「距離」
朝、洗濯を干している時や
玄関先を掃いている時に視線を感じていた。
でも僕がそっちの方を向くと誰もいない。
小さい鈴の音だけが残っていた。
何度か、そういう事があって、
やっと視線の先に、その人を見つけた。
お隣の雌猫だった。
何が面白いのかがわからないが、
その雌猫は、次の日も僕が洗濯を干すのをじっと見ていた。
僕は相手にせずに放っておいた。
月が綺麗な夜に、散歩に出た。
しばらく歩いていると、小さい鈴音が僕の後から付いてくる。
自分の安心できる一定の距離を保ちながら、
付かず離れず付いてくる。
僕はなんだか嬉しくなってきた。
でも振り向きもせず、雌猫の相手をせずに放っておいたあげた。
好きにさせてあげたほうが良いような気がしたし、
「月夜に猫の鈴音を聞きながら散歩している」
という状況が奇跡の瞬間だと感じて、
壊れないように大事にしようと思ったから。
冷え込んだ朝の日、門柱の上にあの猫が丸くなって居た。
そしてじっと僕の方を見ている。
目を合わせても逃げなかった。
だんだんと近づいて5m程の距離になると
逃げていった。
翌朝も門柱の上に居た。
5m程に近づくと今度、僕は一旦止まってみた。
そして、
「おはよう」
と言って少し間をとってまた近づいた。
その娘はまだ、そこに居てくれた。
ゆっくりと歩いて、また止まって、怖がらせないように
「何もしないよ」
と言って腕を後ろにした。
そしてゆっくりゆっくりと近づいた。
近づきながら
「今朝は冷えたね」
「近くで見たらべっぴんさんやん」
とか話しながら距離を縮めた。
気がつくと、手をのばすと触れそうな距離まで来ていた。
彼女は
「にゃぁ」
と小さく言った。
僕は
「今日はここまでな」
と別れた。
この感覚は昔どこかで感じたのと同じだと思った。
高校生の時にガールフレンドと距離を詰めたのと同じだと思い出した。
人間も猫も同じだったのだ。
その瞬間、どこかで見られていると感じたので
首を左右に振って視線の主は誰かと探した。
長州力が草むらの中から、逆三角の目をして僕を睨んでいた。
僕は長州力に悪いことをしたような気になって、そそくさと家に入った。