『馴れ』は、実に怖い。理不尽なる事も、危険極まりない事も忘れてしまう。だから、『悪事』が罷り通る。
過去において相談を受けた人たちの様子を伺うと、危機迫る当時のそれぞれの表情と比較すれば、緊張感が伝わることなく、穏やかになっている。
穏やかになるのは良いが、諸問題が全て解決された訳ではなく、相談を受けた当時と全く変わらぬどころか、徐々に酷くなっているのが実状だ。
危機迫る当時は、精神的に病んだ人たちが、血尿やら鬱やらヘルペスやらに苛まれるなど、心無い悪代官の『パワハラ絶頂期』であった。
しかし、当時の被害者となっていた人たちは、時間と共に『馴れ』てしまっている感がある。又、さっさと会社を辞めて、絶縁した被害者も多い。
この『馴れ』は実に怖いもので、特に、『パワハラ』、『セクハラ』、『盗撮』などに『馴れ』てしまうと、「またか!?」の噂や黙認で終わり、問題視されなくなってしまう。これこそ、コンプライアンスの盲点でもあり、過去の重大事件の風化を助長するだけの話となる。
過去において同様の記事を幾度か掲載したことがあったが、今回は、悪代官やその仲間たちによる『蛮行』を二度と繰り返さぬために、『警鐘』として敢えて取り上げることにした。
用心しておかねばならぬことは、社外で発言力のある人物に『不要なる情報(機密情報や個人情報)』を垂れ流す人物が、社内に必ず居るということだ。それも枝葉をつけて、面白おかしく情報を垂れ流す。
これが常態化すると、外部の実力者が、特定の組織を遠隔リモートする可能性が出てくる。社内告発にて警察やその他行政が動くのは『企業内浄化』のためになるが、外部の人物となれば何を仕出かすか分からない。
特に、地方においては、狭い財界において、独立した会社組織を手玉にとり、押し潰し、私物化に走るという危険性も十分に考えられる。
そこで、社外の人物が或る企業の人事に口出すことになれば、最悪の状況となる。『口利き』において影響力を持つとされる社外の人物は、思いの外、危険極まりないと言っても過言ではない。
更に、社外の人物と繋がる社内の悪代官たちが連んでいるとなれば、これは、独立した会社組織とは言えず、適材適所なる人事も不可となる。
会社組織において、『蛮行』に走る『独裁者』を生み出す環境は絶対に作ってはならない。それは昭和の悪き風潮で時代錯誤でもあるが、今も尚、会社組織の根底にヘドロのように沈殿しているのは間違いのない事実。
『蛮行』については、役員であろうが中間管理職であろうが社員であろうが関係なく、厳重処分の対象として問題視し、改善するために『企業内浄化』を徹底することが重要なこととなる。