆる場面における暴力的しつけ・指導を禁止し、実施のためのガイドラインを発出するとともに、2018年には教員等の通報義務も導入;p.35)のほか、子どもに対する暴力に関する国連事務総長特別代表事務所が2012年に発行した報告書『学校における暴力に取り組む:グローバルな視点』Tackling violence in schools: global perspective〔PDF〕)のp.27で取り上げられているモンゴル(2006年12月の教育法改正で教育現場におけるあらゆる形態の暴力を禁止するとともに、学校管理者や教員の行動規範を導入)、インド(2009年の無償教育に対する子どもの権利法で「いかなる子どもも体罰または精神的ハラスメントの対象とされない」と規定するとともに、モニタリング機構も導入)などは、そのような国の数少ない例に数えられそうです。

 最後に、報告書では教育における/教育を通じた暴力の根絶に対するホリスティックなアプローチの横断的原則として次の6項目が掲げられていますので(p.39)、紹介しておきます。

  • 学習者中心で、「害を及ぼさない」アプローチをとること(Learner-centered and take a 'do no harm' approach)。

  • トラウマが存在する可能性およびその影響に十分に配慮すること(Trauma-informed)。

  • 年齢および発達にふさわしいこと(Age and development appropriate)。

  • ジェンダー変容的で、交差性(インターセクショナリティ)に配慮すること(Gender transformative and intersectional)。

  • 意味のある形で参加型であること(Participatory in a meaningful way)。

  • 背景状況に応じた対応をとること(Context specific)。

保育所・幼稚園等における「不適切な保育」――台湾での法改正の動向と日本の課題〉(2022年12月14日)などでも指摘しておいたように、日本では、子どもに対する暴力その他の人権侵害に関わって、何か起きるたびに場当たり的な法改正を重ねてきているという根本的な問題があります。ユネスコの報告書の内容も踏まえ、子どもが生活したり学んだり遊んだりする施設等で起きるあらゆる形態の身体的・精神的・心理的・性的暴力に対し、統合的に対応するための方策を整備していくことが必要です。

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平野裕二
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