死道53号線
死道53号線。首都「東京」まで1週間の地点。
月明かりの中、坂巻鉄男は使い古したクロスカントリー車を必死に走らせていた。
バックミラーの向こうには、馬上でドレッドヘアーをなびかせるミイラのように痩せ細った異形の男。
「死道」を行く旅人を襲う、彼方からの妖魔の一匹。
愛知地区第三インターから死道へ出て数分後、妖魔は禍々しく響く蹄鉄の音と共にどこからともなく現れ、鉄男の車を追い始めたのだ。
エンジンが悲鳴のような唸りを上げる。
車の速度は、限界に達しようとしていた。
それでも、妖魔を振り切ることができない。
それどころか、馬とクロカン車の距離は縮む一方だ。
鉄男の心には、絶望の影が忍び寄り始めていた。
「鉄男!」
鉄男の隣から凛とした声が聞こえた。
美津だ。
恋人の声に、鉄男は辛うじて自分を取り戻した。
「美津、たのめるか」
鉄男の言葉を待たず美津は窓から身を乗り出し、拳銃の引き金を引いた。
乾いた銃声が鳴り響く。
当たった。
鉄男は確信した。
美津の射撃は自分が誰よりも知っている。
だが、男は何事もなかったように馬を駆り続ける。
美津はさらに数度、発砲した。
やはり、効果は無い。
馬上の異形は、二人を嘲るように、ひと際大きく哄笑した。
悔しさに、鉄男は歯を食いしばった。
その時だった。
はるか後方から一条の光が近づいてきたのは。
それは、たちまちのうちに一台のバイクの姿を取った。
一人の男が、それを運転している。
黒いジャケットに濃い色のジーンズ。青のオープンヘルメットで目はライダーゴーグルに隠されていた。
だが、何より目を引くのはバイクに立てられた1本の幟旗だ。血のように赤い布地に勢いある書体で黒く「用心棒」と書かれている。
鉄男の脳裏に、一つの伝説が浮かび上がった。
次の瞬間、鉄男は車の窓を開け、声の限りに叫んでいた。
「死道の用心棒!あんたを雇いたい!」
【続く】