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最近ぐっときた文章3選|歌詞から法律まで
①さよならポエジー
同期の車に乗っていたら「この曲、歌詞がめっちゃいいんよ」と、おすすめの音楽をかけてくれた。出だしから衝撃的だった。
でもそれなりの才能で
俺は俺を救ってやろう
苦悩の割に実りのない
この感性を愛している
その同期が言うには、このさよならポエジーというグループは「すごい曲が多いのに、実力に比して売れてない」らしい。だから、こんな歌詞が書けて、それもやばい、と熱く語ってくれた。
家に帰ってから何曲か聴いてみて、もうすっかりハマってしまった。数日間、ずっとぐるぐる聴いている。あんまり流行っていなくて、自分だけの感覚も心地いい。
他に好きだった歌詞も載せます。詩的で好きすぎる。
惚れた腫れたの日々を只
三人称で綴るだけ
それじゃあ当時の思い出も
佳作入賞程度の筋書きか
続いて、歌詞を見て凍るほど衝撃を受けた曲。妙にサラッとした音はこびでバランスを保っているけど、猟奇的で好き。。。
時代よ 僕を選んでくれないか
時代よ 僕を選んでくれないか
時代よ 僕を選んでくれないか
時代よ 僕を選んでくれないか
時代よ 僕を選んでくれないか
時代よ 僕を選んでくれないか
時代よ 僕を選んでくれないか
時代よ 僕を選んでくれないか
今も、さよならポエジーの曲をぐるぐる再生しながら、やっぱり歌詞が良い歌が好きだな、と思う。
先日、ご飯に連れていってくれた先輩と、詩の話をした。なんとその先輩、私がインスタのストーリーに載せていた詩集を買って読んでくれていたのです。(加えて、私が好きなうたを諳んじてくれて、叫んで喜んだ。)それで、詩のどこが好きか、みたいな話をした。先輩は「詩って『伝える』じゃなくて『伝わる』なんだなって思った。感情を説明するんじゃなくて、感情の周りを固めて、読者に『感じさせる』ものなんだなって思った。」と言っていた。私はこの感性にえらい感動したのですが、歌の歌詞も同じだなと思う。直接的なものよりも「感じさせてくれる」歌詞が好きだ。
さよならポエジーに興味が出たみなさまへ、私のおすすめは冒頭の「二束三文」です。
②弁護士法2条
お願いしますちょっとだけ話を聞いてください。「弁護士法2条」の字面で難しくてつまらない話だと断定するのはちょっとだけ待ってください。
ほとんどの法律の構造として、1条・2条あたりに「全体の方針」みたいなことが書かれている。
先日たまたま弁護士法の2条を見る機会があって、その文面がとても本質的で、きれいで感動したので、ちょっと一旦読んでみてください。ちなみに弁護士法には、われわれ弁護士の禁止事項や行動規範などが書いてある。
弁護士は、常に、深い教養の保持と高い品性の陶冶に努め、法令及び法律事務に精通しなければならない。
「深い教養の保持」と「高い品性の陶冶」の並びが非常に気に入った。語感も良いし、何より気高さが伝わってくる。斜め上を向いてツンッとしながらも、研鑽を怠らない感じがとてもかわいい。ちなみに「陶冶」という熟語をはじめて見たのですが「とうや」と読むらしい。
陶冶(とうや)=〔陶器や鋳物を作るように〕いろいろな試練を経させて、役に立つ一人前の人間に育て上げること。
「高い品性の陶冶」。とうやとうや。なんじゃその言葉選び。好きだなぁ。
先日、同業の、非常に優秀な後輩とランチをしながら「なんでそんなに優秀なの?」という質問をしたら「法律が好きなんですよね」と言っていた。その子の目があまりにも真っ直ぐなので、ちょっと笑いながら「でも分かるよ、私も時々、美しいなというか、きれいだなーって思う」と言った。そしたら「分かります!法律って読んでみると、やっぱりちゃんと考えて作られてるってのが分かるんですよね。矛盾が無いというか、練りに練られてるのが良い」と言ってた。
法律をこんなに愛している法律家は普通に珍しくて、全弁護士に「法律が好きですか?」というアンケートを取ったら、「大好き」が5%、「まぁまぁ好き」が55%、「普通」が35%くらいな気はしますが(残りの5%は🤷♀️)、「練られてる」に魅力を感じるのは分かる。抽象度が限界まで高められていて、ちゃんと中身が詰まっていて、条文どうしの関連性が見えるから、もはや無機質な感じがしないんだよなぁ。パズルみたいで割と面白いといいますか、リンクだらけの記事みたいな感じなのよね。一つの言葉を押すと色んなページに飛んでいく、みたいな。
ということで、法律はけっこー好きです。仕事じゃなきゃ読みたいとは思わないけど。
③ヒコロヒー『きれはし』
芸人として有名なヒコロヒーさんですが、恐ろしいほどの文才をお持ちなのをご存知でしょうか?
1ヶ月ほど前にTwitter(現X)で、たしか新聞の書評として書かれたヒコロヒーさんの文章を目にした。面白すぎてびっくりした。ひとことで言うと「キレッキレ」。限界まで文字数を削ぎ落としたような文章なのに、本質を突いてくる。そしてユーモアがある。その「センスのある文章のセンス以外の要素を削り取ったような文章」に魅せられて、ネットでヒコロヒーさんが雑誌の連載として書いている文章を読んだ。どれもこれも面白い、好きすぎる。エッセイを出されていることを知り、急いで購入した。それがこちら。
帯に書かれた「国民的地元のツレ」の文字に、なんやそれ、とか言いながら読み始めたら、一つ目の「まるこ」というエッセイに心臓をぶち抜かれた。や、やばすぎる。言葉選びのセンスはもちろんのこと、場面展開と回収が、膨らませかたが、やばい。ユーモアのキレもすごい。(語彙力低下。)「芸人さんだから」でまとめられないレベルな気がする。それで、文章が整いすぎてないところも良い。とっかかりがあるというか、ちゃんと伝わる。
という、わたし大絶賛の『きれはし』から、印象に残った文章を書き抜いていきます。
ドイツのことわざに「ユーモアとは『にもかかわらず』笑うことだ」というものがある。それほどユーモアというのは、たくましさを要するものなのだろう。茶化したり、軽視するような低質なそれではなく、質のよい、美しい、香り高いユーモアで、この状況「にもかかわらず」おかしめるものを感じていきたい。笑えなくなる事態になり、笑えなくなる日がきて、笑うことでスベるみたいな瞬間がくるまで、いけるうちは、なるべく、抱くべき危機感を左手に、ユーモアを右手に持って、スピッツを聴いていたい。
→まずこれは素敵!ヒコロヒーさんのお笑い、ユーモアに対するスタンスみたいなのが滲み出ていて素敵。全体を通して「不器用なんだけど、謎にまっすくだな、誠実だな」という印象を持った。切れ味のいい言葉がナイフになってヒコロヒーさんの断面が見えて、なんなら断面から中身が溢れ出しているんだけど、見え隠れする「芯」の部分というか、仕事や親しい人へのスタンスがえらい素敵なんですの。
希望というものは自分の支えになる瞬間もあれど、自分が苦労する理由として日常に滞在する時間の方が長い。それさえなければこの拷問から抜け出せるかもしれないのに、些細な希望というもの、あるいは希望のようなもの、を、自分でせっせと見つけだし掬い上げてはまた檻へと苦行をしに舞い戻っていく。希望さえなければこの人生はどれほど簡単だったのだろうかと考えることは、絶望することにもよく似ていた。
→すっげー。特に最後「絶望することにもよく似ていた」これがすごい。この「チェックリスト」という話は完成度がマヂエグイ。これがエッセイの最終話なんですけど、最初の「まるこ」と最後「チェックリスト」の話の重みサンドイッチがマヂヤバイ。最初と最後にふさわしすぎてヤバイ。
これまで、と、これから、の、はざまは、時に明確な直線があり、時にゆるやかな色味で変化していくものである。彼女たちについて今私が言えることは、これまでと変わらずに共にたっぷりと酒を浴びているうちに、気が付けばあらゆるものが「これまで」になっていたらいいな、ということぐらいである。
→すみませんこれは、エッセイ全体を読んではじめて沁みる文章かもしれませんので、もうぜひ読んでください。これも、とても暖かくて好きなお話でした。
ヒコロヒーさんの文章好きすぎる。『黙って喋って』という小説も出しているそうで、そちらも早速ポチりました。