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無味で無実
味のしないホットケーキが食べたかった。
甘いものが好きな人、辛いものにご執心の人、いやいや私はお酒のおつまみになるようなしょっぱさがないと食べた気にならないよって人。
奮い立たせるするために、刺激欲しさに、反応の強い何かを口にしているし、一口目で思わず真上を眺めたくなるような気持ちよさのために食事を重ねてしまう。他の追随を許さない、数秒の煌めきのために、たまには良いものが食べたいと意識して食事メニューを考えたり、外食に繰り出したり、デリバリーを注文したりする。
味覚も主体と同じように忙殺され、混乱状態に陥る。味のないホットケーキってあるのかなぁとふと気になってしまったし、味覚をいちいち刺激されるのも勘弁してほしいとも思っていた。
ホットケーキは甘さの代表格で、その山頂から固形のバターが静かに溶け出すのを見送ってから、メープルシロップで完成させる。その工程を疑いにかかるようなことはまずないし、ナイフとフォークの入り具合で硬さを知ってみる瞬間のために人間は毎日不条理と戦っているのだ。
「そうに違いない」でコーティングされた世の中に、メープルシロップの香りは届いているのだろうか。ナイフを入れた瞬間の湯気を感じ取れるのだろうか。今の自分にはその自信がなかった。
味の濃いものばかりを口に入れてきた弊害として味覚はボロが出てきているし、日頃のデスクワークと #画面越しの私の世界 の体現の代償として視力はガタ落ちだ。
経年変化と捉えるべきなのか、それとも減価償却に分類するべきなのか。同じ状態を保ってはくれやしない五感と精神性に無常を感じつつ、食べたかったものを忘れた。
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