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欧州評議会・ランサローテ委員会、子どもに対する性犯罪についての公訴時効に関する「見解」を採択
欧州評議会・ランサローテ条約(性的搾取および性的虐待からの子どもの保護に関する条約、2007年)の履行状況を監督するために設けられているランサローテ委員会が5月末に開催したセミナーについての投稿で、
「子どもに対する性犯罪については公訴時効を(全面的にまたは重大な犯罪に限って)撤廃した国が多いようですが、依然として公訴時効を維持している国もあります(ただし、全体的としては公訴時効を延長する傾向が観察できるようです)」
と書きました。
ランサローテ条約33条では、このような公訴時効について、次のように定めています。
「各締約国は、第18条〔性的虐待〕、第19条第1項aおよびb〔児童買春関連犯罪〕ならびに第21条第1項aおよびb〔ポルノ的パフォーマンス関連犯罪〕にしたがって定められた犯罪に関わる手続開始の時効が、被害者が成年に達した後に有効に手続を開始することを可能にするのに十分な、かつ当該犯罪の重大さに相応する期間完成しないことを確保するため、必要な立法上その他の措置をとる」
この条文について、6月11日にランサローテ委員会が「見解」(Opinion)を採択しましたので、その内容を紹介しておきます。
★ Council of Europe - Newsroom on Children's Rights: Lanzarote Committee adopts an opinion on limitation periods in respect of sexual offences against children
https://www.coe.int/en/web/children/-/lanzarote-committee-adopts-an-opinion-on-limitation-periods-in-respect-of-sexual-offences-against-children
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「条約第33条に関する見解およびその説明覚書:時効に関する規定の要件とその実施に関する勧告」(Opinion on Article 33 of the Lanzarote Convention and its explanatory note: Requirements of the provision on statute of limitations and recommendations on its implementation [PDF])に収録されているこの見解では、前文(パラg)で「子どもに対する性犯罪についての時効の廃止、延長またはより柔軟な適用へと向かう一般的傾向」があることなどを認知したうえで、6項目にわたって委員会としての考え方を明らかにしています。詳細な説明覚書も付されていますが、以下、前文を除く見解本体のみ訳出しておきます(太字は平野による)。
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1.ランサローテ条約第33条は、各国に対し、条約の批准または条約への加入以前に時効が定められていなかった場合に時効を設けることを要求するものではない。締約国でそのような時効が設けられていない場合、「子どもが成年に達した後に有効に訴追を開始することを可能にするのに十分な期間」〔平野注/第33条の条文ではなくランサローテ条約の説明報告書〔PDF〕、パラ231からの引用〕が提供されていることになる。
2.被害者が成年に達した後の訴追の開始に備えなければならないという条約第33条の要件に鑑み、同規定が対象とする犯罪に関わる時効が当該年齢前に完成する状況は、この要件を満たさないことになろう。
3.家族構成員および子どもとの信頼関係、子どもに対する権威または影響力を有すると認められている立場にあるその他の者によって行なわれた子どもの性的虐待について、これらのカテゴリーに属さない者によって行なわれた同様の犯罪よりも時効期間が短く設定されている状況も、そのような時効の期間が当該犯罪の重大さに相応するものであることを確保しなければならないという、条約第33条の要件を満たさないことになろう。
4.子どもに対する性犯罪についての時効を廃止することは条約第33条では要求されていないものの、子ども時代の性的虐待の被害者が当該犯罪を通報する際に遭遇する困難に鑑みれば、それ〔時効の廃止〕は、同規定で定められているように被害者が成年に達した後に手続を開始するための十分な期間があることを確保するための、効果的対応である。
5.時効の廃止とは別に、条約第33条を効果的に実施するためにとり得る他の方法には、時効期間を延長すること(累犯を延長要因として用いることによるものを含む)、子ども時代に経験した性的虐待を開示するためにかかる可能性がある時間についての利用可能なエビデンスを考慮し、被害者が特定の年齢に達するまで時効の完成日を延期すること、および、被害者が成年またはそれ以上の年齢に達するまで時効の起算点を延期することが含まれる。
6.時効期間の廃止または延長は条約第33条を実施するもっとも端的な手段であると思われるものの、締約国は、子どもの性的搾取および性的虐待の犯罪への刑事司法制度による対応の適時性および有効性を向上させることのできる政策措置にも、特段の注意を払うよう奨励される。このような措置には次のものが含まれる。
-専門家、子どもおよび一般公衆を対象とする意識啓発および教育。
-子ども時代の性的虐待の被害者への援助(このような援助を提供する非政府組織との協力およびこれらの非政府組織への資源配分を含む)。
-捜査担当者に対する十分な資源(研修を含む)の配分。
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日本も、子どもの売買、児童買春および児童ポルノに関する選択議定書の実施に関する国連・子どもの権利委員会の報告書審査(2010年)の際、時効に関して次のような勧告を受けています。
公訴時効
36.委員会は、刑事訴訟法において、選択議定書が対象とする犯罪の一部が短い時効期間の対象とされていることに、懸念とともに留意する。これらの犯罪の性質および被害者が申告をためらうことに鑑み、委員会は、刑事訴訟法で定められた時効期間のために不処罰が生じる可能性があることを懸念する。
37.委員会は、締約国に対し、選択議定書に基づき犯罪を構成する行為についてすべての加害者が責任を問われることを確保する目的で、この〔時効に関わる〕規定の削除を検討し、またはこれに代えて時効期間の延長を検討するよう促す。
また、同選択議定書の実施に関する国連・子どもの権利委員会のガイドライン(2019年)でも次のように述べられています。
95.選択議定書で対象とされている犯罪の被害を受けた子どもは、自分に対して行なわれたことを通報する可能性がとりわけ低く、または犯罪が行なわれてから何年も経てからでなければ通報しない場合もある。このように何があったかを明らかにしにくいことの背景には、恐怖感、恥辱感または罪悪感などのさまざまな理由が存在し、これは加害者が自分の知り合いであるためであることも多い。このことに照らし、委員会は、締約国が、このような犯罪については時効を設けないよう勧告する。時効が定められている場合、委員会は、締約国に対し、犯罪の特有の性質にあわせて時効を修正し、かつ被害者が18歳に達するまで時効の期間が開始しないことを確保するよう、促すものである。
2023年6月の刑事訴訟法改正によって性犯罪についての公訴時効期間が5年延長され、(a)不同意わいせつ等致傷や強盗・不同意性交等などについては15年→20年、(b)不同意性交等や監護者性交等などについては10年→15年、(c)不同意わいせつや監護者わいせつなどについては7年→12年となりました(刑事訴訟法250条3項)。また、被害にあったときに被害者が18歳未満であった場合、時効期間は被害者が18歳に達した時点を起算点として計算することに改められています(同4項)。
もっとも、5年の延長では短すぎるという声は、国会審議当時からあがっていました。また、刑事的対応に焦点を当てているランサローテ条約ではとくに取り上げられていないものの、民事訴訟における時効の問題もあります。日本はランサローテ条約の締約国ではありませんが、子どもに対する性犯罪についての専門的機関であるランサローテ委員会の見解を参考にし、「子ども時代に経験した性的虐待を開示するためにかかる可能性がある時間についての利用可能なエビデンスを考慮」(見解パラ5)したうえで、検討を続けていく必要があるでしょう。
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