内観と自己探究とマインクラフト
心の内観、内省とマインクラフトって同じだなと思っているんですが、たまに占い鑑定の依頼者さんに恐れや不安への対処法や何かをお伝えするときの説明にちょっと便利だったりします。クライアントさんに上手く伝わっているのかどうかはわかりませんが、「私上手いこと言ったな!」という自己満足感はあります。
マインクラフトはとても自由度の高いゲームで、楽しみ方は色々。
建造物を建てたり、生活をしたり、そのために材料を集めたり。生活を豊かにしていくための素材のために危険な探索をしたり。そして、プレイヤーのある一定の範囲に大きな物陰とか穴とかで出来ている暗がりが存在すると、そこからはモンスターが生まれてプレイヤーに襲いかかってきます。
夜になると灯りの無い場所からどんどんモンスターが湧いて、プレイヤーを見つけると襲ってきてしまうので安心して生活をするにはモンスターが湧かないように対策をしていく必要があるんです。そのために安全な拠点を作り、壁を作り、モンスターを倒しながら、モンスターの発生源である暗がりにたいまつを置くなどしていくわけなのですが。
このモンスターは、私たちに襲いかかってくる恐れや不安の象徴だと思っています。
「こんなことが起きたらどうしよう」「こう思われたらどうしよう」「本当は○○なんじゃないのか」そのモンスターの発生源は
見えないこと
理解できないこと
解らないこと
マインクラフトで言うところのモンスターの発生源である「暗がり」です。
その発生源になっている暗がりに光を当てていくことが、自己受容。
そこに暗がりがあることを感じながらそれを見てみぬふりをして覆い隠してしまえば、それはそれでいい場合もあるのですが、その暗がりには自分がずっと手に入れたかったお宝が隠れていることもあるんですよね。
リアルの人生での方では、その見て見ぬしている心の洞窟は、自分で触らないようにしていると他人が勝手にそこに作っている防衛壁を壊してきたりするんです。
何か夢を抱いた時にも、その洞穴が障害として立ち塞がることになります。
むしろ人間関係とか、自分が何か理想を持ってアクションを起こすというのはその人自身が自分の持っている暗がりに気づくためにあるんじゃないかな?とも私は思っています。暗がりがある方向が解ったら、勇気を持ってたいまつを置きにいく。自分に存在することを認めたくない感情だったり思考だったり癖だったり、それはモンスターとして自分を襲い続けてきているもの。
その暗がりやモンスターを「自分では無いと」否定している間は何度も襲いかかってきます。でも、そこにたいまつを置いて光を当てる(自分だと認める)ことで闇やモンスターは出てこなくなるんです。何故かというと、恐れや不安は「見えないこと、解らないこと、理解できないこと」つまり、隠れて見えない部分が発生源だから。
自分のことを他人に隠さなければいけないと思っている人は、自分の中にある暗がりを自分でその存在を認めることができない人です。他人への悪口や文句や嫉妬が多い人も多いと思います。
他人や何か物事に大して出てくる否定の感覚は、実は自分が持っている暗がりで、自分がモンスター化してるんですよね。
自分がモンスター化すれば、今度は社会側から否定されて感じるような体験をすることも起きたり。
マインクラフトで例えると、モンスターの湧かない明るい時間内だけ外に出て、できるだけ拠点から離れない場所で活動して付近で自給自足して、夜に沸いて残ってるモンスターも退治しなくてはいけないし、こっそり近づいてきて自爆するモンスターにせっかく作った建物や作物を破壊されて半泣きの状態で夜が来るからと急いでベッドに入って‥
コントローラー投げてゲーム辞めたくなりそうです。
マインクラフト、長いこと愛されているゲームですよね。
β版から製品化するくらいの頃に家族でちょっとハマっていた時期があったんですが、私は暗がりがひたすら怖いので、たいまつを大量に生産して地下を掘り進んで、大きな洞窟を見つけたらたいまつをばら撒きながらひたすらダッシュしてました。
そのやり方は私が自分と向き合う時の感じにすごく似てるなって思います。
ここら辺に恐れがあるな?と感じると知りたくて仕方がない。光を当てる(自認する)までモンスター(否定)がたくさん襲ってくるけど、自分が気づいて集めてきたたくさんのたいまつ(光)をばら撒きまくってそこも光に変える的な?
マインクラフトと心の探究って似てるよねーってお話でした。