三月三十日 声を発す
どうしても泣きたかった。
悔しくて、くやしくて、悔しくて
クッと食いしばる声が、走りたい私を縛りつける。
どうしてダメなの?どうして、どうして?!どうして!!!
そこまでいってポツリと切れる動画のような夢を
もう何回も見ている。
身体を無重力が走り、落下した感覚に包まれ
慌てて何かにしがみつこうとする最中に
ふと目が覚める夢。
叫んでいた私は多分中学生くらいで
怒りをぶつけた相手は
残存があるだけで、誰だったのかわからない。
先生?
親?
システム?
システムに組み込まれた友達?
桜が咲くと決まって雨が降るから
大抵一度は傘越しに桜を見ることになる
誰かに見られているわけでもないのに
隠れられる傘があると何故か安心すると、私はいった。
雨の日用の靴を買ったから、天気の悪い日はむしろ好きなの。
だから遠回りしてもう少し歩いてから帰ると。
(そうか、わかった)と彼が応えるのを、私はその日、耳にしたくなかった。
寂しさが少しも揺れ動いたりしない声は、私をとても独りにする。
だからそのまま、小走りをして、少し先の角を左に曲がる。
鶴川さんという人の家の向こうに、三階建ての白いアパートが並ぶ道。
すぐつきあたってしまうから、そんなに遠くまで連れていってくれない小道。
すべてが整備されていて、迷子になる隙間がないこの街が
私はときどき、怖くて逃げ出してしまいたくなる。
隠れていなくなることもできず
怖いものは人間だけで
崖から落ちることも、野生の生き物に襲われることもない場所。
ただ心配がほしくて
帰りたくなくなる日が何故訪れるのか、
私にはわからない。
だけどそんな日は時々訪れて
そういう気持ちは、気づいて欲しいのと同時に
みつかってしまったら、もうここにさえ居場所がなくなるのではないか
という不安が、満ちる潮のようにじわじわ踝に迫りくる
その記憶が結びつく先が、ティーンエイジャーの頃に眠っているのだろうか。
涙と、主張と、落下と、目覚めと。
幾度となく出現するあの夢の向こう側に、行きたい場所があるのだろうか。
泣いていい場所があるのだろうか。
(泣きたい)
小さく言葉にすると、音になった声は、すこし無機質に響いた。
(泣きたい)
近くにいきたい気持ちが、もっとも存在を遠ざける呪縛が解けたところで
声を上げて、壊れるくらいに。
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