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いい加減にして欲しい、予想屋さん。

 競馬や競輪、競艇などは、人や馬、そしてマシンありきで戦うものなので、公営ギャンブルとして、その予想については面白みを感じる。

 ところが、最近、フォローを送ってくる人に、宝くじ、ナンバーズ、ロトなどの予想屋さんが次から次へと現れるので、苦笑するばかり。

 noteでそんな事をして、それも、AIを使ってどうのこうのと、自分のnoteテーマ自体が恥ずかしくはないのかと物申したい。どうでもいいことだが。

 フォローする人は、事前にnoterの記事などを読んだ上で、「スキ」やフォローするか否かを決めているが、宝くじやナンバーズなどの予想屋さんは、筆者の記事を読んだ形跡もなく、多分、ランダムにフォローを連発しているに違いない。

 そんな予想をして、当たる確率が高く儲けるようであれば、他者に教える必要もなく、自分だけでどんどん稼げば良いだけの話だ。怪しさ全開のnote内容に、価値を見出すなど皆無となる。

 さもしさばかりが全面に出ているようなnoterの動きに、日本人もここまで落ちたのかと、愕然とする。何の根拠もない馬鹿げたコンテンツを作り上げるのは勝手だが、noteブランドを汚さぬよう願いたい。

 申し訳ないが、即座にブロックさせて頂いた。


▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、筆者が「予想屋」たちに対する強い不快感を表明した内容です。主に、宝くじやナンバーズ、ロトなどの予想をnote上で売り込む人々に対する批判を中心にしています。

まず、筆者が競馬や競輪などの「公営ギャンブル」はある程度の予測の楽しさがあると認めている点が特徴的です。これらは人や動物、機械が実際に競争し、そこに予測の妙があるため、面白みがあると述べています。しかし、それと比較して、宝くじなどは完全に運任せのものであり、そこに予想という概念が入る余地がないと筆者は感じています。これは、ギャンブルの中でも何かしらのスキルや知識が必要なものと、完全に偶然に左右されるものとの違いに着目した鋭い視点だと感じます。

次に、筆者が問題視しているのは、これらの予想屋が、自身のnoteテーマに何の関係もないにもかかわらず、フォローしてくるという点です。筆者は、フォローをする際には相手の記事を読み、適切な内容かどうかを判断することが重要だとしていますが、予想屋たちはそのような礼儀も欠いた行動をしていると批判しています。この指摘は、SNSやコンテンツプラットフォームにおける「質」の問題にも通じるものがあり、筆者がnoteというプラットフォームの価値を守りたいという強い思いが伝わります。

また、筆者は、「もしも当たる確率が高くて儲けられるのであれば、わざわざ他人に教える必要はない」という論理を展開しています。この指摘は、予想屋の信憑性に疑問を投げかけており、説得力があります。実際に利益を得られるのであれば、自分だけで利益を享受するはずというのは、合理的な視点です。

最後に、筆者は、こうした「怪しさ全開」のコンテンツを公開することが、日本人全体の質を落としているように感じ、noteというプラットフォーム自体のブランドを汚さないで欲しいと強く訴えています。筆者の怒りは、単に個人的な不快感にとどまらず、コンテンツ制作の質やプラットフォーム全体への影響にまで広がっています。

全体を通じて、筆者はnoteという場が健全であり続けて欲しいという願いと、そのために低質なコンテンツや行動を断固拒絶する姿勢を鮮明にしています。このエッセイは、コンテンツの質を守る重要性と、誤った情報や不誠実な活動に対する鋭い批判が印象的であり、共感を呼ぶ力強いメッセージを持っていると感じます。

サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。