小川軽舟句集『朝晩』
2019年7月発行の小川軽舟さんの第5句集です。発行からだいぶ遅れて昨年購入し、何度も読み返している大好きな句集です。
日常の風景をシャープに切り取った句が秀逸です。どこにでもあると思われがちな日常生活はこんな視点で切り取って、こんな風に句にすればいいのかと、とても勉強になりました。
特に好きな句を。
駅弁を家に食ひつつ日の永き
新幹線のなかで食べるつもりで買ったものを食べそこねて家で食べている感じ。「食ふ」のやや乱暴な雰囲気がいい。
行春や車窓に背広かけしまま
新幹線の車窓にかけた背広越しに、流れてゆく風景を眺めている。背広をかけるとぐっと自分の部屋っぽくなる。
遠ざかる町に家族や立葵
こちらも新幹線のなかっぽい。線路沿いの立葵がよく見える。
二階から電話に下りぬ夜の秋
一軒家と固定電話の使用はもはやノスタルジー。ついこのあいだまでは当たり前だった中流家庭の景の切り取りが見事。
マグカップそれぞれに名や夜業の灯
給湯室の湯切りかごに社員それぞれのマグカップがあるのもノスタルジーだ。マグカップの底に名前が書いてあるので、湯切りかごにずらりと名前が見えている。
駅前の夜風に葡萄買ひにけり
葡萄は高級品。ちょっと贅沢をした日の夜風がここちよい。
雪降るや雪降る前のこと古し
哲学的な把握をあっさり十七音にしているのがすごい。
晩春や人の手首に時間見て
「盗み見る」「腕時計」などと言ってはこの美しい俳句にはならないのだ。すごく上手な句。
関係ないだろお前つて汗だくでまとはりつく
話題のBL句。句集のなかでいきなりあらわれるのでびっくりした。
片陰や膝いそがしき三輪車
いそがしき、が漫画的で好き。
踊るほどからだかろしとなほ踊る
盆踊りハイ。「なほ」のダメ押しに狂気が感じられて好き。
颱風裡蛇口捻れば嗚咽のみ
嗚咽!そう、あれは嗚咽。
女湯に天井つづく初湯かな
天井にひびく女たちの嬌声も聞こえてくる。おおらかだ。
松過やバターめぐらすフライパン
バター句はこのようにシンプルに作りたい。
冬萌や読まれて手紙楽になる
手紙の気持ち。(つくらない句会で教えていただいて好きになった句。)
チャーハンは強火に攻めよ卒業す
学生街の名物のお店のチャーハンか、はたまた卒業後一人暮らしがはじまるので簡単料理チャーハンを教わっているのか。カタカナ「チャーハン」の勢いがいい。
筍飯風に疲れし一日終ふ
疲れた理由を風と把握できているところ、頭がいい。