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アイルランド子どもオンブズマン事務所(OCO)が2024年11月の下院選挙を前に国会議員に提出した提言書

 アイルランドでは、2024年11月末に下院(日本の衆議院に相当)選挙が実施されました。これに先立つ10月9日、アイルランド子どもオンブズマン事務所(OCO)は、次期政権が優先的に取り組むべき子ども関連の課題をまとめた提言書をとりまとめ、下院・上院の議員に提出しています。その場には、スコットランド(英国)で昨年1月に成立した国連・子どもの権利条約(編入)(スコットランド)法の制定に関して重要な役割を果たした前スコットランド子ども・若者コミッショナーのブルース・アダムソン氏も同席していたとのことです。

★ OCO - Ombudsman for Children puts Election Manifesto Asks to TDs and Senators at Leinster House alongside former Scottish Commissioner for Children
https://www.oco.ie/news/ombudsman-for-children-puts-election-manifesto-asks-to-tds-and-senators-at-leinster-house-alongside-former-scottish-commissioner-for-children/

 提言書は、2024年に発足20周年を迎えたOCOがこれまでに行なってきた要望や勧告をあらためてまとめたものです。最初に10項目の「OCOの優先的勧告事項」を掲載したうえで、それぞれの課題についてさらに具体的な提言を行なっています。アイルランドの子どもたちが直面している課題とその解決策を理解するうえで有益であり、日本にとっても参考になる部分があると思いますので(たとえば、性的搾取または犯罪者による搾取の危険にさらされているティーンエイジャーを特定・支援するための制度の整備などは日本にとっても喫緊の課題です)、以下にその概要を紹介します(太字は平野による)。


OCOの優先的勧告事項

1.政府全体でいっそうの子ども中心アプローチをとる。このことは、国連・子どもの権利条約を全面的に法律に編入するとともに、機関間協力が行なわれていないことについて言い訳するのをやめるということである。国の省庁は、子どもの最善の利益にのっとって、よりよく活動しなければならない。
2.国として、成功の評価と予期されるニーズおよび予想可能なニーズのための計画を適正に行なえるようにするため、予算策定に子どもの権利基盤アプローチを統合し、かつ子どもたちのためのサービスに関する複数年度予算を整備すべき時期である。
3.子どもに主眼を置く子ども省〔子ども・平等・障害・統合・若者省〕の存在を確保し、かつ同省が必要な資源を持つようにする。
4.子ども・青少年精神保健サービス(CAMHS)を規制し、かつ学校プログラムにおける精神保健セラピーを発展させる。
5.ニーズアセスメント制度を定着させ、そこから派生するサービスを優先的に扱うとともに、子どもの障害に関するサービスについて複数年度予算を導入する。
6.プロセス全体に子どもたちを包摂する「教育の未来に関する市民会議」を開催する。
7.十分な住宅に対する権利についての国民投票を実施するとともに、子どもと家族のホームレスに関する具体的戦略を策定する。
8.「子どもの貧困・ウェルビーイングプログラム事務所」を維持するとともに、周縁化された子どもたちに貧困が及ぼす不均衡な影響に対処する。
9.養護下にある子どもを規制されていない施設等に措置することを禁じるとともに、危険な状況にあるティーンエイジャーに具体的に焦点を当てる。
10.第3次「家庭内の性暴力・ジェンダーに基づく暴力戦略」の実施を子どもに関連して独立の立場から監督するための資金を提供するとともに、「ワンハウス・バーナフス」(OneHouse Barnahus;子どもの家)サービスを直ちに全国に拡大する。

1.アイルランドを子どもの権利の実施におけるリーダーにする。

  • 国連・子どもの権利条約の国内法への全面的編入/子どもの売買・児童買春・児童ポルノに関する条約の選択偽提訴の批准/組織的な子どもの権利影響評価(CRIA)の導入

  • 予算編成のあり方の改善(優先的勧告事項の2参照)

  • 機関間協力の推進(優先的勧告事項の1参照)

  • 子どもの権利を増進させるための取り組みにおいて指針とされるべき原則:差別との闘い/子ども中心の意思決定/ウェルビーイングの支援/子ども参加

2.政府および国の諸機関の内部で子どもたちを優先的に位置づける。

  • 政府の完全な省としての子ども省〔子ども・平等・障害・統合・若者省〕の維持と十分な予算配分

  • OCOが、子どもの権利の促進・保護および苦情申立てへの十分な対応の職務を果たせるようにするための、十分な資源および権限の提供

3.到達可能な最高水準の精神的健康に対する子どもの権利

  • 子ども・青少年精神保健サービス(CAMHS)の改革

  • 立法:精神保健(改正)法案の検討における子どもの権利の保護/成人精神病棟への子どもの措置の防止/子どもを対象とする精神保健アドボカシーサービスにすべての子どもがアクセスできることの確保/子どものウェルビーイングを優先させるための指導原則の強化/非自発的入院の制限

  • 投資

  • 学校におけるメンタルヘルス支援:初等・中等学校における、すべての子どもを対象とする治療的支援へのアクセスの確保/統合された精神保健ケア制度の確立と、学校・Tusla(子ども家族庁)・HSE(保健サービス機関)間の情報共有の促進

4.障害のある子どもの権利

  • 関連の条約・法律・政策の完全実施(インクルーシブで人権モデルを踏まえた、障害の一貫した定義を採用することも含む)

  • 障害のある子どもに関するさまざまなデータの収集・公表を義務づける法定要件の導入:養護を受けている障害児/ホームレスで地方当局の緊急宿泊所にアクセスしている障害児/障害児の死亡/普通学校に通っているSEN(特別な教育ニーズ)を有する子ども/SENを有する子どものうち在学枠またはより適切な就学措置を必要とする子ども/障害のある子どもの停退学/ニーズアセスメント待機児/貧困・剥奪・社会的排除を経験している障害児/障害を理由として自由を奪われまたは治療施設に入所させられている子ども/事件当事者、被害者、証人または第三者として司法にアクセスしている障害児など

  • (ニーズへの対応やニーズアセスメントに関わる)遅延への対処

  • 教育への平等なアクセス:インクルーシブ教育制度への平等なアクセスの確保/適切な支援をともなう十分な在学枠を確保するための先行的計画/SENを有する子どものニーズを満たす目的で設備を設置・改修するための学校への資源配分/自己の教育に影響を与えるすべての決定への、SENを有する子どもの積極的参加保障/SENを有する子どもの教育・支援についての包括的な教員研修/普通学校の統合環境下でSEN支援を必要としている子どもの人数に関するデータの収集/時限的な緊急措置としての障害児の在宅授業の見直し

5.教育に対する子どもの権利

  • 教育の未来:すべての子どもの固有の尊厳を尊重し、かつ学校生活における子どもの自由な意見表明および参加を可能とするようなやり方で教育を提供することへのコミットメント/修了証明書(Leaving Certificate)制度改革における主たる利害関係者として若者を認めることへのコミットメント/「教育の未来に関する市民会議」の開催

  • 法改正:学校における意思決定への意味のある子ども参加を確保する「2019年生徒・親憲章法案」の強化および審理促進/在学枠の25%を元在学生の子ども・孫に配分することを認める規定の廃止/乳幼児保育・学童保育を対象とする独立した苦情申立て機構の設置(または既存の苦情申立て機構の権限拡大)

  • 学校におけるいじめとの闘い:「キネオルタス:いじめ行動計画」の効果的実施/教員・校長・運営委員会を対象とする、いじめへの対処ならびに平等・包摂・文化的意識・子どもの権利に関する研修の改善

6.住居に対する子どもの権利

  • 十分な住居に対する権利の承認:この権利を憲法に掲げるための国民投票の実施/住宅危機への対処に関する住宅委員会の勧告に基づく行動

  • データ:ホームレス(「隠れたホームレス」hidden homelessness を含む)を経験している子どもについての包括的データ収集

  • ホームレスの防止

  • 法改正

  • 緊急宿泊施設の影響:当事者である子ども・家族との協議による、緊急宿泊施設の不十分さに関わる懸念への対処/緊急宿泊施設において子どもの発達、精神的健康および家族生活が支えられることの確保

7.子どもの貧困

  • 野心的目標の設定

  • 持続可能な解決策の促進:子どもの貧困の根本的原因に対処するための長期的戦略(良質な教育、負担可能な住居および社会的支援への公平なアクセスを含む)への投資/貧困対策プログラムの立案への関係者の意味のある関与の促進

  • 格差への対処:周縁化された集団(ロマおよびトラベラーの子ども、ひとり親家庭の子ども、庇護希望者向けの居住施設で暮らしている子どもを含む)に貧困が及ぼす不均衡な影響への対処/脆弱な状況に置かれている集団の具体的ニーズに合わせた、焦点化された介入策の実施

  • 効果的実施:「子どもの貧困・ウェルビーイングプログラム事務所」の維持/貧困緩和措置の有効性を評価するためのしっかりしたモニタリング機構の設置/予算・資源配分における透明性および説明責任の確保

8.養護を受けている子どもの権利の保護

  • 法律の改正・実施:養護下にある子どもを規制されていない施設等に措置することの禁止/各行政区域に十分かつ適切な措置先があることを確保するTusla(子ども家族庁)の法律上の義務の確立/代替的養護の措置先が子どもの元の家および学校に近接しており、きょうだいがいっしょに措置されることを容易にし、かつ子どもが有する追加的ニーズにとってふさわしいものであることの確保/性的搾取または犯罪者による搾取の危険にさらされているティーンエイジャーを特定・支援するための制度の整備/非公式な親族養護および私的な里親養育のもとで暮らしている子どもの権利についての明確な政策の実施

  • 権利および参加の擁護:自己の生活に関わる意思決定プロセスへの、養護下にある子どもの積極的参加の促進/危険な状況にあるティーンエイジャーをめぐる早期介入/養護下にある子どもとの意味のある関わりを促進するための、ソーシャルワーカーおよび養育担当者を対象とする包括的研修および支援

9.子どもの虐待・ネグレクト

  • 資源配分:OCOが第3次「家庭内の性暴力・ジェンダーに基づく暴力戦略」の実施を子どもに関連して独立の立場から監督するための資金拠出/虐待の被害を受けた子どもを対象とする専門的治療サービスの開発と十分な資源配分

  • 子どもを優先的対象とする取り組み:「ワンハウス・バーナフス(OneHouse Barnahus;子どもの家)」サービスの全国的拡大/機関間連携を強化する措置の実施

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 OCOは選挙後の12月4日にあらためて声明を発表し、各政党のマニフェストの検討結果も踏まえて、次期政権プログラムで子どもの問題を考慮する必要性を強調しました。子どもオンブズマンを務めるナイアル・ムルドゥーン氏は、国連・子どもの権利条約の国内法への全面的編入、予算策定に対する子どもの権利基盤アプローチの採用をはじめ、OCOが提言書に盛りこんだ一連の課題に取り組んでいくことを新政権に対して求めています。

 選挙結果を踏まえた政権協議の結果、これまで連立政権を構成してきた共和党(フィアナ・フォイル:FF)と統一アイルランド党(フィナ・ゲール:FG)に7人の無所属議員が加わって政権を維持していくことで話がまとまったようです(新政権は1月22日発足予定)。とくに、国内法への条約の編入が具体化するかどうかに注目したいと思います。また、OCOのような子どもの権利のための公的独立機関が存在することの意義も、あらためて感じさせられます。

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平野裕二
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