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シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日 #同じテーマで小説を書こう

「ねえ、なんか面白いことないの?」
退屈そうな声と柔らかな感触、ほのかな甘い香りがおりてきた。

「面白いことねえ...」
ソファの背もたれ越しに、首に巻きついてきた沙羅の腕をほどいた。
「だってせっかくの休みなのに、さっきからずっと本読んでる。ひとりだけで休日満喫していてずるい」
不満な顔をした沙羅が隣に座ってきた。
同棲を機に買ったソファは安物のせいか、二人で座ると少しだけバランスが悪くなる。
「...DVDでもみる?」
「家にあるの、見飽きた。」
「じゃあ、ゲームは?」
「瞬としてもつまんない。」
そう、どうも最近の太陽は週休二日制らしく、土日は雨という日が続いている。
家の中の娯楽には限りがあるし、車を持たない若いカップルにはなんとも恨めしい日々だ。
楽しみにしていた遊びに行く予定も雨に流されてしまい、沙羅が不機嫌になるのも致しかたない。
さて、どうしたものか。
しとしとと降り続く雨音。その不規則なリズムにふと思い出した。
「なあ、スーパー行かない?」
こんな雨なのに?と言うように、沙羅が顔をしかめる。
「久々にさ、スーパーで買おうよ。いいものを」
僕の言葉に沙羅も思い出したようだ。
「いいじゃん。行こ!」

沙羅とは学生時代からの付き合いだ。お互いにお金に余裕はなく、誕生日もクリスマスもプレゼントを贈り合うのが限界で、外食は難しかった。
だから、僕らは特別な日を、身の丈に合った特別な日にしようとした。
最寄りのスーパーに2人で行くのはいつものこと。でも、いつもより「ちょっといいもの」を買った。
お肉なら輸入品ではなく国産のものを、野菜なら地場の珍しいものを。デザートは、お互い甘い物好きなのもあって、いつも奮発してしまう。
料理のレパートリーが少ない僕らは大したものは作れなかったが、それでも「良いもの」を使った食卓はなんだかとても特別だった。

買い物を済ませ、調理が終盤に差し掛かってもまだ雨は降っていた。
しかし、沙羅はすっかり機嫌が直ったようで湿っぽさのかけらもない。
「瞬、これ運んどいてー!」
今日のメニューは『国産豚肉のソテーとシェフの気まぐれサラダ〜彩野菜のスープを添えて〜』...。
なんてことはない。生姜焼きと余り物の野菜を使ったサラダ、(なるべく)カラフルな夏野菜を使った味噌汁だ。
いつもは面倒で出さないプレースマットを敷き、箸置きをだす。やわらかい黄緑色(若葉色というらしい)の上に咲く、薄ピンクの花の箸置きの組み合わせに沙羅が一目惚れしてしまい買ったのだが...。なかなか陽の目を見ない品である。
食卓にすべての料理が並んだところで、二人で手を合わせる。
「いただきます。」
「いただきます。」
温かい、できたてのご飯を口に運ぶ。
社会人になり、二人で外食することも増えた。「結婚を前提に」と改めて同棲を申し込んだのは、夜景の綺麗なレストランだった。完璧ではないけど、食事のマナーもちょっとだけ詳しくなった。
でも、久々の「ちょっと良いディナー」は、どんな食事よりもあったかくて、美味しく感じた。

「そういえば、昔っからこんな感じだよね。」
デザートを取りに行きながら沙羅が呟いた。
「何が?」
「雨が多いのが。」
「ああ。」
雨男でも、雨女でもないのに、僕らの記念日はなぜか雨が多かった。
「まあ、今回は普通の土日だけどな。」
「確かにー。」
にっと沙羅は笑う。
「さて、お楽しみのデザート!!」

お酒に弱い僕らは「お酒は買わないから」という大義名文を振りかざして、高いデザートを買ってしまう。
”SupinutNui Salah't su Yogurtum”
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムとでも読むのだろうか?たまたま、どこか知らない国のフェアを行っていたのだ。
太陽と、白い花冠をつけた女性の横顔がパッケージに描かれているアイスだった。海外製ということで僕はちょっと尻込みしたが、「夏はやっぱりアイスでしょ」という沙羅の一言と、次のお休みが晴れるようにという験担ぎを込めて、買うことにしたのだ。沙羅の名前が入っているのも、なんだか縁のようなものを感じた。
「外国のアイスってどんな味なのかなー?」
「すっごい甘いのかね。」
「やだ、太っちゃう。」
蓋をめくると細かく砕かれたナッツが目に入った、というよりは、ナッツしか見えない。それくらいぎっしりと敷き詰められていた。
手の温もりで柔らかくなったフチの部分にそっとスプーンを突き刺す。乳成分が多いのか、手に感じる抵抗感はすでに程よい具合だった。
ナッツの下には白いアイスがのぞいている。気持ち少なめにスプーンですくって口へ運んだ。
ナッツの香ばしさが鼻に抜ける。なるほど、”Yogurtum”ということでヨーグルト風味のアイスか。
「…意外と普通だね。」
沙羅が呟く。
「うん。普通にちょっといいアイスって感じ。」
そう、甘すぎず、濃すぎず、固すぎず。色々とちょうどいいアイスだった。
「んー、なんか逆に意外。名前もしっかり海外って感じなのに。どんな意味なんだろうね?」
「実はすっごい普通なのかもな。サラおばさんのヨーグルトアイス的な。」
「おばさんとは聞き捨てならないねー。」
「いやいや、勝手に自分のことにすんなよ。よく道の駅とかで売ってるだろう?幸子おばさんの手作り味噌とか。」
「誰よ、幸子おばさんって。ともかく、パッケージがこんなに可愛い女の子じゃ説明つかないでしょ。」
「...それもそうか。」
色々と不思議なことだらけのアイスだったが、美味しいことは確かで二人ともすぐ食べ終わってしまった。

「面白かった?」
片付けを終え、お風呂に入り、相変わらずバランスの悪いソファーに体を委ねながら、沙羅に尋ねた。
「とっても。」
沙羅は微笑む。
雨は漸くやみそうだ。きっと明日はたくさんの水たまりを見ながら出社するのだろう。平凡な毎日だ。それでも僕は、穏やかで幸せな気分だった。
来週の土日は晴れるだろうか?晴れたら、沙羅と出かけよう。久々に、太陽の下で笑う沙羅が見たい。

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今回はこちらの企画に参加してみました。

文字数が超過...。ルール違反で申し訳ありません...。
お目汚しな作品ですが、よろしくお願いします。

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