ちきも
『聲の形』の劇中の雰囲気がとても好みだったので、今回もかなり期待して行ったが、それを軽く超えてくれて、胸のすくような思いだった。思いっきり音を間引いて間引いて、生活音や自然音を入れ込んでひとつの流れを生み出す作りがアニメーションの柔らかなタッチにフィットしている。それでいてなお、10代の不自由さ、歯がゆさ、いたたまれなさを通奏的に表現していて、道中ずっと胸が締め付けられるような想いがした。 “主よ、 変えられないものを受け入れる心の静けさと 変えられるものを変える勇気と そ
まず松本が決まって、そこからどこに向かうのかについては、さらにひと悩みする必要がありました。なにせ28年も生きているというのに、この小さな島国日本のどこにも行ったことがないと整理するに等しいほど、偏った地域で過ごしてきたからです。 たとえば、松本からバスで高山へ抜けることが出来ます。南へ下り、飯田を通って豊橋に向かうことも出来ます(この場合は6時間半同じ鈍行列車に揺られることになりますが)。日本の交通網は、これだけ廃線減便になってもまだまだ立派なもので、感心します。 そうやっ
自分の価値に合わせた旅行をせねばならないと、常々思っております。自分の価値に合わせたものを食さねばならないのと同じように。そもそも人間が卑しく膨張したことによって世界が相対的に小さくなっただけだというのに、なんだか自分自身が偉くなったと錯覚している輩が多すぎる実情に、抗っていたい思いもあります。だから僕の旅行はつとめて「物理的には産業革命より前でも行けるところ」に限定されるのです。 自分の価値に合わせた手段で移動しないといけないと、常々思っております。しかしこれは難しい。移
とても僕が正しいとは思えない。なにか欠落しているからこうなってしまっているんだ、という気持ちで書いている。 124分の映画を観て、覚えていることを箇条書きにするとこうだ。 ・中学生が小さな船で釣り行って死ぬって、あまりに乱暴な設定だな。そりゃ母親は自分の馬鹿さに耐えきれんだろ。その通りだから仕方ないけど・・・。そういう、家庭環境がゴミでした、ってことを伝えたいのであればそれでいいんだが、それがこの話の得になるとは思えないし多分違うんだろうな。 ・暴力はよくないよね。 ・試合
何度でも思い出すのだけれど、その時僕は南区のアパートにいて、学習机の上のベッドで昼寝をしていた。そこも結構揺れていたようだけれど、幼少期から地震に鈍感だった僕は、揺れが収まり、母親が南側の窓を開けて、ガラケーのワンセグの電波を拾いに行き、映り、事態を把握して慌て始めた物音で、目を覚ましたのだと思う。 当時、僕の父親は茨城県の大甕町へ長期の出張に出ていて、そこが6弱だか揺れていたのだという情報が入ってきて、これは大変なことになったと母の顔が青くなっていったのを思い出した。メ
なんとかチケットを確保して、名古屋国際会議場で行われた全国大会の中学の部を現地鑑賞したので、遅ればせながら備忘録を兼ねて感想を記しておく。流石に全国大会ともなるとどの団体も素晴らしく、粗さがあったとしても狙いが見えて、まったく気の抜けない、充実した1日となった。 <前半の部>(1階12列やや下手側) 1西関東 埼玉県越谷市立大相模中学校 銀賞 課:Ⅱ 自:ル・シャン・ドゥ・ラムール・エ・ドゥ・ラ・プリエール(愛と祈りの歌) (作曲:松下 倫士) 課題曲、自由曲ともに安定
日本が、決定的に守ってきているのは、あらゆるひとつひとつの命の価値を「無限大」としていることです。 それが新生児でも、働き盛りの若人でも、老い先短い高齢者でも、意思疎通の叶わない障害者でも、等しく(数学的には分からないが)命の価値は「無限大」と定義されているように思います。 つまりは、「市井の人々が死ぬ」ことを徹底的に避ける社会的構造になっているということです。翻せば、「死なない程度の不利益をこうむる人がいるとしても、そのままでは死ぬかもしれない(死ぬとは限らない)人を救い
8月28日(土)に行われた関西吹奏楽コンクール 高校の部Aについて、第1~3ブロックまで現地で鑑賞したので、これも備忘録的に感想を残しておく。会場でパンフレットに所感を走り書きしているのだが、これが少し恥ずかしい。すべてを頭にとどめられれば良いのだが。 各団体文末のA/B/Cは僕の好み。(第4ブロックを聴けなかったので絶対評価)団体名の横に金/銀/銅賞。 なおこの文章はもちろんすべての結果を知った後に書いているが、各校に対する感想はできる限り、その当時に感じたテンションを記し
8月27日(土)に行われた関西吹奏楽コンクール 中学Aについて、オンライン配信を鑑賞したので備忘録的に感想を残しておく。 各団体文末のA/B/Cは僕の好み。(28団体なのでA9/B10/C9の相対評価) 団体名の横に金/銀/銅賞。 ------------------------------------------------------------------------------ 【前半の部】 1.大阪府 関西創価中学校 銀賞 課:Ⅱ 自:富士山-北斎の版画に触発さ
星野源はくも膜下出血を機に、性格が京都シネマからTOHOシネマズ梅田になったわけですが、僕の器に合っているのは当然前者ということになります。 特に僕は『エピソード』というアルバムが好きで発売当時よく聴いていたのですが、とりわけ『くだらないの中に』の冒頭の歌詞は、今でも生きる指標のひとつになっているという確信があります。 髪の毛の匂いを嗅ぎあって くさいなってふざけあったり くだらないの中に愛が 人は笑うように生きる 当時、つまり高校生になったくらいの時期にはもうマクロ的な
平沢進のヴァーチュアル・ラビットを聴いて、無機質な高揚に煽られることで、やっと正気に戻ったような感覚だ。ずっと「写真で一言」を求められ続け、自分の中で納得がいかず、歯痒さだけがいつまでも取れなかった。しかしこれは幸せなことなのだ。こういう感情こそドアノーに切り取って遺していただきたい。あまりにも愉快に、現実よりも幾分かご都合主義的に。 彼の写真家としての技術だとか才能は、それはもうまざまざと見せつけられた。何必館の館長が語るように、1枚1枚に映る(写るというよりも映っている
箇条書き的に今日の感想を残しておきます。 オリックス劇場自体初訪問のため、最寄り駅から調べてGoogleマップのお世話になりっぱなし。久しぶりに晴れたと思ったらアホ暑いしだな、現在地を提示してもらっても道間違えるしだな、着いた頃にはヘトヘトでした。 間隔をあけて並び、体温を測り、3階席へ。 感染予防のために1席ずつ空いてるのが、パーソナルスペース激広おじさんには有り難し。全ての世の中がこれをスタンダードにしてください、その為に人間を2分の1にしてください。 東京公演のニュ
僕そうめん嫌いなんですよね。 別に味や食感が嫌いなのでは無いんです。 じゃあなんで嫌いかって言うと、そうめん食ってる時、風邪ひいてる気分になるんですよ。 正確ではないんだけど、示準化石みたいなものだと思ってるんです、こういう食事の記憶。それを食べるとピンポイントで、自分の過去がよみがえってくるメニュー、皆さんにもありませんか?そしてそのメニュー、自らが思い起こした「その時」くらいしか食べてないんじゃないですかね。 ウチはもともと「麺冷やすのにアホほど汗かくのにアンタらが1
堀川御池の交差点は大きい。堀川通は京都の道路の中で最も広く、渡り切れなかった人々のための安全地帯も用意されている。 僕はもう十数年も、「北西から南西」「南西から南東」へ渡る横断歩道が苦手だ。渡る横断歩道の後半が「車が動く車線」であることに、強いプレッシャーを感じるのである。 南西から北西、南東から北東のような渡り方であれば、左折しようとしている車を見つけた段階で「渡らない意思表示」を見せ、車が通過してから翻って横断すれば良い。だが後半に左折待ちの車がいると、どうし
劇場版SHIROBAKOを観に行きました。 映画の感想は話しませんが、僕はもうしばらくオタク向けアニメ映画は劇場で観ないことにしました。僕もオタクだけれど、もうその空間と空気感にうんざりしたから。 今日隣に座った男は、「チケットを常時指先で弄っていないと死ぬ人」でした。ちなみに去年『Hello World』を観に行った時に隣に座っていた女は、「上映中も常時スマホを弄っていないと死ぬ女」でした。後者は前半15分でしびれを切らした僕が注意するとやめましたが、今日の男は注意が聞
コロナコロナうるさいですね。 日ごろ日本人は平和ボケしてるだなんだ煽ってる皆さんが、未知のウイルスを正しく怖がることも出来ず徒に死を避けようとしているところを見ると、君たちの方がよっぽど平和ボケした日常を送っていたんだなあと感心せざるを得ません。 僕は14の頃から、人はいつだって死ぬし、誰だって死ぬと思い続けて生きています。そして同時に、そうだからこそ、人は案外死なないし、残念ながら死んでくれないことも実感し始めています。憲法が自分の生活やら命やらを守ってくれているな