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2023年9月の日記


9月1日
嬉しいことも悔しいことも、あまりにも短時間で色んなことが起こりすぎた。ドラマ「日曜の夜ぐらいは…」を観てからずっとやってみたかった、コンビニで1番高いアイスを買って食べるを実行した。コンビニ出て横断歩道渡ってすぐの、公園のベンチでぼーっとしながらただひたすらアイスを食べた。帰ってNakamuraEmiを聴きながらシャワーを浴びた。

9月2日
アジフライ定食を頼んだらアジフライが2個出てきて、嬉しい誤算だと感じつつも、アジフライ1個にもう1個違う揚げ物がいいなあ、とも思ってしまった。わがままでごめん。

9月3日
友達と会った時に写ルンですで撮った写真が現像されて送られてきた。小さい頃アルバムで見たような、親戚の集まりみたいな写真がたくさんあった。一時期カメラにハマっていた時期があったけど今はすっかり触らなくなってしまった。でも、やっぱりカメラやりたい。できればフィルムでやりたい。時間を置いて、タイムカプセルのように写真が出てくる楽しさを味わいたい。スマホのアプリでそれっぽい写真は撮れるけど、それっぽいではやっぱり満足できないみたい。

9月4日
「真夏の果実を聴かせて」を聴かないと夏は終われない。年に一度の大好きなコーナー。

9月5日
スーパーに行くと入り口の近くに鍋の素コーナーが出来上がっていて、私の頭の中の武士が「鍋じゃ…鍋の季節じゃあー!!」と騒ぎ始めた。いくらなんでも早いよとなだめていると、通路を挟んで斜向かいにカットスイカのコーナーがあり、スーパーでも季節を見失っているんだなあと複雑な気持ちになった。まだまだ蒸し暑い。まだ夏。

9月6日
思わぬタイミングで恩師と再会した。ドアを開けたらそこに立っていたので夢かと思った。笑った目尻が当時のまま。お互いに変わってないねなんて話をした。

9月7日
電話1本するだけですごくお腹が痛くなるくらい緊張したけど、あっさり終わって拍子抜け。

9月8日
思ってたよりも早い、今シーズン鍋はじめ。
1日じゅうよく喋って働いて、お腹を抱えて笑うような場面も沢山あったのに、不意にかけられたある一言がささくれのようにずっと気になって、ふとした瞬間に思い出して、やるせない気持ち。

9月9日
仕事も進んだけど半分休みみたいに過ごした。もうそろそろ寝支度を…という時に聞きたかったラジオのタイムフリー期限が終わってしまうことに気づき慌てて再生、結局寝落ち。

9月10日
駅近くのドラッグストアが空いている時間に帰ってきたので、無くなりかけている化粧品やらを新調。店を出てから何となく思いついたaikoのキラキラを流したら、びっくりするくらい、その時その瞬間の自分と気温に合っていた。
殆どサブスクから曲を聴くようになったが、シャッフル機能を使うことはあまりなくて、面倒だけど、次はこれ、その次は…と1曲1曲思いついたものを聴くようにしている。それが自分の性に合っているんだと思う。
寝る前に、まだ完成していなかった文章に書き足して、少し直して投稿した。私の2023年クリープハイプの日はこれでおしまい。

9月11日
いつもコンビニのレジで振り込んでいるところを間違えて銀行振込にしてしまい、初めて自分の口座からATMで振り込んだ。1回もお金を触らず取引が終わってビックリした。便利だなあ、と1周回って感心した。

9月12日
回るお寿司。最初から味ついてるシリーズが結構好き。何も考えずに頼むと軍艦増えがち。

9月13日
へとへとの時に立ち寄った本屋で何気なく手に取った本ほど面白いし自分の支えになってくれるみたいなところある。まだ今月1回も本屋を彷徨っていない。早く行きたい。

9月14日
アレ!!!!!

9月15日
気合を入れて臨みたいことがあったので、もう9月だけど新しいTシャツをおろした。私なりの武装。

職場の虎ファンがみんないい顔をしていた。おめでとうございますと伝えたらパインアメをくれた。

9月16日
映画の途中でお腹が痛くなるのが怖くて、夏でも上着やらブランケットやらを持ち込んでいくようにしている。でもさすがにキングダムでそれらは不要だった。連続する戦闘シーンに汗が止まらなくなった。手に握るだけでは済まされないレベルの汗。見終わった後、人の話を聞く時に掌と拳をパン!と合わせたくなる。

9月17日
厚切りのマンゴー果肉がそのまま入ったフルーツサンドを食べた。この上ない贅沢。手からこぼれ落ちないように気をつけながら食べた。フルーツサンドは焼き芋が侮るなかれ、結構美味しい。今年の秋もまた食べたい。

9月18日
カレーうどんの残りスープに冷やご飯と溶き卵を入れたら即席リゾットになる。

9月19日
アイドルを辞めた子の写真が突然Twitterのタイムラインに流れてきて、心臓が一気にばくばくと高鳴った。本人の投稿で、いまは喫茶店の店員をしているようだった。あの頃から色んな喫茶店で珈琲を楽しんでいた、彼女らしい人生の選択だと思った。
同時期に辞めたもう1人の子が今どうしているのか気になって、久しぶりにアイドルを応援してた頃よく使っていたアカウントを開いた。ファンの投稿を追い、奇しくも今月に入って再び歌う活動を始めたことがわかった。
アイドルでなくなった彼女たち、きっと何処かで元気にしているだろう、それが1番だと思っていた。でも、おこがましくも、どこで何をしているか知りたいと願っていた自分がいた。その気持ちがやっと、成仏してくれた気がする。もう大丈夫だと思う。これからも陰ながら、もし機会があれば直接、彼女たちを応援したい。

9月20日
昨晩から熱心にアイドルを応援していた頃の思いが蘇り、それと同時に、絵を描くことについて考えている。
応援し始めた当初から、いわゆるファンアートと呼ばれる、彼女たちの絵を描いてSNSにアップしていた。彼女たちを観ていると描きたいと思う表情やポーズ、衣装がどんどん供給されるため、アイデアとモチベーションが常に溢れている感覚だった。
そんな中、応援していたメンバーの多くが辞めてしまい、仕事の忙しさもあり絵を描く時間も気力も確保できず、徐々にアイドルを応援するアカウントからはフェードアウトしてしまった。
先日、久しぶりに職場の方のバースデーカード用に絵を描く機会があり、久しぶりにペンを握ったが、構図が思いつかないので描き始めるまでが遅く、進みも遅く、思い通りの完成にならず、腕が完全に鈍ってしまったと思った。
私にとって日記と絵の大きな違いは創作であるかどうか。私の日記は日々の記録だと思っているが、絵は0から生み出している。モデルとなる写真があっても、模写ではなく自分の絵柄に落とし込むので、0から1を作り出す感覚。1枚描きあげるのにある程度労力が必要だし、描き続けないと上手くならないし、腕も落ちてしまう。
また自分から進んで絵を描くようになるか、今のところは分からない。描けなくなった自分が悔しかったし、その悔しさは描くことでしか払拭できないと思うが、今すぐ描きたいという衝動には駆られない。そして日記を綴ることも絵を描くことも、無理やり自分を奮い立たせてするもんじゃない。
今ではないけど、またいつか描く生活を送りたいたいなと、今はそんな風に考えている。

9月21日
違国日記を読んでいると弁当を作って食べたくなる。買って食べるか食べに行くかばっかりで、久しく昼食を持参していない。おにぎりだけとか「不良の作る弁当」とか、簡単なもので良いからやりたいなあと考えたり。
今月はやりたいこととか欲しいものが沢山溢れ出す。ないものねだり。

9月22日
アイナちゃんの声と布袋さんの音が合いすぎていてこの1曲だけじゃもったいない。もっと聴いていたい。

9月23日
早朝目を覚ますと父と母が2人で笑っていた。クーラーを使わなくなり、風を通すためふすまを開け放っているので、こちらを覗いている気配がする。目を閉じたまま寝ぼけた頭で自分の寝姿勢を考えると、うつぶせで、頭と足がいつもと逆で、胸の辺りまで布団からずり落ちていて、足はイヤミさんのようになっていた。なのに、しっかり枕に顔を埋めていた。枕ごと布団中を転がり回ったのだろうか。我ながらすごい寝相。両親が思わず覗き込むのも納得がいき、しばらく寝たふりをしていた。社会で働くようになっても寝相で両親に笑われるなんて、恥ずかしくも情けなくもあり、でも話のネタを提供できているならまあいいかとも思ったり。両親が外出したのを音で確認して、定位置に移動して、タオルケットをこんもり被って二度寝。もう朝晩はかなりひんやりしてきた。

9月24日
焼きなすは頼んだのにベーコンエリンギバター頼まなかったのしばらく悔いる。野菜のアテが美味しい居酒屋さんに感謝申し上げる。

9月25日
年単位で行ってなかったモスバーガーでお昼。月見フォカッチャ、今年は絶対に食べたいと決めていた。プリっとしたソーセージもトロリと出てくる黄身もソースも全部美味しくて、あわよくば通年になってほしい。店内すごく落ち着く雰囲気だったので、次はライスバーガーを食べに行きたい。

9月26日
可愛いと思って手に取った黄色のマスキングテープの名前が「たまご」だったので迷わず購入。文具も売ってる本屋だったので文庫本コーナーをうろちょろ。今月まだ1冊しか読んでいないのに、購入数は今日だけで2冊、今月は計4冊になってしまった。自分の本だし返却期限もないしと言い聞かせる。

9月27日
プレゼントをもらって開けずに持って帰ろうとするのは私の悪い癖。相手の期待通りのリアクションができなかったらどうしようということが気になってしまって、無意識のうちに包みのままカバンに入れようとすると、今開けて欲しい!と止められた。開けると面白い系のアイテムで、確かにこれはみんなのいる場所で共有すべき物品だった。リアクションが大きかろうが小さかろうが、そんなこと周りはあまり気にしてなくて、贈った場所で開けてもらったという体験を分かち合いたいのかもしれない。

9月28日
仕事を早めに切り上げて、ライブへ向かう。お昼は軽くしていたので、会場へ行く前にスープとスープのセットを頼む。スープは参鶏湯とリボリータにした。リボリータなんて初めて聞いた名前だが、イタリアの郷土料理らしい。擦ったジャガイモが入っているみたいで、ざらざらした舌触りとゴロゴロの野菜の食感がとても好みだった。黙々とスープをご飯を口に運び、体が温まり満たされると、仕事のスイッチが切れて気持ちもライブへと向かってくれる。

絶対に辿り着くまでに2、3回道を間違えてしまうクラブクアトロに、なんとかグッズ販売時間内に辿り着いた。THE BAWDIESをライブハウスで見るときはだいたい見る位置を決めているので、入場したら迷わずその辺りへ。開演5分前に自分の髪がかなり伸びていることとヘアゴムを持っていないことに気づく。ここしばらく髪を短くしていたので髪をくくる行為をまるっと忘れていた。後方左右の人に心の中で謝りながら、首にかけたタオルに毛先をしまいながら見ることにする。
開演と同時に対バン(?)相手のジャルジャル…らしき2人組も一緒に登場する。ロックンロールとコント混ぜる奴という公演タイトルで、どんな風に混ざっていくのか想像できなかったが、BAWDIESのライブと交互に、あるいは乱入してお笑いが繰り広げられていくのが今までにない構成で、綺麗に1本のライブになっていた。お笑いも音楽も大好きな私にとって、この上ない幸せなライブの形だった。BAWDIESのセットリストも、いつもに増して一緒に歌う曲が多かった気がする。ライブの余韻を引きずりながら、YouTubeでコント動画を未漁りながら帰ったのは初めての経験だった。

9月29日
中秋の名月。月が自ら光を発しているかのように明るくて、これは外で月見をするしかないと思いつき、仕事帰りコンビニへ寄って、大好きなブリトーを買った。横断歩道渡ってすぐの公園には月を愛でる人がちらほらいて、自転車の人もみんな月を見上げていた。月よりも月を映す水面に見惚れてしまい、ブリトーを食べて何枚か写真を撮った後、しばらく立ったまま揺れ動く水面を見つめた。
帰ってから仮眠をとり、今日最終回を迎えるラジオ番組に備えた。当たり前のように毎週聞いていた声が聞けなくなるのはやはり寂しくやるせない。いつもと同じノリ、話し声、笑い声、いつもと違う締めくくり方。

9月30日
ボーイズグループに絶賛ハマり中の母に連れられライブへ。5時間の長尺公演。母が自分でファンクラブに入り、日々曲や動画を楽しみ、チケットも取るようになるなんて思わなかったが、一生懸命声援を送っている姿を見れて嬉しくなった。母が応援している子がスポットライトを浴びているとより大きく拍手を送ってしまった。未だに、今まで画面でしか見てなかった人がいざ目の前に立っていると新鮮に感動する。


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