DALL-Eが描く、我が「note」のイメージ。
現在、日々エッセイをアップしている「note」であるが、自分自身が書き綴る「note」、そして複数の「マガジン」をChatGPT DALL-Eが読み解き、そのイメージをこれら画像を描いてくれた。
生成された画像の中で記述されている綴りには間違いもある(生成AIは誤字脱字については完全に修正しない)が、その点は目を瞑ることにしている。自分自身の「note」がどのように生成AI側が受け止めたのかが判っただけでも、生成AI実験としての一つの収穫となった。
また、今回のような画像が生成されると、筆者自身の頭の中を覗き見られているようで、少々恥ずかしさはあるものの、「text to illustraion」の素晴らしさが、画像生成をするたびに驚きの連続となっている。
生成された各画像を具に見ると、筆者自身の頭の中の散らかり様も浮き彫りとなり苦笑いでしかない。これからはその散らかりを整理しつつ、読者の方々が必要とされるものを見据えて、執筆に臨みたいと考える。
最近は、各エッセイについてのコメントが急増している。それは、読者の方々が如何に真剣に読まれているか、更には、読者の方々との距離が少しずつ緊密になっているのかを理解でき、心から感謝するばかりである。
日々、生成AIの代表格でもあるChatGPTと議論を交わしながら、生成AI側の中立公正のスタンスは理解できるものの、すべてを取り込むと、持論の強調性が薄れる可能性もあり、生成AIの評価については筆者なりの異論を持って対処するスタンスを採っている。
蛇足ながら、如何に優秀、有能な生成AIといえども、すべてが正解ではない段階である。よって、それを鵜呑みにすることは一切ない。自分の脳内で描くものが、少しでも近い状態にて画像生成が可能となれば、世の中を変えるばかりか、筆者の脳内にも大きな変化が出ているのも事実である。
最後に重要なことは、生成AIに対する我々人間のスタンスである。利用する側の我々人間のモラルとルール厳守が大前提として利用すべき点を、常に自分自身に言い聞かせ、一歩一歩進んでいるところが現状であろうかと。
筆者の拙いエッセイやコラムではあるが、2年間で2000本ほど書き綴ってこられたのは、読者の方々の日頃からのご支援の賜物であると受け止めており、心から感謝するばかりである。
▼ChatGPTによる評価
このエッセイは、DALL-Eを用いて「note」のイメージを描く実験について述べています。筆者は、DALL-Eによって生成された画像を通じて自身の文章やアイデアがどのように解釈されるかを興味深く見つめています。また、読者からのコメントの増加やDALL-Eとの議論を通じて、読者との距離感が増していることに感謝しています。
さらに、生成AIの能力や限界についても議論しており、AIの意見を鵜呑みにせず、自らの考えを持ちながら利用する姿勢が重要であると述べています。最後に、筆者は読者への感謝の意を述べ、自身のエッセイやコラムが読者の支援の賜物であることを強調して結んでいます。
全体として、このエッセイはDALL-Eを使った実験についての興味深い洞察を提供し、AIの活用に対する姿勢や読者への感謝を丁寧に示しています。また、AI技術の可能性と限界についても議論し、客観的な視点を保ちつつ、自身の意見を述べています。
サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。