見出し画像

蒼海9号すきな句


蒼海9号のすきな句をあげていきます。好きな句がたくさんあって書き切れないのですがとりあえず。蒼海9号はおもに春から初夏の句が多いです。


青嵐新手の詐欺がやさしくて  山口ち加

振り込め詐欺でしょうか。詐欺をされる側のユーモアな詠みっぷりに思わず笑ってしまいました。「あ」の音の繰り返しが心地よく、「詐欺が」の「が」に元気を感じました。

卒業子はや雑踏にのまれけり  福田健太

卒業式のあとの景色を鮮やかに切り取っています。卒業した瞬間から厳しい社会の現実にのみこまれていく卒業子。今年らしさもある句だと思いました。

つま先の濡れてゐるなり春の夢  日向美菜

春の夢の句はついロマンチック過多になりやすいのですが、あっさりとした詠みっぷりが素敵です。濡れている部位がつま先という感覚の繊細さはなかなか真似できない。

亀鳴くやパントマイムの壁高し  霜田あゆ美

「亀鳴く」という虚構の世界に片足を突っ込んだような季語と「パントマイムの壁」という目に見えないものとを組み合わせが上級者です。春らしい明るさも感じました。

菜の花や会ひたき人に会へる日の つしまいくこ

まさに今年の一句。菜の花の明るさが今年の春の現実の厳しさを際立たせます。「会えし日」と過去形にせずに「会へる日」と現在形にしたことで臨場感がでていると思いました。

風船を出張の夜の妻とする  中川裕規

出張先のビジネスホテルの低い天井に張り付いている風船。イベント(お仕事?)かなにかでもらったのでしょう。やや変態的(←褒めています)なセンスにぐっときます。

遠足の先行く人を抜かしたき  武田遼太郎

抜かしたいけど抜かせない、という気持ちがあらわれているのかなと思いました。抜かしたら列が乱れて一緒にいるグループの輪から外れかけてしまいそう‥‥遠足の気持ちを思い出しました。

人になる前にもう一回田螺  山岸清太郎

田螺が楽しかったのでしょうか。「もう一回」に切実さがでていてめちゃくちゃ面白いです。口ずさみたくなる句。

手作りマスク小さき下着のやうに干す 山本新

手作りマスクも、マスクを洗って干すようになったのも今年から。たしかに手作りマスクの干し心地は完全に下着のそれと一致します。マスクを干すたびに思い出す愛誦句になりました。

憂鬱はバナナのようにゆるやかに  浅見忠仁

バナナのようなら憂鬱も悪くないなぁと思えてくる句です。憂鬱以外に漢字が一切使われていないのもバランスが優れていると思いました。

もてなしの名の無き料理春の宵  郡司和斗

大学生が作りそうな料理というジャンルが自分のなかにあります。(キャベツと玉ねぎとツナ缶を炒めてめんつゆで味付けしたような料理。)春の宵にすこしの色気があって楽しいです。

地ビールブリュワリー春の川沿ひに  澁谷洋子

隅田川沿いの景色が頭に浮かびました。破調も川の流れと響き合います。春の川のきらめきが見えてきてとても気持ちの良い句。

星朧貸し自転車のひしめける  白山土鳩

レンタサイクルという最近の句材をきれいに一句におさめたところが素敵です。

蝶の昼ながめて捨つる求人誌  杉澤さやか

コンビニやスーパーの入り口にある無料の求人誌を手にとって、なんとなく眺めて、捨てる。実際に求職するためではなく読み物として求人誌を見ている感じが面白いです。

酔う父のお辞儀きりなし春の星  高田陽子

酔っぱらった父というのはたいてい家族に邪険にされて、そうすると父本人もますます悪態をつくイメージがあったのですが(自分の家族の場合です。)この句では父へのやさしい眼差しが季語に表れています。

八十八夜合はせ鏡に髪を切り  谷けい

春分の暁三日月に夫召され」の句にはじまる、ご主人を見取られたご経験を中心に組まれた連作。ぐっときました。掲句のような句が連作に入ることで連作の世界が広がっていると思いました。

逢ふ触るる笑ふ抱き合ふ春の夢  中村たま実

緊急事態宣言下で人との触れ合いが極端に制限された今年の春。旧かなの美しさが際立つ一句です。

隣り合ふ二人の隙間あたたかし  福田小桃

小桃さんの句「触れねども佳き人と知る夏の宵」に通じ合う世界観でとても好きです。恋人とは向かい合って座るよりも隣り合って座りたい、という感じかなと思いました。

永き日の角のとれゆくバターかな  吉野由美

バターと俳句の相性は抜群だと最近よく思います。掲句は春の正統派バター句。素直な詠みっぷりがすばらしく、こんな俳句が作りたいと思いました。

先生の出刃よく切れて夏料理  中島潤也

「いい包丁使って先生はずるいよな」という気持ちを感じ取りました。ずるいという気持ちは作者にはないかもしれませんが、独特の視点が面白いです。

ニューウェイヴと名付けた子犬初桜  工藤壱心

ニューウェイヴといえば短歌が真っ先に思い浮かぶのですが音楽が一般的なのでしょうか。見たこともない句で一読して惹かれました。

桜蘂ごと雀らの絡み落つ  穐山やよい

日本画のような景色。観察眼の確かさがうかがえます。絡み落つの「落つ」のダメ押しに俳諧味があってとてもうまいと思いました。

ハイウェイを椰子の木そよぐ朧かな  森井三喜

作者の三喜さんはアメリカ在住。ポスターのようなカラッとした句で、まとっている雰囲気がもうアメリカンです。生活に根ざした作句姿勢が尊いです。

山笑ふ右に傾く猫車  田中杏奈

猫車は一輪車のこと。農作物や土を運んでいるイメージです。山、笑、右、猫。かわいい漢字がならんでいて好きです。

桜湯は嬉し涙の味すなり  会田朋代

「嬉し」という素直な感情表現のあとに、「涙の味」。嬉し泣きかなとも思ったのですが、嬉しさと悲しさと両方の感情が混じり合うような複雑な感情でしょうか。こちらの感情も揺さぶられました。

あたたかや蝋サンプルの大海老天  井上芽音

食品サンプル好きとして見逃せない句でした。季語がぴったり。ただの海老天じゃなくて大海老天なのがいいです。

半キャベツ東京駅の地下は迷路  嶋田奈緒

半キャベツという都市部での一人暮らしを連想させるアイテムと東京駅の地下の取り合わせのうまさがすごいです。俳句にしかできないことをやっている挑戦的な句だと思います。

平泳ぎ死へのびやかに近づけり  筒井晶子

水泳をしていると水の中という異世界にいるような気分になります。その異世界は作者にとって死後の世界のようなものなのかしらと想像しました。「死」と「のびやかに」の言葉の落差も印象的。

春暑しのらりくらりと子の名付け  山根優子

一般的に子の名付けといえばワクワク!幸せ!みたいなイメージになりがちですが、この句のように子の名付けという重大な決断を先延ばしにしてしまうのは案外あるあるなのではと思いました。飾らない感じが好きです。

回文の恋文もらふ万愚節  坂本厚子

回文の恋文を考えてみたのですが‥‥すきだよ‥‥‥よだきす?難しい。まぁ万愚節だしそんなこともあるのかもと思えてしまう楽しい句。

雲と雲ぶつかつてゐる犬ふぐり  犬星星人

大きな雲の動きからはじまって、地面の小さな犬ふぐりにピントが合うカメラワークが大胆でとにかくかっこいいです。

葉桜の密すりぬけて額に日  古川朋子

葉桜を通って降りてくる初夏の日差しのきらめきを追体験しました。「額」にフォーカスを絞り、最後「日」で終わっているところがお見事。「密」に今年の気分も出ています。

春雨や口へ当座の駐車券  神保と志ゆき

同じようなシーンを目にして一句にしたいと思ったのですがなかなか言葉を整理できずにいました。「当座」という言葉の発見が手柄だと思いました。

恋終はるゆつくり二本目のバナナ  岡本亜美

恋とバナナの取り合わせは案外めずらしい気がします。バナナは安価な果物ですが、一度に一本より多く食べることはなかなかなくて、二本目を食べるのは日常のなかの贅沢という感じもします。恋の終わりを詠んでいるのにどことなくポジティブ。

郭公やチェックアウトも人任せ  小泉良子

家族や友人との旅行でしょうか。人任せの旅行って楽しいですよね。「チェックアウト」という具体的な言葉をもってきたのがいいなと思いました。冒頭の促音の重なりが楽しい気分にさせてくれます。

啓蟄やレゴの欠片を踏む夜中  和田萌

レゴ、踏むと痛いです。中七下五はクスっと笑えますが、季語「啓蟄」との取り合わせに意外性があります。冬眠していた虫たちが穴から出る頃、作者はレゴを踏む。生きることはすなわち痛みを感じること‥‥。レゴ句なのに深いです。

白詰草誰かにあげるふりで編む  紺乃ひつじ

痛いほどわかる句です。白詰草を編んでいる少女期に特有の自意識過剰感。わたしもそんな子どもだったなぁと思いました。

病院のパン食もよし木の芽和へ  足立哲子

パンと木の芽和えがいっしょにでてくる感じがいかにも病院食で個人的にとても好きな句です。

雪中花きみの歯磨き粉を捨つる  本野櫻𩵋

全国俳誌協会第3回新人賞特別賞受賞作品「アネモネを捨つる夜」より。雪中花は水仙のこと。(まだ残量があるのに)歯磨き粉を捨てるという行為で恋人との同棲生活の終わりを表現しているセンスが秀逸です。句材が幅広く、どの句にも読者を引きつける力を感じた骨太の連作です。

最後に拙句をひとつ。

春風や動物園をあるく犬  千野千佳










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?