見出し画像

「ヒューマンウェア」の確立こそが、企業発展の原動力なのだが・・・。

 数年前に、某企業において他県から出向していた人物が社長に就任した。初手から勘違いも甚だしい同社長の挙動は不可解で理不尽極まりなく、毎日のように県内企業経営者に対する誹謗中傷や差別的発言を発し始めた。

 経営者として最初に取り組むべきは「ヒューマンウェア」の確立にある。しかし、その人物は何を血迷ったのか、「ヒューマンウェア」の切り崩しに着手し、とことん個人攻撃に陶酔した。精神的に潰された社員の悲鳴さえ聞こえるようなった。当然のことながら、経営側と社員との「信頼関係」が完全に断ち切られた訳だけ。

 昭和の悪き慣習を身体全体に纏った「鬼畜」のような人物が、何故その企業の代表取締役になったのか、理解に苦しむばかり。「人は見かけによらぬもの」とは良く言ったもので、日を追うごとに、その人物の冷酷なる本性が露呈し、その身体全体から「」が吹き出し、「鬼の臭い」が社内全体を覆って行った。

 自分自身に都合が悪いものは全て蓋をしてしまい、対外的な体裁ばかりを気遣い、「私は公人ですから!」と爆弾発言をするようになった。また、興味の深酒、好きなタイプの若い女性への思い込みとストーカー行為、気に食わぬ社員への恫喝や盗撮が繰り広がれている。

 どう逆立ちしても犯罪であるが、その他役員や監査役などは素知らぬ顔して、黙認するだけである。病的な異臭を放つものの、本人は己の醜態ぶり鬼畜ぶりに気づかない。自身の言動が絶対と思い込み、極めて危険な状態ながら、周囲は薄々気づけども、誰も制止しようと動けない。いや、動かない。

 本来ならば、社員の範たる存在であるべきが代表者の真の姿である。しかし、社員間では「敬愛の念」、「信頼」などというものが、一気に吹っ飛んでしまった。その社長にすれば自業自得であるが、それでも自覚もなく、周りは失笑しているだけの話である。

 「ヒューマンウェア」の確立は、経営者の人格により大きく左右される。範たる人格者が代表者であれば社内の空気も清らかで、怒鳴り声など一切聞こえない。職位に溺れ、稚拙ながらも怒鳴ることが偉いと履き違え、昭和の悪き慣習から抜け切れぬ状態となっている。

 更に、その社長は他人を一切信用することはない。自分の家族でさえ信用できず、「孤立無縁」の状態にある。よって、「強権政治」に酔いしれ、「禁じ手」に手を染めることに快感を得ることで、ストレス発散をしているようだ。結局、社内において、何もかも好循環に動くことがなくなった。

いいなと思ったら応援しよう!

西田親生@D&L
サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。