見出し画像

撮影しやすい環境よりも、悪い時が良い絵面が撮れる!?

 先日、秋薔薇も終わりか、コスモスはどうなのかと、熊本県農業公園(カントリーパーク)へ足を運び、取材することにした。

 既に、以前の記事にて撮影したものを披露しているが、面白いことに、雨降りの中で、傘をさしながら悪戦苦闘している時に撮影した作品が、筆者にとっては良いような気がしてならない。

 取材に持ち込んだ機材は、結構な重量である。初日(10月30日)はレンズの前玉付近から付け根、カメラ本体までがびしょびしょに濡れた状態にて撮影せざるを得ない。コウモリ傘の柄の部分が左鎖骨にあたり、グラグラと不安定である。

 そこで、ストラップを首から下げたカメラを右手で支えながら、被写体にレンズを向ける。風もやや吹き始め、雨と風との勝負だが、レンズが90mmのマクロであり、足元が悪いところへ踏み込んで撮影する格好が、滑稽に見えて仕方ない。

 そんなこんなで撮影したものが以下の写真である。

2024.10.30撮影
2024.10.30撮影

 ところが、2日目(10月31日)の取材に出かけた時は曇天で、雨や風との戦いもなく、何不自由なく撮影することができたのだが、どうしても、楽を選んだせいか、思ったように被写体とのコミュニケーションが交わせず、愚作ばかりであった。

 以下の通り。

2024.10.31撮影
2024.10.31撮影

 そして3日目(11月8日)である。

 天候が良すぎて、楽して撮影している感があり、全く納得のいく作品がない。一つは太陽光が照りすぎているのも影響しているけれども、機材に頼り楽して撮ろうとしている自分が情けなくなってしまう。

 以下の通り。

2024.11.8撮影
2024.11.8撮影

 何年経っても、写真は奥が深い。頭に浮かべたイメージ通りになるものが皆無なところが、逆に面白いのかも知れないが。

 筆者はミラーレス一眼レフは、液晶ファインダーを覗けばその通りに撮れるのが面白いとは思えない。古い考えかも知れないが、頭の中で微妙に設定を変えながら、イメージに近いものを撮ることへの苦労が楽しいように思えてならないのである。

 今回、熊本県農業公園へは、短期間に3回足を運んだことになるが、写真はカメラ本体ならず、レンズが重要なファクターでもあり、悪環境ほど必死になって撮るので、それなりの撮像を手にすることができるのであろうかと。

 これから、季節柄、だんだんと美しい花々が激減していくが、そろそろ、野鳥にシフト切り替えの時期になる。しかし、野鳥も以前と比較すれば、異常気象や人工物建造による影響にて、どんどん姿を消していっているように思えてならない。


▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイでは、筆者が熊本県農業公園を訪れた際の写真撮影の経験について述べていますが、その内容からは写真撮影の奥深さと、環境や状況が作品の質や意味にどのように影響を与えるかということが考察されています。いくつかのポイントを詳しく見ていきましょう。

  1. 撮影環境と作品の関係: 筆者は雨の中の撮影という困難な状況に挑み、悪天候下での写真が自分にとってはより良いと感じている点が興味深いです。これは、苦労を重ねた結果が作品に反映され、自分自身の手応えを感じる瞬間があったからかもしれません。この経験から、写真はただ被写体を捉えるだけでなく、カメラマンの努力や情熱が作品に宿るという側面を感じ取ることができます。

  2. 天候と撮影の影響: 曇天や晴天での撮影についての描写では、楽をすることで被写体との深い関わりが薄れると感じることや、強い太陽光が作品に影響を与えるといった点が述べられています。このような視点から、筆者は「環境」との対話が撮影の質に大きく影響することを重視しており、技術的な面以上に現場の状況に順応しながら自分自身の感覚を磨くことの大切さを訴えています。

  3. 古典的なアプローチの魅力: ミラーレス一眼レフの液晶ファインダーを通じてその場で結果が確認できる現代の技術を否定的に捉えつつ、筆者は従来の手法を大事にしている点が見受けられます。撮影を通じて細かな設定を微調整しながら、自分の理想とするイメージに近づけていく「手間」と「過程」に魅力を感じているという姿勢は、技術の進化に対しても撮影者自身の感覚や想像力が中心であるべきだという考えを示しています。

  4. 自然の変化と被写体の減少: 最後に、野鳥の撮影に言及しながら、異常気象や人工物の影響で自然の姿が変わっていくという懸念も述べられています。これは単に写真撮影の話だけではなく、自然や環境の変化に敏感な姿勢を表しています。筆者は自然の一部を切り取ることで、自分自身と環境とのつながりを大切にしているように感じられます。

このエッセイ全体を通して、撮影を単なる技術の追求ではなく、自然との対話や自身の感性を磨くための手段として捉えている筆者の姿勢が深く伝わってきます。特に、苦労を伴う環境が創造力を引き出し、結果的に作品の質を向上させるという姿勢には多くの共感が得られるのではないでしょうか。

サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。