GLOBISの乱読帳 2022年2月 ~GDP編~
GLOBISのメンバーがその月に手に取った本をご紹介しているこの企画。今月は昨年12月に引き続き、GLOBIS 学び放題をはじめとしたデジタルサービスを開発・提供している、GDP(グロービス・デジタル・プラットフォーム)編です。
テクノベート(テクノロジー×イノベーション)時代とはわかっていながらも、なんとなく技術系の書籍って敬遠されがち……ということで、今回はビジネスパーソンが読みやすいと定評ある書籍を、ソフトウェア品質エンジニア(いつでもなんでも書く河原田)が2冊、ピックアップしました。暖かい部屋でゆっくり読んでみてはいかがでしょう。
『ピープルウェア第3版』
(著:トム・デマルコ、ティモシー・リスター/翻訳:松原友夫、山浦恒央、長尾高弘 日経BP)
21世紀も20年以上が過ぎ、パソコンやスマートフォンは生活にもビジネスにも不可欠となっている。GLOBISが「テクノベート時代」と呼ぶ世の中に、私たちは生きている。様々な事業会社が、ソフトウェアを扱う専門職のエンジニアやプロダクト管理を主導する技術畑の人材を採用してビジネスをドライブさせているし、世のニーズに応えるソフトウェアを開発・提供するスタートアップへの投資も活発だ。ITの利活用なしに新規ビジネスを考えることは現実的ではなくなっている。
さて、そんな「突如押しかけてきて身近になってしまったソフトウェア」だが、ソフトウェア開発の世界がどのようなものなのかを説明できるビジネスパーソンは、あまり多くない。しかし「ソフトウェアとかアプリとか、そういうのはあんまり……」とまごついていると、たとえば会社でスマートフォンアプリを活用する新規事業のマネージャーのイスが空いていても、チャンスをつかみそこねてしまうかもしれない。もったいない! マネージャーとしてソフトウェア開発プロジェクトを成功に導ければ、活躍の場が大きく広がるのに!
そんなわけで、ビジネスパーソンがソフトウェア開発およびエンジニア(ソフトウェア開発者)のことを(少しでも)知っておき、必要に応じてプロジェクトのマネジメントやリードができるようになることは、今や一種の素養であるとさえ言える。本書はその課題に応える名著だ。
ソフトウェア開発プロジェクトで起こる問題の多くは技術的な問題ではなく、むしろヒトや人間関係に関わる「社会学的な」問題が圧倒的に多い、というのが本書の主題である。エンジニアは技術の専門家だが、人材マネジメントについては苦手とする向きも少なくない。ソフトウェア開発プロジェクトを成功させるカギは、ソフトウェアをむしろ「ピープルウェア」と捉える視点とマネジメントなのだ。
本書ではオフィス環境の整え方、人材の揃え方(採用)、チームの形成など、ソフトウェア開発プロジェクトを成功させる上で考えておくべきことに加え、エンジニアが感じるソフトウェア開発の「楽しさ」も説かれている。最近でこそOKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果指標)という評価制度の導入で「ワクワクする目標」を定める動きを見かけるが、エンジニアの世界では以前から「仕事は楽しいものだ」という捉え方がされていたことがわかる。
読了後には、ソフトウェア開発プロジェクトを成功に導くための考え方を知るのみならず、エンジニアを上手に評価し、モチベーションとパフォーマンスを引き出すビジネスパーソンになるためのヒントを見出せるだろう。
本書はビジネスパーソンにとって、エンジニアの世界を理解する入門となる数少ない書籍だ。まさにテクノベート時代の基本書だと思う。
ソフトウェア開発プロジェクトという領域でITベンダー企業への「丸投げ」ではなく、むしろエンジニアと連携するマネージャーとして将来活躍し、成果をあげていきたい方にとって、間違いなく得られる学びが多い1冊だ。
『パーフェクトソフトウェア』
(著:ジェラルド・M・ワインバーグ/翻訳:伊豆原 弓 日経BP)
「ソフトウェアテストをすれば完璧な製品ができる……」なんていうのはナイーブな幻想である。これが本書のキー・メッセージだ。
かつて、Made in Japanといえば「高品質」の代名詞だった。今でも日本のGDPの約20%を占める製造業は戦後の発展を支え、日本を「ものづくり」の国たらしめてきた。ソフトウェアもまた「ものづくり」の文脈で語られることが多いが、従来の形のある製品と異なり目に見えないため、どのように品質を保証するかを明確に考えなくてはならない。
ソフトウェアの品質保証を目的とした「ソフトウェアテスト」は、たいへん重要である。品質保証部門で専門技術者がテストを実施している会社もあれば、少数精鋭のスタートアップなどではプログラミングをしてソフトウェアを開発した開発者自らが多様なテストを行い、バグ(不具合)を発見・除去している。
しかし人間は不完全であり、どんなに気をつけてテストをしてもバグは混入する。これを指して、本書『パーフェクトソフトウェア』は、副題を「テストにまつわる幻想」とし、テストをどれだけやっても完璧なソフトウェアはできないのだと喝破する。先にご紹介した『ピープルウェア 第3版』がソフトウェア開発の概要を描く一方で、本書はソフトウェア開発の工程であるテストにフォーカスしている。
ソフトウェアテストは誤解されやすい。それさえやれば完璧だと思われることも、逆にキーボードやスマホで操作するだけの単純作業だと見做されることもある。だが、ソフトウェアテストは専門技術であり、良いテスト・悪いテストがある。どこまでテストをするべきか、どれほどコストをかけてテストをするべきか、お仕着せの正解は無い。ソフトウェアを扱うビジネスに携わるなら、テストに関する基礎知識を身につけ、開発チームやステークホルダーとともに議論しながら進んでいくべきだろう。
世の中は便利になっているようでいて、実は、不具合を多く抱えた大量のプロダクトにユーザーは囲まれている。むしろソフトウェアの不便を甘受してくれる時代になっていると言えてしまいそうだ。本書では、ソフトウェアテストとは製品に関する情報を集めるためのものと説明されているが、もしかしたら多くの企業では「よくわからないけど動くからヨシ!」という状態でユーザーのもとに製品をリリースしているのではなかろうか。それは会社の看板に泥を塗る行為かもしれない。
品質という言葉には「品格」という意味の「品」が含まれる。 ITリテラシーは便利で豊かなテクノベート時代で成果をあげ、価値をもたらしたいビジネスパーソンの必須教養である。ビジネスでソフトウェアを扱うすべての人に、ぜひ本書を読んでほしい。先に紹介した『ピープルウェア 第3版』と併せ、この春、新たな気持ちで読んでみることで、多くの発見があるはずだ。