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紛争下の子どもたちにとっての「最悪の年」が明けて――それでも、前進を
2024年は、国際連盟・ジュネーブ子どもの権利宣言の採択(1924年9月26日)からちょうど100年という節目の年でした。
しかし人類は、子どもに対して「最善のものを与える」義務(同宣言前文)をいまだに果たせていません。むしろ、とくに紛争下の子どもたちにとっては、状況は悪化の途をたどり続けているような感があります。
紛争下の子どもをめぐるユニセフや国連・子どもの権利委員会の声明
ユニセフ(国連児童基金)のキャサリン・ラッセル事務局長は、年末の2024年12月28日付に発表されたリリースで、
「2024年は、ほぼあらゆる指標において、紛争の影響を受けた子どもの数と、彼らの生活への影響の度合いという両方の観点から見て、紛争下にある子どもたちにとってユニセフの歴史上最悪の年の一つとなりました」
と述べ、
「これは決してニューノーマル(新たな日常)であってはなりません。子どもたちが、世界の無秩序な戦争の巻き添え被害を受ける世代となることを許してはなりません」
と強調しました。
国連・子どもの権利委員会のアン・スケルトン委員長も、世界子どもの日である11月20日にX(旧Twitter)でビデオメッセージを発表し、「戦争が子どもたちに及ぼす影響が、近年の歴史では目撃されたことのない、前例のない危機に達したという深い懸念」を表明しています。メッセージの内容はFacebookで紹介済みですので、こちらにも採録しておきます。
1年前の世界子どもの日にあたり、子どもの権利委員会は声明を発表し、陰鬱な気持ちであると述べて、停戦と、国際人道法の基本に立ち戻ることを求めました。そして、この日は祝福の時ではないと述べました。
それから1年が経ちます。今日は子どもの権利条約が採択されて35年目の記念日です。子どもたちの状況は改善されたでしょうか。いいえ。子どもの権利委員会がロシアとイスラエル両方の報告書を審査した年であるこの2024年、私たちは、戦争が子どもたちに及ぼす影響が、近年の歴史では目撃されたことのない、前例のない危機に達したという深い懸念を記録しなければなりません。
にもかかわらず、私たちには、条約の約束をあきらめることはできません。子どもの権利が最初に打ち出されたのは、第1次世界大戦の炎のなかのことでした。そして今年は、初めての子どもの権利宣言の100周年でもあります。
世界中の子どもたちが苦しんでいるなか、私たちは、忘れません。私たちは、目をそらしません。私たちは、子どもの権利に対する押し返し(pushback)を受け入れず、すべての場所の、すべての子どもたちの権利を擁護し続けます。
けれども、この35年年目の日を記念することは大切です。私たちは、この35年間、条約が子どもたちの生活を目に見える形で変えてきたことを知っているからです。法律が、政策が、プログラムが変わり、世界のほぼすべての国々で、現場に真の変革が生じてきたのです。
ですから今日は、子どもの権利について喜びの歌を歌う日ではありません。すべての場所ですべての子どもが歌えるようになるまで、子どもたちがどこにいても自由に声をあげられるようになるまで、私たちはその歌を歌いません。
けれども、私たちは希望を持ち続けます。子どもたちが、よりよい未来に向けた楽観主義と大望を通じて、私たちをもっと平和な世界に導いてくれるという希望を。
ありがとうございました。
スケルトン委員長は、世界人権デー(12月10日)にも、ユニセフのラッセル事務局長と共同でメッセージを発表しています。これについても、国連・子どもの権利委員会が子どもに対する暴力に関する国連事務総長特別代表と連名で発表した声明とあわせてFacebookで概要を紹介しましたので、同様に採録しておきます。
★ A Pivotal Year in the Global Fight to End Violence Against Children
https://violenceagainstchildren.un.org/news/pivotal-year-global-fight-end-violence-against-children-joint-statement-un-special
(PDF)
世界人権デー にあたり、国連・子どもの権利委員会も、子どもに対する暴力に関する国連事務総長特別代表と連名で声明を発表しました。
声明は、現在のペースでは2030年までに子どもに対する暴力を解消するという「持続可能な開発のためのアジェンダ」の目標*を達成できないという危機感を表明しつつ、今年は子どもたちを暴力から守るための努力における重要な画期だったと振り返っています。その具体例として挙げられているのは、11月7日~8日にかけてコロンビアのボゴタで開催された第1回「子どもに対する暴力の根絶に関するグローバル閣僚級会議」です。
* ターゲット16.2。なお、声明では触れられていないものの、「児童兵士の募集と使用を含むあらゆる形態の児童労働」を根絶するという目標(ターゲット8.7)の達成期限は来年(2025年)です。
声明は、
「私たちは、闘いの終わりにはほど遠いことを認めなければなりません。無駄にする時間はありません。子どもたちのために、そして子どもたちとともに、いまこそ行動しましょう!」
という呼びかけで締めくくられています。
一方、ユニセフ(国連児童基金)のキャサリン・ラッセル事務局長のX(旧ツイッター)アカウントでは、国連・子どもの権利委員会のアン・スケルトン委員長との共同メッセージも発表されました。
この2分ほどの動画メッセージで、ラッセル事務局長とスケルトン委員長は、多くの子どもたちがいまなお権利侵害に苦しんでおり、それどころか世界的に子どもの権利への「押し返し」(pushback)が世界的に広がりつつあることに憂慮の念を表明したうえで、
「どの子どもが自分の権利を行使できるのか決めるのは、私たちではありません。子どもにどの権利を享受する資格があるのか決めるのも、私たちではありません」
「あらゆる場所の、あらゆる状況にあるすべての子どもたちに、すべての範囲の権利――市民的・政治的・社会的・経済的・文化的権利――を、いかなる種類の差別もなく享受する資格があるのです」
「いまこそ、その時です。これまで以上に、私たち1人ひとりが、子どもの権利が何よりも大切だという考え方を強化するために、国際社会として結集すべき時なのです」
と強調しています。(後略)
ヒューマン・ライツ・ウォッチが振り返る10項目の前進
それでも、上記の一連の声明でも触れられているように、国連・子どもの権利条約の採択(1989年)から35年間の間に状況は目に見えて変わってきました。年末の記事で1年間を振り返り、10項目のポジティブな出来事を取り上げるのを恒例にしている国際NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチのジョー・ベッカー氏(子どもの権利担当アドボカシーディレクター)は、今年も「成功例は真の前進が可能であることを示している」という副題の記事(12月12日付)を発表しています(2023年を振り返った記事の要旨はこちらを参照)。
★ Human Rights Watch: 10 Good News Stories for Kids in 2024 - Successes Show Real Progress is Possible
https://www.hrw.org/news/2024/12/12/10-good-news-stories-kids-2024
以下、同記事の要旨を掲載します(太字および〔 〕内の補足は平野による;情報ソースへのリンクは原文を参照)。
1.ラオスとタジキスタンが子どもの体罰を全面禁止したことにより、体罰全面禁止国が67か国に増加。このほか、コロンビアのボゴタで開催された第1回「子どもに対する暴力の根絶に関するグローバル閣僚級会議」(11月7~8日)を機に、5か国(ブルンジ、チェキア、キルギス、スリランカ、ウガンダ)が体罰全面禁止の意向を表明している。
2.オーストラリアが、子どもを対象とする同国初のデータ保護法となる「子どもオンラインプライバシー規則」(Children's Online Privacy Code)の策定を承認。ブラジルは、子どもにとって搾取や危害のリスクがあることを挙げて、メタ社に対し、同社の人工知能(AI)の学習のために子どもであるユーザーの個人データの利用を禁止。
3.モーリシャスが3年間の無償就学前教育の提供を開始するとともに、普遍的子ども手当を拡大。
4.数千人の子どもを児童養護施設から家庭的養育へと移行させることを目的とした新たな法律が日本で施行される。
〔平野注/2022年改正児童福祉法の施行(2024年4月1日)にともなう「里親支援センター」の創設を指すが、改正の趣旨について少々誤解があるように思われる〕
5.ガンビア議会、2015年に制定された女性性器切除その他の有害慣行禁止法を廃止しようとする動きを拒否。
6.シエラレオネが、児童婚を禁止する新法を採択。米国では、ニューハンプシャー州、バージニア州、ワシントン州があらゆる児童婚を禁止。
7.非国家武装集団のシリア国民軍(SNA)が、子どもを殺害する行為、子どもに障害を負わせる行為および子どもの徴用・使用を終わらせるための国連との行動計画に調印。
8.ルワンダが新たに「学校保護宣言」(Safe Schools Declaration)に賛同したことにともない、賛同国が120か国に。また、北マケドニア、モンテネグロおよびコソボが「人口密集地における爆発性兵器の使用から生じる人道的影響からの文民保護強化に係る政治宣言」(2022年)に新たに賛同。〔平野注/日本は後者にのみ賛同〕
9.国連人権理事会、乳幼児期教育に対するすべての子どもの権利を明示的に認め、かつすべての子どもに無償の公的就学前・中等教育を保障する新たな国際条約〔平野注/国連・子どもの権利条約の第4選択議定書〕について検討することを決定。この新たな国際法の発展に初めて子どもたちが参加することについても、各国政府が同意した。
10.米州人権裁判所、57人の子どもとその家族がペルーを相手どって行なった申立てで、ペルー政府が毒性汚染物質の放出を認めたことによって健康的な環境に対する原告の権利を侵害したと認定。政府に対し、被害者に無償の保健ケアを提供すること、重大な健康危害について賠償金を支払うこと、汚染地域を除染することを命じた。〔平野注/概要は、JOGMEC・金属資源情報〈ペルー:米州人権裁判所、La Oroya製錬所による環境汚染と人権侵害はペルー政府に責任があると裁決〉など参照〕
(末尾の追記も参照)
* *
民間のイニシアティブとして昨年11月20日に発表された「2024年ジュネーブ子どもの権利宣言」には、第1次賛同者募集が締め切られた年末の段階で3,000人近くが賛同しました。また、別途紹介するつもりですが、国連安全保障理事会は12月20日に決議2764 (2024)を採択し、武力紛争下での子どもの人権侵害を強く非難するとともに、各国および国連に対し、紛争関連の状況下で行なうあらゆる関連の活動において子どもの保護の主流化を図るよう求めています(別途紹介するつもりですが、とりあえず United Nations: Adopting Resolution 2764 (2024), Security Council Underscores Importance of Preserving Child Protection Capacities in UN Mission Transitions など参照)。
国連・人権教育のための世界プログラムも今年から第5段階(2025年~2029年)に入り、人権とデジタルテクノロジー、環境・気候変動およびジェンダー平等を特に強調しながら子どもと若者に焦点を当てた人権教育を進めていくことが、各国に対して要請されます、「人権教育は、平和、公正かつ持続可能な世界に向けた子ども・若者のエンパワーメント、発達および関与にとっての鍵である」(第5段階行動計画、パラ8)という認識に立ち、子ども・若者とともに世界をよりよい方向へ変えていけるよう、微力ながら今年も情報発信に努めたいと思います。
追記(2025年1月4日):セーブ・ザ・チルドレン・ニュージーランドが挙げる2024年のポジティブな出来事
セーブ・ザ・チルドレン・ニュージーランド(SCNZ)も、2024年にあったポジティブな出来事を10項目挙げていますので、追記しておきます。
- Save the Children New Zealand: 2024 in review: 10 positive outcomes for children this year (26 December 2024)
https://www.savethechildren.org.nz/media-hub/2024-in-revew-10-positive-outcomes-for-children-this-year
SCNZが挙げているのは次の10項目です。ヒューマン・ライツ・ウォッチのリストと重なるものもあれば、独自のものもあります。
1.少女たちとセーブ・ザ・チルドレンのキャンペーンを受けて、シエラレオネが児童婚を禁止。
2.ガンビア、女性性器切除(FGM)の禁止を維持することを確認。
3.25年の歴史で初めて、子どもたちがG20に参加。
4.コンゴ民主共和国のコバルト鉱山と、〔そこで働く子どもたちの学習支援のための〕キャッチアップクラブ。
5.コートジボワールのコミュニティヘルスワーカー、マラリアへの対処のために自転車で奮闘。
6.ラオス、東南アジアで初の体罰禁止国に。
7.バヌアツのティーン活動家、国際司法裁判所(ICJ)で陳述。
8.子どもに対する暴力根絶のための会議で世界記録が達成される。
9.マラウィ南部の子どもたちにとっての、気候によって悪化する健康リスクへの備えが向上。
10.ドローンによる輸送で、ルワンダの難民にとってより安全な出産が可能に。
このうち〈7.バヌアツのティーン活動家、国際司法裁判所(ICJ)で陳述。〉は、ICJが、国連総会の要請を受けて気候変動に関する諸国の義務についての勧告的意見(Advisory Opinion)を作成するために開いた公聴会(2024年12月2日~13日)で、16歳になったばかりの気候活動家、ベパイア(Vepaia)さんがバヌアツ政府代表団の一員として参加し、陳述を行なったというニュースです。詳しくは、セーブ・ザ・チルドレンのこちらの記事(英語)を参照。
〈8.子どもに対する暴力根絶のための会議で世界記録が達成される。〉の第1回「子どもに対する暴力の根絶に関するグローバル閣僚級会議(コロンビア・ボゴタ)についてはすでに取り上げましたが、子どもに対する暴力についてのイベントとしてはもっとも多くの参加国(119か国)を集め、ギネス世界記録に認定されたとのことです。個人的には、そんな認定はどうでもいいと思います。
〈3.25年の歴史で初めて、子どもたちがG20に参加。〉は、2024年11月14日~16日にブラジルのリオデジャネイロで開催されたG20社会サミットにブラジルのティーンエイジャー2人(16歳・17歳)が正式に参加したという話題です。G20サミットに子どもが参加するのはこれが初めてということで、別途取り上げたいと思いますが(追記:取り上げました)、さしあたり、ReliefWeb〈Children participate in G20 for the first time, calling for action on hunger, poverty and climate change〉や G20 Brazil 2024〈Children in G20: a partnership to put children at the center of the debate〉など参照。
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