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いつまで"A5"に踊らされるのか―牛肉の新しい評価基準を考える

今週の「ガイアの夜明け」は牛肉の特集だったのだが、番組内で触れられていることで、驚くべきことがあった。「ランクはA5ではないが、むしろ美味しい」牛肉があるというのだ。我々は普段、「A5は、A4よりも、オイシイお肉である」と思っているが、我々の認知はゆがんでいるのではないか―。そこで今週は、牛肉の歴史から、A5が良しとされた背景と、どうすれば「美味しさ」のランク付けを根付かせることができるのか、という戦略を考察してみる。

渡来人・戦争・農業発展-牛肉食文化の浸透-

 元々牛は、食用としてではなく、農作業のサポート役として重宝されていた。農耕具を使う際にも重要だったし、糞尿は貴重なたい肥となったからだ。戦国時代・安土桃山時代のころに、”渡来人”と言われる外国人が日本にやってきて、牛肉の食文化の端緒となった。日本人にとって牛肉を食べることは忌み嫌われていたが、ペリーの来航をきっかけに、外国人居留地を中心として、牛肉の需要が興っていく。明治時代になると、廃用牛(子牛を生まなくなる・乳がでなくなる等、家畜としての役目を終えた牛)を用いた牛肉食文化が広まる。日清・日露戦争時には兵隊の食糧とされ、帰還兵によって民間での消費が拡大した。明治・大正・昭和を通して、牛は、「農作業のサポートがメインで、食用にもなり得る」存在だった。しかし戦後、耕運機と化学肥料の普及によって、「農作業のサポート」という位置づけが失われた結果、大量に市場にされた。その牛と輸入穀物を活かして、「食肉専門」としての飼育を志向する農家が続出する。外国種との交配によって品質改良の努力(より美味しくというよりは、より大量の肉を、安定して獲得できるように、という、生産者目線での品種改良)がされていく一方、消費者にとっては、諸外国に比べて日本の牛肉が効果であることに対しての不満が募っていく。

国産牛を良く見せよう-「A5」とは何か-

 牛肉の格付けが生まれる大きな転機となるのは、昭和末期から平成初期にかけて発生した牛肉の輸入自由化の動きだ。牛肉輸入が自由化されることで、これまで肉眼で判断していた”等級”をより客観的な指標で判断する必要が生じる。そこで採用されたのが、BMS(Beef Marbling Standard - 牛脂肪交雑基準)である。簡単に言えば、牛肉の中に霜降りが入っているほどランクを高くする評価方法だ。同時に、当時の国産牛肉の目標は、安全良質な牛肉を低コストで生産することだった。なので、併せて「一頭の牛からどれだけの肉が取れるのか」という基準も、牛肉を評価する際の指標として加えられた。これが、現在市場で一定の信頼を得ている「C1~A5までの15種類の格付け」の原型となったものである。

 ではなぜ、BMSと1頭当たりの肉量が基準として採用されたのだろうか?一言でいうと「国産牛を、輸入牛と比べて高いランクに位置付けるため」だ。牛肉輸入が自由化された結果、アメリカ産やオーストラリア産の牛肉が市場を席巻し、国産牛肉が駆逐されてはたまったものではない。そこで格付けを導入し、「ランクが高い国産牛肉は家庭用、ランクが低い海外産牛肉は業務用」という棲み分けを行うことで、輸入自由化と国産牛の保護を両立させようとした、と考えられている。

 現在運用されている牛肉のランクは2種類のかけ合わせだ。まず、端的に言えば、「1頭から取れる牛肉が多いほど良い」という評価基準によって、A~Cの三段階で分類される。さらに、既述のBMS(端的に言うと、どれだけ霜降りが入っているか)や肉・脂肪の色沢、肉の締まりといった項目を5段階評価し、その中での最低評価を用いて「1~5」の5段階で評価する。この2つを組み合わせて、「C1~A5」までの15段階評価を行っているのだ。

 つまり、牛肉のランクとは、「どれだけ霜降りが入った牛肉を低コストで生産できるか」という畜産家・肉の仕入れ業者にとっての基準であって、消費者目線の基準では全くない、ということだ。にもかかわらず、「A5牛は違う!オイシイ!」と感じてしまうのは、我々が「そう思っている」からに他ならない。ある種の「ブランド」なのだ。問題は、そのブランドが、消費者に提供している価値に紐づいていないことなのだ。近江牛を扱っている直販サイト「サカエヤ」のホームページから、悲痛な叫びを引用する。

格付制度は輸入牛肉との差別化や生産者のモチベーションアップなど、生産者や肉屋には1つの目安として必要ではありますが、 一般消費者の方までも格付けで牛肉を判別することに少々疑問を感じることがあります。 昨今の牛肉ブームにより雑誌やテレビでは牛肉を取り上げた特集を多く見かけるようになりました。 そこには必ずと言っていいほど格付けが一人歩きしています。意味なくセリフのように連呼するグルメリポーターやそれを煽るメディアにも 少なからず問題があるように感じます。(中略)格付けは、あくまでも生産者が作る牛肉の評価の対象であり、肉屋などの仕入れの目安なのです。 ホントのところは、味にはあまり関係ないのです。
※太字は筆者による

新しい美味しさの基準-ランクからセグメントへ-

 番組内では、赤身肉の品質を評価する「R」という格付けを導入しようと試みている旨を報道していた。これは、端的に言えば「赤身の割合が高いほどランクが高くなる」格付け方法だ。だがこの格付けも、結局は、土佐あかうしを良く見せたいという生産者目線の格付けで、消費者目線ではないという意味で、現行の格付けと同じである。 では、消費者目線での評価とは何だろうか?

 牛肉を食した瞬間の満足度を規定する要因を上げるなら、味・食感・香りだろう。これらに紐づいた評価こそ、本当の意味で消費者目線での評価になるのではないだろうか。そしてもう一つ、消費者目線の評価では、ランク付けではなく、セグメント分けを提唱したい。何を重視するのかは消費者によって違うはずだし、セグメントわけをすることで、「高いランクの牛ばかりが飼育される」状況を防ぎ、多様性を維持することにつながる。そして、牛肉の多様性こそが、日本の牛肉を世界に広めていく際に、カギとなるだろう。

 では、具体的な「味・食感・香り」の評価軸としては、何があげられるのだろうか? まず「味」の評価は、うまみ成分(イノシン酸・オレイン酸)の含有率が有力な基準になるだろう。香りの評価は、おそらく「牛肉を一定時間放置した際に、周囲の空気中に存在する香り成分」の量で評価可能になるのではないか。もちろん審査員の主観的判断でも構わないのだが、客観的に評価しようとするなら、周囲の空気の香り成分を測定する方がいいと思う。最後の食感だが、これは「牛肉の弾力性」が決め手になるのではないだろうか。食感については、調理方法によっても大きく異なるので(例えば固い牛肉でも、玉ねぎと一緒に煮詰めれば柔らかくなる。シャリアピン・ステーキというやつだ)、一概に評価することは難しい。「生肉の食感が果たして消費者体験にとって有益な情報になるのか?」に疑問の余地は残るが、軸として含めるなら牛肉の弾力性が一番だろう。審査員の主観でもよいが、できるだけ測定器を使って測りたい。

 上記の評価方法 - いうなれば、B3FS(Beef Flavor / Food texture / Fragrance Standard)に基づけば、消費者目線での牛肉評価が可能になるだろう。その際に重要なのは、これをランクではなくセグメントとして活用することだ。そうすることで、「香りよりも味を重視する人」とその逆の人、どちらにも最適解を提供することができる。同時に、「本当はオイシイのに適切な評価が得られない」という生産者の悩みも払しょくすることができるだろう。

 さらに、上記のセグメント分けに基づいて、牛肉種が多様化すれば、日本の牛肉を世界に輸出する際にも役立つだろう。日本でウケている味・食感・香りのバランスが、世界共通だとは限らない。狙うマーケットに応じて最適な味・食感・香りのバランスを調整し、需要の大きさによって供給量が変わっていく-。現在の、生産者目線でのランク付けを脱し、消費者目線でのセグメント分けに基づいて牛肉を評価することができれば、多様な品種が適切に評価され、日本の牛肉は世界中で愛されることになるだろう。

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