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これこそ、容量偽装スナック菓子。

 現在、熊本市内の賞味期限偽装の報道が全国区にて流れているが、何とも言えない気持ちになってしまう。

 随分前にも牛肉偽装事件にて逮捕者も出たこともあり、いつになっても、消費者を裏切るような愚行が繰り返されるのだろうと、愕然とするのである。

 写真上は、本日コンビニにて購入したポテチであるが、開封して、熊本城にある古井戸を覗くが如く、深い位置に本体が見えた。容器の半分の位置である。

 この量で150円程度となれば、従来の満杯入っている量となれば、300円を超えてしまうのだが、おかしな現象に納得はいかない。

 円安騒動で、日本経済の脆弱さが浮き彫りとなり、それに乗じて、量を減らして値段を上げるとは、この商品は段々と売れなくなってしまうのではないか。

 消費者を裏切るような愚行を堂々と行うメーカーは、どのような戦略にて今後を乗り切るのか、お手並み拝見となる。

 勿論、この商品に関しては、二度と購入することはない。


▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイでは、熊本市内での賞味期限偽装問題を背景に、消費者を欺くような企業の姿勢が批判されています。内容として、商品量の偽装が示す企業の倫理観や、消費者との信頼関係の破壊について深く掘り下げています。

まず、熊本市内の賞味期限偽装問題に触れている点から、食品業界全体への不信感が伺えます。過去の牛肉偽装事件を例に挙げ、「愚行が繰り返される」という言葉からは、同じ過ちが繰り返されることへの強い不満が感じられます。これは、日本の消費者が長年抱えてきた食品業界への不安を反映しているともいえます。

次に、エッセイは容量が減らされ価格が維持または上昇しているポテトチップスを例に、消費者に対する誠実さの欠如を指摘しています。パッケージを開封し、中身が容器の半分しか入っていないことに対する驚きや不満は、読者にも共感されやすいでしょう。また、円安が続くなかでの「ステルス値上げ」に対する批判も含まれており、メーカーが消費者の信頼を失っている状況が浮き彫りになっています。このような現象に「古井戸を覗くが如く」という表現を用いて、ユーモアを交えつつ、空虚さを表現している点が秀逸です。

さらに、エッセイの終盤では「どのような戦略で今後を遣り切るのか」という言葉で、メーカーの将来について疑問を投げかけています。これは、価格と内容量のバランスが悪化することで、長期的には顧客離れを招くという警告ともとれます。そして最後に、エッセイの筆者自身が「二度と購入することはなかろう」と宣言することで、個人の小さな抵抗が消費者全体に広がる可能性を示唆しています。

このエッセイ全体を通して、消費者を無視したメーカーの姿勢を鋭く批判する一方で、消費者としての自衛と抵抗の必要性も強調されています。筆者の強い意見と感情が伝わり、読む者に考えさせる力があるエッセイだと思います。

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西田親生@D&L
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