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あの時いたおっちゃんの名前を僕達はまだ知らない。(前編)

これは、約2年前。
2022年ごろに私がやっていた雑記ブログ
【朝活メルカリスト】にあげていた記事です。

ブログはすでに閉鎖しましたが、この記事だけは思い入れがあったので、noteへ移しておきました。

あの頃、この記事を読んで楽しんでくださった方、また最近繋がって、私ノリこの文章をあまり読んだ方がない方(初めて読んだのが、あの下書きnoteで度肝抜かれてしまった方😂)、そして何より、若かりし頃を懐かしい気持ちで思い出したい私自身のために再掲しておきます。

ただの思い出話です。
有益なことはきっと、何もありません。


今からもう10年以上前の話。

私の勤め先の常連客に【ちょんまげ】というあだ名のおっちゃんがいた。

女の園の権力争いに巻き込まれてこの職場に左遷されてきた私に、接客マニュアルなどより先に教えられたのが彼の存在だった。

「この人、ちょんまげのおっちゃん。挨拶しておいて。見た目キモいけど、めっちゃいい人やから。」

目の前で「見た目がキモい」と言われたのに、ちょんまげは笑っていた。この時点で、このおっちゃんがいい人なのはわかった。

160センチに満たない私より小さくてずんぐりむっくり。小汚く見える浅黒い肌に、もみあげまで続く白い無精髭。

頭髪は、白髪混じり…と言うよりも白髪に黒がうっすら混じってると言う方が正しい。

伸びっぱなしのそれは輪ゴムで括られ、つばがぼろぼろになった野球帽の後ろから申し訳程度にちょろっと飛び出している。

これが【ちょんまげ】と呼ばれている理由だろう。

(ホームレスか…) 私は直感した。

ここにはホームレスもよく出入りする。

見た目が確かにキモいおっちゃん。面識もなく電車で後ろに立たれたら、次の駅で降りてしまうかもしれない。

毛玉だらけの腹巻と、年季の入った頭陀袋も私の直感を後押しした。

軽く挨拶をすると、おっちゃんはまだニチャニチャと笑っていた。

「ノリこちゃんな、よろしゅう。ほな早速やけど注文してええか?」

そして、新人の私に分かりやすいようにゆっくりと注文を始めた。

この職場の注文は独特で、時間制限があり失敗が許されない。

早口でまくし立てられて聞き取れなかったり、間違ったオーダーを通してしまうと酷く叱られたり、減給もある。

しかし、新人に練習の機会は与えられない。ベテランもフォローはしてくれるが忙しい時はそれもままならない。

おっちゃんは最初の数日、私をわざわざ呼んで注文を取らせてくれた。新人の練習台になってくれたのだ。

仕事に慣れてくると、このおっちゃんが如何に「いい人」かと言うことがわかってきた。

まず、顔が広い。

従業員や警備員、常連客の誰もがおっちゃんに声をかける。

「おぅ、ちょんまげ。また来たんか!」

「おっちゃん、今日も元気やなぁ〜」

「ちょんまげのおっさん、この前ありがとうなー」

中には明らかにカタギではなさそうな方も、おっちゃんに親しげに話しかけていた。

場内で女の子が面倒くさそうなオジサンに絡まれていても、「注文ええか?」とおっちゃんが横からその子に話しかけると、オジサンは軽くおっちゃんに挨拶をしてそそくさと退散していく。それで助けてもらっていた子も沢山いた。

おっちゃん、元そっちの人なん?と聞いてみるとそうではないらしく、皆この場かぎりの付き合いらしい。

いつもこの場所にいるホームレスで、この界隈をうろついているなら顔も広くて当たり前か。

職場は繁華街ど真ん中だったので、酔っ払いや水商売の人間も客には多く何かと揉め事やケンカが絶えなかった。

肩が当たった、注文に前後があった、別の場所で因縁があった…

ほんの些細なことで小競り合いが始まる。

場内には警備員もいるが、殴り合いのケンカにでもならない限り放置だ。

私たち女性陣も被害を被らないように、持ち場を離れればいいと言われていた。

「もうやめとき。そんくらいにしときや。」

そんな時、たいてい仲裁に入るのはおっちゃんだった。

大それたことを言うわけではない。ただ間に入っていくだけ。

白雪姫の小人を薄汚くしたようなおっちゃんが、ポテポテと真ん中に入ってくる。

すると、頭がカッカしメンチを切り合ってた当人たちも、なんとなくアホらしくなるのか言い合いをやめ、集まってきた野次馬も方々へ散らばっていった。それが日常だった。

しかし一度、ホスト同士の言い争いに割って入った時に、おっちゃんが顔面に一発もらってしまったことがあった。

その瞬間、遠巻きでそれを眺めていた人間全員が動いた。

「おっちゃんに何すんねん!」「お前らええ加減にせぇよ!」と怒鳴りだす野次馬。

男性従業員や警備員が人垣をかき分け、ホスト数人をあっという間に羽交締めや後ろ手にして入口まで連れて行った。

女性従業員と年配の上司とで、軽く脳しんとうになっているおっちゃんを事務所へ担ぎこむ。

「おっちゃん、大丈夫?!」女の子数人で声をかけていると、おっちゃんは腫れて歪んだ顔面をさらに歪ませ、ニチャぁ〜と笑いながら言った。

「アンタらが、チューしてくれたら治る。」

「ほらココ、腫れとるやん。リンちゃんでもマキちゃんでも、ノリちゃんでもエエからたのむわ〜」

一気に空気が白けた。

大学生バイトのリンちゃんは、明らかにドン引きしていた。キモい。キモすぎるでおっちゃん。

「アホか!ちょんまげ!そんなもん唾つけといたら治るわ!」

「そんなにチューして欲しかったらワシがしたろか?」

年配の上司とベテラン警備員がツッコんでいる間に、私達は氷嚢を用意してほっぺたにあてがった。そんだけ言えたら大丈夫や、心配して損したわ。

程なく救急車が来たが、おっちゃんは「このあとも遊びたいねん」と言って頑なに乗らなかった。

おっちゃんに一発喰らわせたホストたちは、後日先輩らしきイケメンに連れられておっちゃんに謝りにきた。

そして彼らも来るたびにおっちゃんに挨拶をするようになる。

良くも悪くも、ここでは何故かおっちゃんに関わらざるを得なくなるようだ。

挨拶をしていた常連客や同僚、警備員たちに

何でみんな挨拶するんですか?あの人そんなに偉い人なんですか?と聞きまわったことがある。

その答えはみんな同じだった。

「あの人には世話になっている」

そうなのだ。

私も新人の頃からおっちゃんに世話になっている。

聞けばその時いた女の子はみんな、最初の注文はおっちゃんから取らせてもらったらしい。

おっちゃんを殴ったホストは、謝りにきた時に治療費を渡そうとして断られていた。

「ケンカ相手と一緒に焼肉でも食べ。」

笑いながらおっちゃんは言っていた。

若いホストたちもおっちゃんの懐の深さを知り、「世話になった」ことになる。

職場は古い施設だったので、殆どの従業員や警備員はおっちゃんがいつからここに出入りしているのか知らないらしい。

皆、新人の頃から

【見た目はキモいけど、めっちゃいい人】

と、ひどく曖昧で失礼極まりない引き継ぎをされて、おっちゃんと出会っている。

そして大抵、大なり小なりおっちゃんの世話になる。

右も左もわからない初見の客、警備員、従業員…おっちゃんは音もなく近寄り、ちょろっと助言したり手伝ったりする。

おっちゃんの紳士な振る舞いと見た目のキモさとのギャップもあってか、みんなおっちゃんに魅かれてしまう。

そしてまた、後輩に引き継いでしまうのだ。

【見た目はキモいけど、めっちゃいい人】と。

ひどく曖昧で失礼極まりない紹介。

だが、それが彼を表すのには最も適した表現になってしまうのだ。

ほぼ1日おっちゃんは場内をうろうろしていて、暇な時間帯になると大抵誰かと話をしている。

くだらない与太話や下衆い話をしている時もあったが、ずっと同じ人間と話し続けている時もあった。

そういう時は、会話をしているというより一方的に相手が話をしていておっちゃんが聞いている状態だ。

おっちゃんは聞き上手、話させ上手だった。

とにかく聞く。相手に全部喋らせる。

ペットの犬のように、長年枕元に置いているぬいぐるみのように、ただただ黙って相手に寄り添って、全部毒や悩みを吐かせる。

相手が全てを吐き出して表情が緩んだタイミングで、おっちゃんは一言二言かけ、またフラフラと場内をうろつき始める。

その人と何を話していたかはおっちゃんは言わない。

「たいした話ちゃう、それより注文頼むわ。」などと言って、上手にはぐらかす。

これは私の推測だが、おっちゃんは何かを【吐きたがってる】人を見つけるのが得意なんだと思う。

そんな人の前にそっとエチケット袋を差し出して、そこに相手が醜いものや汚いものを吐き出した後で、その袋の口を縛って人知れずどこかへ持って行ってくれるのだ。

おっちゃんと長話をした後、相手の表情は心なしか少し明るくなっている。中には涙目だった掃除のおばちゃんもいたけど。

かくいう私も、長話を聞いてもらっていた1人だった。

同棲していた彼氏(今の旦那)のこと、家族のこと、自分の将来、ただの愚痴、人の悪口…

他の女の子より出勤日数が多かったことと、おっちゃんが必ず立ち寄る場所の担当になることが多かったので、ヒマな時にはおっちゃんとめちゃくちゃ喋っていた。

おっちゃんと喋るうちに、おっちゃんは自分の素性も少しずつ話してくれるようになった。

おっちゃんは元職人。伝統工芸品を作るための器具を作る職人だったそうだ。

歳を取って引退し今は年金生活。ホームレスかと思っていたけど、ちゃんと家はあり、バスでここに通っている。

母親と歳の離れた妹がいたが、母親は数年前に他界。妹は結婚して離れた場所に住んでいて、滅多に会わないらしい。

ずっと独身。下衆な質問だが、何故結婚しなかったのかと聞いたら「モテへんかったんや」とすねられた。

もう少し掘り下げると、母親の在宅介護を長年していたようだ。

そのころ私も祖母の介護を家でしていたので、摘便のツラさの話題で盛り上がってしまってその時は上司に2人して怒られた。

摘便(てきべん)とは、肛門から指を入れ、大便を摘出する医療行為である。

摘便 – Wikipedia

勤め出して1年ほど経ったとき、私は先輩に食事に誘われた。

詳しく聞くと、職場の女の子数人とちょんまげのおっちゃんとで仕事終わりに飲み会をするらしい。

水商売ではないが、この職場は若い女の子の従業員も多いので、いわゆる「アフター」に誘われることも少なくない。

実際に何人かは誘いに乗り、仕事終わりに客と食事に行った子がいたらしい。それが元でトラブルになるケースもあったので、基本的には禁止とされていた。

おっちゃんも「仕事終わったら、ご飯行こやー」と誘ってきたこともあったが、当時私はすでに今の旦那と同棲していたし、何よりおっちゃんと2人で夜の繁華街を歩くのは気が引けた。

めっちゃいい人。めっっっちゃいい人だが、見た目はキモいのだ。

申し訳ないが、この場以外での付き合いはできそうにない。

おっちゃんも冗談で言っているんだろうと思っていたので、毎回軽くいなしていた。

「おっちゃんが、『ノリちゃんも呼んで』って言うてるねん。都合つけてくれへん?ナカモトさん(上司)からも良いって言われてるし。」

…上司からのお墨付き?

「え?ナカモトさんも知ってるんですか?」

「おっちゃんだけはな…ええねん。そのかわり他の子には言わんで。待ち合わせ場所決まったら後で教えるし。」

「わかりました。都合つけます。」

私は彼氏に事情を話し、その日の承諾を得た。

彼氏も職場に遊びに来たことがあり、ちょんまげのおっちゃんの存在を知っていた。

上司も了承済みで、他にも数人の女の子がいることも説明すると「じいさんとの飲みで何もなかろう」と判断してOKしてくれた。

そして私は、その当日を迎えた。


これは、思い出話です。

思い出話ですが【フィクション】です。

出てくる人の名前はすべて仮名です(ちょんまげのおっちゃん除く)。

なんとなく記録に残しておこうかな…と思ったら、長くなったのでとりあえずココで半分くらい?というところで【前編】として記事をあげてみます。

続きが気になるよー!!って方がいれば、コメントやノリこのTwitterで是非教えてください。


この記事を書いた当時は、この後に記事タイトルの元となったアニメの広告を貼ってました(笑)
(無理くりすぎるアフィリエイト🤣)

【あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない】
やったはず。
観ようかな?って言って結局観てないわ🤣

もちろん、後編もnoteにあげますのでお読みいただけたら嬉しいです🙇🏻‍♀️

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