「悪夢」が副作用!?マラリア予防薬メフロキン
マラウイ生活で最も気をつけた病気がマラリアだ。マラリアは、マラリア原虫という寄生虫に感染した雌のハマダラカ(羽斑蚊)が、産卵のため人の体を刺して吸血することで人に感染する。時に、生死に関わることもある病気だ。(参考「すき間だらけの部屋で~マラリア対策」)
マラリアと聞くと遠い外国の話のように聞こえるが、かつては日本にもマラリアは存在した。本州では1950年代まで、最後まで残った沖縄でマラリアの根絶が宣言されたのが1962年のことである。そんなに大昔のことではない。
■マラリア検査キット
マラウイの青年海外協力隊員は、発熱したらマラリア検査キットで検査し、その結果の報告が義務付けられていた。マラリア検査キットは指の腹に小さな針(画鋲の半分ほどの長さ)を刺し、出てきた少量の血を所定の場所に垂らすだけの、簡便なもの。しかし、針を自らの体に刺す行為は、慣れないとうまくできない。ためらいがあると、刺しが足りず、血があまり出てこないのだ。傍から見たら、何のことはない行為だが、血を見るのが苦手な私は、このキットで検査するのが嫌でたまらなかった。
事務所オリエンテーション中に練習として1回、さらに任期中に3度ほど発熱したので、合計4回も指先に針を刺したことになる。位置を確認してから、目を閉じる。「はぁっ!」と一人声を出して気合いを入れ、思い切り。幸いにも、毎回陰性で難を逃れた。
マラリア予防には、蚊帳が効果的だ。素材の中に殺虫剤成分が含まれているネットが開発されていて、手に入れることができたため、その蚊帳の中に入れば安心なのだが、ハマダラカが出現する夕方からずっとその中にいることは難しい。トイレに行ったり、停電の時は外で七輪を使って食事を作ったり、外で学生たちとのおしゃべりを楽しんだり。なんやかんやで蚊帳の外にいる時間も生じるから、生き物たちの助けを借りていたとしても、刺されるときは刺されてしまう。
■予防薬「メフロキン」
最後の砦となるのが、予防薬「メフロキン」だ。1週間に1回1錠、内服することで予防ができる。大事な薬だから、忘れないように毎週月曜日の夜飲むことに決めていた。ちなみに、他には毎日服用するタイプの「ドキシサイクリン」と「マラロン」という薬もあるが、飲み忘れそうだったので、「メフロキン」を飲み続けた。
どんな薬にも副作用はつきものだが、メフロキンの副作用は厄介だった。
【メフロキンの副作用 】
悪心・嘔吐など胃腸症状の頻度が高く、精神神経系副作用もみられることがあり、めまい、平衡感覚障害、うつ、急性精神病、けいれんなど、軽度から重度の症状までが報告されている。服用者の20%以上が何らかの副作用を訴えると言われるが、その殆どは不眠、悪夢などの軽度なものである。
『日本の旅行者のためのマラリア予防ガイドライン』より抜粋(マラリア予防専門家会議,2005年)
20%以上が副作用を訴えるとは、なかなかの割合ではないだろうか。しかもそのほとんどが、「不眠」と「悪夢」だという。「悪夢」が副作用の薬なんて、聞いたことがない。半信半疑で、先輩隊員に聞くと、「気分が暗くなる」「ものすごいはっきり悪夢を見た」などの証言が得られた。間違いないらしい。もちろん、副作用らしいものが全くない人もいたが。
あまりに副作用がひどい場合は、週1の「メフロキン」から、副作用が少ない反面毎日服用しなければならない「ドキシサイクリン」に変更することもできた。しかし、ずぼらな自分は、結局週1の手軽さを選んだ。
■副作用「悪夢」
「悪夢」を実際に見るまでは、半信半疑のままだった。その疑いも、1週目から崩れ去った。副作用恐るべし。それから数か月は、ほぼ欠かさず毎週見てしまった。悪夢を見るか、マラリアにかかるか。言い過ぎかもしれないが、究極の選択を迫られた。薬を飲むのが月曜の夜で、悪夢を見るのはだいたい月・火・水のどれか。何週間かすると、悪夢を見るのはなぜか服用から1日置いた、水曜の夜に安定するようになった。だから、水曜の夜、寝る前は覚悟してベッドに入ったものだ。
シチュエーションは様々だったが、むごい殺人シーンが多かった。自分が被害者になる時も加害者になる時もあった。また、毛むくじゃらの巨大な生き物に飲み込まれる夢は何度もリピートして見た。悪夢は、日本では見たことはないほど鮮明で、後味が悪いものだった。
それでも半年ほどで、薬にも慣れたのか、悪夢を見る頻度は徐々に減ってきた。たまに見る悪夢の内容も、少しずつゆるいものに変化した。ゆるい悪夢というのは、例えばこんな夢だ。
友達と旅行で、川のそばの旅館に宿泊していた。旅館の周りには、野良猫がたくさん住み着いていた。川の対岸にも似たような旅館があり、別のグループが泊まっている。よく見ると、学生時代の友人グループだ。何かの拍子で川を挟んで言い争いが始まり、いつの間にか物を投げ合う戦闘状態に発展した。なりふり構わずそこらにある物をつかんで投げ合っているうちに、野良猫のうんこをつかんでしまった。改めて見回すと、猫のうんこだらけだ。「これはいい武器になる!」と思い、うんこばかりを探して拾い、相手に投げまくった。向こうも相当嫌だったのか、マネしてうんこを投げてくるようになった。そのうち擬人化した野良猫たちも加勢し、うんこが飛び交った。最後、うんこまみれになるのがなぜか楽しくなってきた。笑いが止まらなくなり、自分の不気味な大きな笑い声で眼が覚めた。
そこまで大笑いするほどの内容かどうかは別として、目が覚めてからもしばらくは、笑いがおさまらなかったほどである。笑っていたけど「うんこまみれ」だから、「ゆるい悪夢」ということで。
そんな夢も含めて、マラウイにいた1年9か月で、一生分の悪夢を見たと思う。