第 4 章 概念モデルと調査仮説

 本章では、研究対象を設定し、概念モデルを構築する。第 1 節では、研究対象を設定する。第 2 節では、先行研究とインタビュー調査を踏まえて概念モデルの構築を行い、構成概念を定義する。第 3節では、調査仮説を設定する。


―第 1 節 研究対象の設定―

 本研究では、研究対象となる消費者を、実際にクラウドファンディングについて、ホームページ上で見たことがある消費者に限定する。これは、本研究で着目する「コミュニケーション」や「知覚された楽しさ」などの外生変数の多くが、実際にクラウドファンディングの企画を見たことがない場合、想起することが難しいためである。実際にZhao et al. (2017) やFeng, Du, and Ling (2017) の研究でも、実際のクラウドファンディングのサービスのユーザーが調査対象となっている。また、利用経験のある消費者のみの回答を回収することで、回答の質を担保することも可能となる。


―第 2 節 概念モデルの構築と各構成概念の定義―

 本節では、既存文献とインタビュー調査を踏まえて概念モデルの構築を行い、各構成概念を定義する。

第 1 項 概念モデルの構築
 本研究では、支援者がクラウドファンディングの寄付の見返りとしてリターン品を受け取ること、支援の過程で企画者との交流が生まれることの 2 点から、社会的交換理論を中核とした概念モデルを構築する。第 2 章、第 3 章を踏まえ、図表 4-2-1 の概念モデルが得られる。

図表 4-2-1 本研究における概念モデル


第 2 項 構成概念の定義
 各構成概念の定義は以下の通りである。

(a) 知覚された実現可能性
 インタビュー調査で、全ての支援経験者はその企画が実現しそうかどうかを意識すると回答した。それは、現状で集めている支援総額や、企画の現実性から判断されるという。本研究では、「支援総額や企画の現実性から、企画が実現しそうと支援者が思う程度」と定義する。

(b) 企画者の情報
 Feng et al. (2017) によると、人は情報開示をしている人に、より好意的な態度を形成するようになるという。実際に支援経験者へのインタビューでも、元々企画者について知っている人も含め、企画ページや企画者のSNSのを見るなど、企画者の情報を得るための行動を起こしたという。本研究では、「支援者が企画者について知っている程度」と定義する。

(c) コミュニケーション
 クラウドファンディングのプラットフォームは、企画者のSNSアカウント、メールアドレス、問い合わせフォームなど、支援希望者と企画者のコミュニケーションを可能にする手段を多く提供している。支援経験者の女性の一人は、企画者がリターン品であるドレスのサイズに関して企画者にメールで質問をしたそうだ。本研究では、「コミュニケーション」を「企画に関する企画者と支援者のコミュニケーションの質」と定義する。

(d) 共有された価値観
 Morgan and Hunt (1994) は、「企画への支援が支援者自身にとっても利益となる行動だと知覚することに深く関連する事象」として共有された価値観を説明している。起業の第一歩としてクラウドファンディングを企画した企画者の一人は、支援者の共通点として、自身のバックグラウンドや企画で実現したい世界観に強く共感している点を挙げていた。本研究では、「企画者と支援者の両者が利益を感じられる、共有された価値観」と定義する。

(e) 信頼
 Kim et al. (2013) は、ソーシャルコマースにおける「信頼」が「購買意図」と「口コミ意図」にもたらす影響が大きいと述べている。クラウドファンディングの文脈においても、企画者が信頼のおけるパートナーであるかどうかは、支援者にとって重要であると考えられる。本研究では、「信頼」は「支援者が企画者を信頼している程度」と定義する。

(f) 知覚された楽しさ
 インタビューに協力してくれた支援経験者の全員が、企画者への信頼だけでなく、企画自体の魅力も大切だと語っていた。本研究では、「支援者が企画に対して感じる楽しさや高揚感」と定義する。

(g) 知覚された利益
 支援者は、クラウドファンディングのプロジェクトに支援することにより、物質的又は精神的な利益を得る。支援者のうち「支援者が企画に支援することで得られると感じる利益」と定義する。

(h) コミットメント
 Morgan and Hunt (1994) は、コミットメントは「価値のある関係を維持したいと思う強い欲望」であると説明している。本研究でも、クラウドファンディングという社会的交換プロセスにおいて重要な構成概念として「コミットメント」を採用し、「支援者が企画者との関係性を継続・発展させたいと思う程度」と定義する。

(i) 知覚されたリスク
 支援者が企画に支援する際に危惧することの一つが、リターン品が自身期待を下回る可能性である。これは、金銭的支援のリターンを回収できないというリスクと考えることができる。本研究では、「企画に支援することによって生じると支援者が感じるリスク」と定義する。

(j) 支援意図
 「支援者が企画に支援したいと思う程度」と定義する。

(k) 共有意図
 「支援者が企画や企画者について発信したいと思う程度」と定義する。


―第 3 節 調査仮説の設定―

 本節では、既存文献を踏まえ、本研究の調査仮説を設定する。

調査仮説 1 : 「知覚された実現可能性」は「信頼」に正の影響を与える
 インタビュー調査から、支援経験者の多くが「知覚された実現可能性」を考慮していることが分かった。これらの「実現可能性」は、企画者への「信頼」に正の影響を与えると仮定する。

調査仮説 2 : 「企画者の情報」は「信頼」に正の影響を与える
 Feng et al. (2017) は、情報開示が信頼に正の影響を与えるとしている。本研究では、情報開示を「企画者の情報」と置き換え、「信頼」に正の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 3 : 「コミュニケーション」は「信頼」に正の影響を与える
 Zhao et al. (2017) は、コミュニケーションが「信頼」に正の影響を与えると説明している。本研究でも、「コミュニケーション」は「信頼」に正の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 4 : 「共有された価値観」は「信頼」に正の影響を与える
 Morgan (1994) に従い、「共有された価値観」は「信頼」に正の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 5 : 「信頼」は「コミットメント」に正の影響を与える
 Morgan et al. (1994) は、リレーションシップ・マーケティングにおいて最も重要な構成概念である「信頼」と「コミットメント」には、「信頼」が「コミットメント」に正の影響を与えるとするコミットメント-信頼理論(Commitment-Trust Theory)を提唱している。本研究では、「信頼」は「コミットメント」に正の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 6 : 「信頼」は「知覚されたリスク」に負の影響を与える
 Hong (2013) は、あらゆる知覚されたリスクは信頼に負の影響を与えるとしている。Jarvenpaa, Tractinsky, and Vitale (2000) も「信頼」が増加することで「知覚されたリスク」が軽減することを言及している。本研究でも、「信頼」は「知覚されたリスク」に負の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 7 : 「知覚された楽しさ」は「支援意図」に正の影響を与える
 インタビュー調査から、支援経験者の多くが「知覚された楽しさ」を考慮していることが分かった。本研究では、「知覚された楽しさ」は、企画者への「信頼」に正の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 8 : 「知覚された利益」は「支援意図」に正の影響を与える
 Zhao et al. (2017) は、知覚された利益は信頼に正の影響を与えるとしていた。本研究では、知覚された利益は企画者自身の信頼よりも企画の特性と関連する構成概念だと考えたことから、「知覚された利益」は「支援意図」に正の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 9 : 「コミットメント」は「支援意図」に正の影響を与える
 Li, Browne, and Chau (2006) は、「コミットメント」と「信頼」がウェブサイトの継続的利用意図に強い影響を与えることを明らかにしている。この継続的利用意図を「支援意図」に近い構成概念だと考え、本研究では、「コミットメント」は「支援意図」に正の影響を与えるという仮説を設定する。

調査仮説 10 : 「コミットメント」は「共有意図」に正の影響を与える
 Kim et al. (2013) は、ソーシャルコマースにおいて、「信頼」は「購買意図」と「口コミ意図」の双方に正の影響を与えることを明らかにした。本研究では、「信頼」から正の影響が与えられると考えられる「コミットメント」も「共有意図」に正の影響を与えるという仮説を設定する。

調査仮説 11 : 「知覚されたリスク」は「支援意図」に負の影響を与える
 Cho, Bonn, and Kang (2014) は、知覚されたリスクがワインのオンライン上での再購買意図に負の影響を与えることを明らかにしている。一方、Zhao et al. (2017) は、仮説に反して知覚されたリスクが支援意図に正の影響を与えることが明らかになったとしている。本研究では、Cho et al. (2014) に則り、「知覚されたリスク」は「支援意図」に負の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 12 : 「知覚されたリスク」は「共有意図」に負の影響を与える
 Cho et al. (2014) が明らかにした、知覚されたリスクが支援意図に負の影響を与えることを考慮すると、「知覚されたリスク」は同じ被説明変数である「共有意図」にも負の影響を与えると考えることができる。したがって本研究では、知覚されたリスク」は「共有意図」に負の影響を与えると仮説を設定する。

調査仮説 13 : 「支援意図」は「共有意図」に正の影響を与える
 古本ら(2017)は、ソーシャルコマースの意思決定プロセスにおいて、支援意図は共有意図に正の影響を与えることを明らかにした。本研究では、「支援意図」は「共有意図」に正の影響を与えると仮説を設定する。

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Chika
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