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年中無休で生きているけど、クリープハイプがいるから大丈夫
緊急事態宣言が出て、何もかも終わってしまった気がした。
大学の対面授業はなくなり、すべてオンライン。
就職活動が進まない。エントリーシートを出しても、次の面接日程もお祈りの言葉も送られてこない。
1番楽しみにしていたクリープハイプの幕張メッセでのライブが無くなった。
当たり前に続いていくと思ったものが突然無くなっていくのは、この上ない恐怖だった。
次の春、自分がどこで何をしているか分からない。
次いつライブに行けるか分からない。
未来も、生きる理由ともいえる楽しみも、何もない。分からない。
そんな当時、出来ることといえば新しく始めたバイトに打ち込むことだった。
コロナが蔓延する直前に雇ってもらい、4月から働き始めた。
元からやりたかった仕事ではあったものの、1からのスタートは想像を絶するものだった。
慣れない作業と、はじめましてばかりの人間関係。
毎日新しいことを覚えるのに必死だった。失敗も沢山した。
コミュニケーションがうまく取れず、笑うことさえ遠慮していた。
心も身体も疲弊する毎日で、生きている心地がしなかった。
自分自身が消えてなくなってしまうのではないかという考えに囚われ、衝動的に逃げ出したくなる瞬間が何度もあった。
でもこの場所さえ手放してしまったら私には何も残らない。
必死でしがみつくしかなかった。
そんな時にリリースされたのが「およそさん」だった。
“ねぇ 最近なんか元気ない
どうしたの 大丈夫
うん 全然平気 ありがとう
およそ大丈夫”
歌い出しの一節は、クリープハイプから手紙をもらった気分だった。
うん全然平気、と一旦即答するけど、本当は「およそ大丈夫」。
絶対に大丈夫といえる強さは今持ち合わせていないし、
生き抜く自信もそんなにないけど、
「およそ」でいいというアバウトさが心強かった。
何より、先が見えない中でも曲をリリースしたり、タク飲み配信をしたり、
クリープハイプの活動がずっと目に見えるところで続いていることが嬉しかった。
その夏、「幽霊の視聴機」というライブに行った。
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クリープハイプの新曲「幽霊失格」を、クリープハイプの幽霊が演奏する。
どんな公演になるかあまり想像できなかったけど、
その1曲だけのライブに行きたくて、チケットを取った。
緊急事態宣言以降、初めてのライブだった。
チケットを取って、電車に乗って、会場へ向かう。
今まで当たり前にしていたことがなんだかとても新鮮で、胸が高鳴った。
整理番号は1番。暗がりの中、最前列の真ん中に腰掛けた。
久しぶりにライブハウス特有の爆音と煌めく照明を浴びた。
クリープハイプはいないけど、確かに居た。そんな時間だった。
音と光に包まれながら、ずっとこの時間を待っていたんだと強く思った。
この一曲分の時間だけは、純粋にライブの空間とクリープハイプが好きだということだけを考えられた。
未だに幽霊失格のイントロを聴くと、あの時の光景が鮮明に思い浮かぶ。
クリープハイプのライブにまた行きたい。生きて会いたい。
そう強く願ったことを思い出す。
秋が深まり、私は卒業後、前述した4月から始めたバイト先に就職することを決めた。
憧れていた職業だったので、今までの日々が何とか報われた気がして嬉しかった。
就職に向けて準備をすると同時に、大学最後の論文執筆を進め、毎日があっという間に過ぎていった。
目の前にやるべきことがあり、これから先の未来もなんとなく決まっている。
その安心感で、かなり生きやすくなった。
その間、クリープハイプでは「モノマネ」「どうにかなる日々」のリリースがあった。
「モノマネ」は「ボーイズENDガールズ」に通ずる歌詞。
クリープハイプの昔の歌と新しい歌が交わる時が好きだ。
新しい曲を聴き込んでいくうちに、昔の曲への解釈が変わったり深まったりする。
一曲で二度味わえる感じ。
クリープハイプを長く聴くほど、その味をより噛み締められると思う。
「どうにかなる日々」は劇伴という新たな取り組み。
サウンドだけでもクリープハイプの音だと分かるのが嬉しかった。
仕事をしたり文章を書いたりしながら歌詞ありの曲を聴くと、
私は歌詞に思考が引っ張られてしまうので、普段は無音で作業している。
こういったインストゥルメンタルは、気分を上げながら作業する手を止めずにいてくれるので、助かっている。
そうして春が来て、私は大学を無事に卒業した。
そして、緊急事態宣言以降初の、幽霊ではない、生身のクリープハイプのライブに行った。
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「一つになれないなら、せめて二つだけでいよう」は
私が初めて買ったクリープハイプの
アルバムタイトルでもある。
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星のような照明が好き
1人で来ているのに、ひと席ずつあけて座ることになんだか心許なさを感じた。
いつも、クリープハイプのライブは、どれだけぎゅうぎゅうのライブハウスで観ようが、
ライブ中だけはバントと自分が一対一で対峙している気持ちになる。
隣の席に誰も座っていない環境はよりその対峙に没入できる予感がして、少し楽しみでもあった。
開演前のボレロが鳴ると、緊張と高揚がピークになる。
あれほどライブ前の昂りに合う曲は無いのではないかと思う。
静かに膝の上、手でリズムを取りながら、
逃げ出したい夜を何度も乗り越えて、ライブに行きたいと強く願った日のことを思い出していた。
照明が消えて、始まると思った瞬間に自然と涙が溢れた。
ライブ中のことは正直あまり覚えていない。
ずっと願っていた時間を今過ごしていること、クリープハイプが好きという涙と共に溢れる想い、
それで胸がいっぱいだった。
あぁ、来てよかった、という馬鹿の一つ覚えみたいな感想だけを抱きながら、火照る体と涙で潤む瞳で帰路に着いた。
そして2021年4月。私は社会人になった。
それと同時に「四季」がリリースされた。
年中無休で生きてるから疲れるけどしょうがねー
でもたまには休んでどっか行きたい
この歌い出しを聴いた瞬間に、おこがましいが「私の歌だ」と思ってしまった。
「年中無休」で「生きてる」という、至極当たり前のこと。
当たり前なんだけど、それに酷く疲れて、辞めちゃいたいなと考える夜が、1年前の春にあったのだ。
「生きてる」ことに対し「たまには休んでどっか行きたい」と考えることを許してくれる、
「およそ大丈夫」のようなクリープハイプの寛容さに、私は救われてきた。
そこから先は、緊急事態宣言からのこの1年をなぞって聞かずにはいられなかった。
特に冬の歌詞が好きだ。
息が見えるくらいに寒くて 暗い帰り道
どうでもいい時に限って降る雪
その時なんか急に無性に生きてて良かったと思って
意味なんてないけど涙が出た
これから社会人になってまた辛いことも逃げ出したくなる日もあるかもしれない。
ただ、年中無休で生きてたら、慌ただしく過ぎていく日々の中でも生きてて良かったと思える日が来るかもしれない。
私にとって「四季」はそんな日々を生き抜くためのお守りのような歌になった。
あれから2年経ち、今も変わらずクリープハイプを聴いている。
緊急事態宣言と共に何もかも無くなった気でいたけど、
私は仕事も楽しんでやっているし、
クリープハイプは幕張と城ホールのリベンジをやった。
大阪城ホールで曲を聴きながら、この緊急事態宣言中のことを断片的に思い出していた。
相変わらずクリープハイプに生かされているな、と思う。
クリープハイプの曲とライブをお守りのようにして、これからも年中無休で生きていきたい。