見出し画像

マレーシア・子どもコミッショナー事務所の概要

 昨日の投稿でも紹介したように、マレーシアでは2019年、国家人権委員会内に子どもコミッショナー事務所(OCC)が設けられました。OCCのウェブサイト(英語版)の情報に基づき、その概要を紹介しておきます。

 マレーシア人権委員会(SUHAKAM)は、1999年の設置法に基づいて創設され、2000年4月から活動している国内人権機関です。このような機関の国際ネットワークである「国内人権機関世界連合」(GANHRI)から、パリ原則(国内人権機関の地位に関する原則)に十分に適合していると認められてA認定を受けています。

 子どもコミッショナーは、女性・家族・コミュニティ省が2018年に行なった提案を踏まえて2019年8月に任命され、2020年5月から本格的に活動を開始しました。初代コミッショナーに任命されたのは、家族法・女性法・子ども法を専門とするノル・アジア・ビン・モハマド・アワル(Noor Aziah Binti Mohd Awal)教授(マレーシア国民大学)です。

 OCCのウェブサイト(SUHAKAMウェブサイト内のOCCコーナー)では、活動の概略が次のように説明されています(平野訳;太字も平野による)。

 マレーシア初の子どもコミッショナー(CC)の任命(2019年8月)の目的は、マレーシアの子どもたちの権利を増進させるところにあります。マレーシア人権委員会の子どもコミッショナー事務所(OCC)は、子どもたちのエンパワーメントと、国連・子どもの権利条約(CRC)に掲げられた子どもたちの権利の保護に責任を負う独立事務所です。CCの主な役割は、マレーシア全域で、18歳未満のすべての子どもたちの人権を、子どもの地位にかかわらず保護・促進していくことです。
 CCは、CRCに定められた子どもたちの権利の促進・保護に焦点を当てています。CCは、CRCの4つの中核的原則――差別の禁止、子どもの最善の利益への専心、生命・生存・発達に対する権利および子どもの意見の尊重――が遵守されるようにすることに取り組んでいます。さらに、法律第597号(「法」)〔注/マレーシア人権委員会法〕に基づく権限にしたがい、子ども関連法がその効力を発揮できるようにすることもCCの役割です。
 OCCは、2020年5月に全面的活動を開始して以降、(……)多数のプログラムや活動を組織してきました。すべてのオンライン対話・協議、会見および視察の結果を踏まえ、OCCは、あらゆる論点および対応する勧告を関連諸大臣に送付し、さらなる行動を求めることに成功しました。OCCは、これらの諸大臣が提起された論点に十分に対応しているかどうかをモニターするとともに、子どもの権利問題にしっかりと取り組むよう、政府への働きかけおよび諸大臣への助言をさらに行なっていきます。
 OCCはさらに、近い将来、「子ども顧問評議会」(Children's Consultative Council)を設置したいと考えています。これは子どもたち自身から構成される組織で、子どもたちが直面している問題や子どもたちの不満についてCCに教えてもらうためのものです。
 より長期的なビジョンとして、OCCは、2025年までに「すべての子どもに教育を」政策が実施されるようになることを望んでいます。これを達成するためには。OCCとして、マレーシア市民権の保有資格を法律で認められているすべての子どもに、2023年までにそのような権利が与えられるようにしなければなりません。

 現在、OCCは(1)アドボカシー・助言、(2)教育・広報、(3)苦情処理・モニタリングの3つの機能を果たしています。フルタイムの担当官が3人、事務職員が1名という体制です。実際の活動はこのような職務分掌ではなくテーマ別に行なわれており、現在は次のような問題に焦点を当てているとのことです。

-無国籍の子ども
-教育
-児童婚
-CRCに対する留保の撤回(注)
-子ども法の改正
-拘禁代替措置(ATD)
-セクシュアルヘルス教育
-ターフィズ学校(コーラン読誦などを学ぶ施設)における安全
-「子ども顧問評議会」の設置
-苦情処理・モニタリング

(注)マレーシアは、条約第2条(差別の禁止)、第7条(出生登録・国籍等に対する権利)、第14条(思想・良心・宗教の自由)、第28条1項(a)(無償の義務教育)および第37条(死刑・拷問等の禁止/自由を奪われた子どもの適正な取り扱い)について留保を付し、これらの規定は憲法、国内法および国内政策に一致する場合にのみ適用されると宣言しています。これは、加入時(1995年2月17日)に行なった留保の宣言を2010年7月19日付で修正したもので、当初は他のいくつかの規定にも留保が付されていました。
 なお、2002年の教育法改正によって初等教育が義務化されたことも宣言されています。ただしまだ無償化はされておらず、受給資格のある者に対して金銭扶助その他の形態の援助が提供されるに留まっています。これらの留保等については、国連が作成している条約締約国一覧表の関連箇所を参照。

 SUHAKAMのサイトの Media Centre には、さまざまな問題に関する子どもコミッショナーの声明も掲載されています。直近の声明(2月21日付)では、父親によって引き離されていた3人の子どもを母親(親権者)のもとに返すよう命じた最近の高等裁判所の判決を称賛し、すべての当事者に判決の遵守を呼びかけるとともに、子どもたちが一方的にイスラム教に改宗させられていた疑いが出ていたことを踏まえ、このような一方的改宗は憲法違反であることもあわせて強調しています。

 マレーシアの政治的・社会的・宗教的・文化的環境下で子どもの権利保障を推進していくことには多くの困難がともないそうですが、それでもこのような機関が設置されたことに、希望を見出すことができます。

【付録】
 Facebookの2020年8月15日付投稿で取り上げましたが、モルディブでも同年7月に子どもの権利オンブズパーソンが任命されています。参考のため再録しておきます。

 インドとスリランカの南西に位置するインド洋の島嶼国モルディブで、7月23日、同国初の子どもの権利オンブズパーソンが任命されました。

★ The edition: President Solih appoints Maldives' first Child Rights Ombudsperson
https://edition.mv/news/18082

 子どもの権利オンブズパーソンの任命は、2019年11月20日に成立し、2020年2月20日に施行された「子どもの権利保護法」第113条に基づくものです。オンブズパーソンには、国の機関が同法および子どもの権利条約をどのように遵守しているか監視する任務が委ねられています。

 また、暴力や虐待の被害を受けた子どものプライバシーと安全を守るため、関連の情報の公表について規制する権限も認められているとのことです。このような子どものプライバシー侵害については、子どもに対する暴力に関する国連事務総長特別代表が、今年3月に同国を訪問した際、懸念を表明していました(以下の記事↓参照)。
https://violenceagainstchildren.un.org/news/maldives-shows-strong-commitment-realization-right-children-live-free-violence

 議会の承認を得てオンブズパーソンに任命されたのは、ユニセフ(国連児童基金)のコンサルタント、モルディブ・ガールガイド連盟のチーフコミッショナーなどを務めてきたニウマス・シャフィーグ(Niumath Shafeeg)さんです。

 2019年子どもの権利保護法は、18歳未満の子どもの婚姻、子どもに対する死刑、児童労働などを禁じています。とくに子どもに対する死刑の問題については、国連・子どもの権利委員会による直近の報告審査(2016年)の際にも重大な懸念を表明されていました(以前の投稿↓参照)。
https://www.facebook.com/yujihirano.arc/posts/196647040830506

 このような状況のなか、子どもの権利オンブズパーソンがどのぐらい効果的な活動を行なっていけるかは未知数ですが、このような制度の設置を検討する姿勢すら見せない日本よりは、子どもの権利の保護・促進に対して意欲的とは言えるかもしれません。


いいなと思ったら応援しよう!

平野裕二
noteやホームページでの翻訳は、ほぼすべてボランティアでやっています。有用だと感じていただけたら、お気持ちで結構ですのでサポートしていただけると、嬉しく思います。