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イングランド子どもコミッショナーによる大規模アンケート「ザ・ビッグ・アンビション」:100万人の子どもたちの声

 昨年(2023年)11月の投稿で紹介したように、イングランド(英国)の子どもコミッショナーを務めるレイチェル・デ・スーザ(Dame Rachel de Souza)さんは、昨年9月から今年1月にかけて、大規模な子どもアンケート「ザ・ビッグ・アンビション」(大きな野心)を実施しました(当初は12月15日までの予定でしたが、1月まで延長されたものです)。

 その結果をまとめた報告書が3月25日に発表されているので、遅ればせながらお知らせします。

- One million voices: The Big Ambition calls for children’s solutions to be at the heart of election manifestos(100万人の声:「ザ・ビッグ・アンビション」、子どもたちが提案する解決策を選挙のマニフェストの中心に位置づけるよう求める)
https://www.childrenscommissioner.gov.uk/blog/one-million-voices-the-big-ambition-calls-for-childrens-solutions-to-be-at-the-heart-of-election-manifestos/

 アンケートには約36万7,000人の子どもたちから回答があったとのことです。2021年実施のザ・ビッグ・アスクに回答した子どもは約55万7,000人だったので、同年3月にイングランド子どもコミッショナーに着任したデ・スーザさんのもとには、3年弱でのべ100万人近い子どもたちの声が寄せられたことになります(この間の簡単な経緯は、報告書のページに掲載されている報告書 The Story of a Million Children にまとめられています)。

 今回のアンケートからは、(a)家族、(b)教育、(c)社会的ケア、(d)ユースワーク、(e)オンラインの安全、(f)健康、(g)犯罪からの保護、(h)仕事とスキル、(i)保護者等をともなわずに入国した子どもの庇護希望者、(j)「よりよい世界」についての考えという、10のテーマが浮かび上がりました。計132ページから構成される報告書では、これらのテーマに沿って、関連の統計、子どもたちの声、子どもたちの望む解決策(「野心」)がまとめられています。

 前掲プレスリリースで挙げられている統計をひとつだけ紹介しておくと、たとえば「変化を起こす力があると感じられる」(Empowered to make change)という項目に関しては、国を運営している人々(政治家など)が自分たちの声に耳を傾けていると考えているのは回答者の5人に1人強(22%)にすぎませんでした(ちなみに日本では20.3%で、こども大綱ではこれを70%に引き上げることが目指されています)。これは今回のアンケートでもっとも否定的な回答が多かった設問とのことです。肯定的な回答は8歳の子どもにもっとも多く、もっとも少なかったのは17歳の子どもでした。気になる問題に関して変化を起こす力があると感じられている子どもは、ティーンエイジャー(12~18歳)の10人に1人だけでした。

 調査結果は子どもコミッショナーによる今後の取り組みでもさまざまな形で参照されていくと思われますので、今回は、子どもたちの声を踏まえてとりまとめられた33の「野心」――子どもたちが実現を望む状況――を紹介しておきます。

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  1. すべての子どもが、自活するために必要なものがある家庭で成長する。貧困下で育つ子どもがひとりもいない。

  2. すべての子どもが、愛情と支えに満ちた家庭で成長する。

  3. すべての子どもが、乳幼児期に質の高い支援にアクセスできる。

  4. すべての子どもが幸せで健康的に成長し、子どもが追加的な助けを必要とするときは、できるかぎり早く助けが提供される。

  5. すべての子どもが、学校および地域社会で、質の高いメンタルヘルス/ウェルビーイング支援にアクセスできる。

  6. すべての障害、特別な教育上のニーズおよび神経多様性のあるすべての子どもが、優れていて効果的に結びついた保健ケア、社会的ケアおよび教育を受けられる。

  7. もっとも深刻な健康上のニーズがあり、自宅から離れて暮らしているすべての子どもが、愛情があって配慮に満ちた支援を受けられる。

  8. すべての子どもがすばらしい教育にアクセスできる。

  9. すべての子どもが毎日学校に出席し、熱心に取り組んでいる。

  10. 教育に取り組むために追加的な支援を必要とするすべての子どもが、そのような支援に容易にアクセスできる。

  11. 子どもの社会的ケアに関わっているすべての子どもが、その声に真に耳を傾けられ、意見を聴かれる。

  12. すべての家庭が、子どもの福祉を向上させ、子どもの最善の利益にかなう場合にはいつでもいっしょにいられるようにするための、一貫した効果的な援助を受けられる。

  13. ケアを受けているすべての子どもに、愛情にあふれた安定した家がある。

  14. ケアを受けた経験のあるすべての若者が、必要とするかぎりずっとケアと支援を受け続けられる。

  15. 閉鎖型施設でのケアを必要とするすべての子どもが、統合的かつ家庭的な環境でケアを受けられる。すべての若年犯罪者施設が閉鎖される。

  16. 庇護を求めているすべての子どもが、安定した、愛情にあふれた家にアクセスできる。

  17. 庇護を求めているすべての子どもが、教育面で成功するための支援を受けられる。

  18. 保護者等をともなわずに入国し、ケアおよび保護を必要とするすべての子どもが、到着したその日から支援を受けられる。

  19. すべての子どもが、遊びや楽しいこと、友達と時間を過ごすための場所にアクセスできる。

  20. すべての子どもが、若者を対象とする質の高い機会提供サービスに、地元でアクセスできる。

  21. すべての子どもが、問題の拡大を防ぐためにユースワークとともに活動するサービス機関の支援を受けられる。

  22. すべての子どもが、自宅、学校、人間関係および地元で安全を守られる。

  23. すべての子どもが、暴力や犯罪の影響を受けないようにされる。

  24. 犯罪の被害を受けたすべての子どもが、専門的なケアと支援を受けられる。

  25. すべての子どもが、警察または少年司法制度とやりとりしたあと、より安全でいられる。

  26. すべての子どもが、オンラインで安全に遊べ、学べる。

  27. すべての子どもに、オンラインで安全に過ごすための知識と支援がある。

  28. すべての子どもがオンラインの危害から守られ、サービス機関は子どもを効果的に保護・支援することができる。

  29. すべての子どもが、大人として必要になるライフスキルについて教えられる。

  30. すべての子どもが、その関心に合わせた、進路に関する質の高いアドバイス、情報およびガイダンスにアクセスできる。

  31. すべての子どもが、その背景にかかわらず、なりたい職業に就くために必要な支援を――継続教育や高等教育を通じてか、アプレンティスシップを通じてかは問わず――与えられる。

  32. すべての子どもが、気になる問題に関して変化を起こす力があると感じられる。

  33. すべての子どもの考え、気持ち、意見、野心に耳が傾けられる。

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 英国では7月4日に総選挙が行なわれます。デ・スーザさんは5月24日付であらためて声明を発表し、当選した政治家が子どもたちの声に応じて行動するよう求めました。

The Big Ambition for the Election: My vision
https://www.childrenscommissioner.gov.uk/blog/the-big-ambition-for-the-election-my-vision/

 この声明で、デ・スーザさんは上記の10のテーマそれぞれについて政治家がとるべき具体的施策を挙げています。たとえば「よりよい世界」のための施策として挙げられているのは次の3つです(太字は原文ママ)。

● すべての政策策定に関して子どもの権利影響評価が実施されるようにする。子どもたちは、政府は自分たちの生活をよりよい方向に変えていくことができると楽観的に考えており、信頼しています――そのとおりです。私は、子どもたちの経験と権利が政策立案の中心に位置づけられ、政策が大人の意見だけではなく子どもたちの意見を踏まえて策定されるようになってほしいと思います――このことは、法律案、規則案、法律に基づく指針案にも適用されるべきです。
● 子どもたちの声と意見が、すべての行政レベルで聴かれるべきである。私は、次期政権に、子どもたちに影響を及ぼす立法・政策改革のひとつひとつについて子どもたちと協議することにコミットしてほしいと思います。子どもたちに関わってもらい、その意見を集めることを目的とするそのような協議は、チャイルドフレンドリー版の情報と、子どもたちと関わるための戦略をともなったものであることが求められます。〔議会の〕特別委員会は、常に子どもたちの声を聴くべきです。
● 議員が子どもたちと直接話す機会を持つようにする。私は、選挙で選ばれたすべての公職者に、子どもたちが優先的課題だと考える問題について子どもたちから意見を聴くための定期的な話し合いの場を設定してほしいと思います。そのためのやり方としては、さまざまな背景を有する、選挙区内のできるだけ多くの子どもに届くように広報された、子どもをとくに対象とする議員対話の場(MP surgeries)も考えられるでしょう。

 英国でもさまざまな課題がありますが、このように、多数の子どもたちの声を踏まえて子どもたちのために声をあげる公的機関が存在しているのは、日本との大きな違いです。日本でも、子どもコミッショナーのような機関の設置を速やかに検討していくことが求められます。

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平野裕二
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