この日ばかりは空中で寝たいと思った。
土曜日。強烈な喉の痛みとともに高熱が出て、コロナだった。
ああまたコロナかあ、いやんなっちゃうなあもう。
全身が痛くてたまらない。どの角度、どの姿勢で寝てもふとんと接地する面が圧迫されて痛みが増す。それでぼくは朦朧とする中ベッドの上でのたうち回ってふと思った。
空中に浮いて寝ることができたらどんなにいいだろうなあ。
しかし空中に浮くといっても色々あるよな(あるのか?)と思った。
まずポルターガイスト的に身体が浮いて腕や足がだらんと垂れる浮き方である。あれはどうなんだろうか。はたして楽なんだろうか。血が手足の先に溜まってなんだか辛そうではないか。だめだめ却下。
魔法でふわふわ浮いちゃうあれどうだろう?ティンカーベルの粉的な?あれなら空中でも自由自在で良さそうだ。そうだそうだあれにしよう。
あれにしようったってできないんだから、もうちょっと現実的な解を考えなければいけない。空中に浮くというとやはり無重力じゃないかと思う。
たしかに無重力なら空中で寝ることも可能だろう。しかし、身体の内部まで無重力状態になるのは気持ち悪そうである。宇宙飛行士たちはそれ相応の訓練をして無重力に耐えているが、病気のぼくが突然無重力状態に放り込まれたらもっと悪化しそうではないか。
さらに、無重力下におけるコロナウイルスの働きがどうなるのかもわからない。そう考えると空中に浮いて寝るのも楽じゃないなと思い始めた。
高熱は三日続いて四日めに七度台に下がり翌日五日めに完全解熱した。今回もちゃんと味覚障害が出て、しょっぱいものと水が苦くて飲めなくなった。塩気のあるものは避けられるが、水はいかんともしがたい。水がだめだとお茶の類もまずくて飲めたものではなかったので地味に辛いものだった。水が飲めないので豆乳ばかり飲んでいたら今度は鼻がおかしくなってなにもかもが臭くてたまらなくなってしまった。コロナウイルスは何をしでかすかわかったもんじゃない。
七日目。完全復活を遂げて今回のコロナ感染を振り返ると、去年の秋に感染したときに比べればマシだったと言える。今回は後遺症もない。あれだけ空中で寝たいと願った日々はもはや過去に押し込まれた混沌に紛れ、ただ一秒ただ一秒と世界は生まれては壊れ、生まれては壊れを繰り返していく。万物は流転す。ローランドは高らかにラッパを吹き鳴らし、ついに暗黒の塔へと入っていった。