わたしの上京物語
わたしは常識より良識を好んで生きてきたと思う。
大阪から上京したのは42歳のころ。まわりは「え?いま?」「42でやるねえ〜いくねえ〜」という反応だったけれど、わたし自身のこころの内は遅いも早いもなく、初めて生活の拠点を移すことの高揚感で、気持ちはピカピカだった。
ところが、東京で暮らし始めて半年ほどでコロナ禍に突入。よくわからないまま時間が過ぎるわ、その過ぎゆく時間の多くは自分について考えることに費やしてしまうわ、で、すいぶんと滅入った。自分の中途半端さがじわじわと刺さる日々。
とはいえ東京での生活はたのしかった。知らない街がたくさんあって、乗ったことのない電車や知らない路線が山とある。うまく乗り継げて、降車したところにエスカレーターがドンピシャあって、すいぃ〜っと上がって改札でPASMOをピッ。ああ〜東京(大阪以外の土地)に住んでいるのだなあ〜と感じ入る。
そんなことでも十分にうれしかった。
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2019年はじめ。10年ほど展示を続けた馬喰町ART+EATが閉業すると知り、自己嫌悪に陥った。おんぶに抱っこでギャラリーになにも還元できず、育ててもらうだけで終わってしまった。こんな気持ちのままこれまでと同じペースで旅を続けても、納得できない。
その頃から東京で暮らす算段でいろいろ考え始めるようになった。本の企画書もつくり始めた。カタチにする能力が欠落しているので、東京で「大人」と会い、本にするヒントや機会を探りたかった。付き合うか付き合わないかの際(きわ)にいた男性は、わたしが中東に行くと知りドン引きしていたので、こりゃ付き合ってもダメだわとこころも定まり大阪にいる理由がなくなった。
わたしの上京がART+EATに直接なにか還元されるわけではないけれど、東京での活動の場をなくしたまま尻すぼみするのはいやだ。旅をした土地に対して純真に願うこともある。それらを本というカタチにするには、まずは自分の旅を過去のものにしちゃいけない。そう強く思っていた。
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『旅をひとさじ てくてくラーハ日記』を手にして、その頃の記憶がぎゃんぎゃん押し寄せている。
コロナ禍、何社か企画書を送るもまるで無反応で、自信がどんどんなくなり、目的が無自覚にずれていく。「かわいい・おいしそうだけにまとめてしまったほうが企画は通りやすいのかな」なんて安直な考えが頭をかすめ、企画書にあるシリアの箇所を修正しそうになったときもあった。そんな折、シリアのドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』を鑑賞。「どうしてこの本をつくりたかったのか」に立ち戻り、じわじわと意識が覚める。
結果的にそういったところにこそ魅力を感じてくれる出版社、みずき書林と出会ったことは本当に大幸運。みずき書林の岡田さんとの初対面を終えた後日、自宅でひとりになれたときに「諦めなくてよかった」と枕に顔をつっこんでおんおん泣いた。
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東京で出会えた人たちは、やりたいことをそれぞれのペースで見事にやってのけ、仕事にできている人も多い(カツカツの自転車操業であったとしても)。そういう人たちと出会うたび「ああ、こういう人たちに会いたくって上京したんだよなあ」ということを思い出す。わたしは子どものように何かに没頭できる「大人」に会いたかった。
自分が受け取る人からの評価(ということばはあまり好きではないけれど)は、自分の立つ位置で変わる。中東に行くわたしに引く人もいれば、おもしろいなにそれ!という反応をくれる人もいる。「あの人ちょっとかわってるね」の転がり方には微妙な差異がある。「かわっている」ということばに、人からの嫌悪感に近いものを感じるときがある。冒頭で「常識より良識」と書いたけれど、その良識だって立ち位置が変われば良識で在れるかどうかわからない。
そう頭ではわかっていても、気持ちや感情のぜんぶはまかなえない。
上京していろんな人と出会い今思うのは、その良識を信じてひねくれず、自分にやれることがあるうちはしのごの言わずやっていきたいなあ、と。
以前もnoteに書いた、映画監督としての愛川欽也さんのことば
それぞれの時代の中で、人は何に翻弄(ほんろう)され、何に情を尽くすのか
は、いつも胸にとめている。たくさんのことはできない、だけど。の、「だけど」をすくいあげてもらっている。きんきん偉大。
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『旅をひとさじ』の感想を読んでは胸がじんじんとする日々。長々と自分語りをしてしまいました。読んでくれてありがとうございます(はあと)。
しっかりがんばる。
【余談なごはん写真】
本ができあがり初めてそれを手にした日、制作チームで乾杯ビアするも気持ちが落ち着かず、帰りに幡ヶ谷のミヤザキ商店でひとり焼き鳥を食べた。ここは羊串もあるので、もちろんいただく(右端)。
それでもどうにも落ち着かず「このふわふわした気持ちを受け止めてくれるおやつはないか?」とスーパーの棚を物色。買ったのはこれ。
十何年ぶりにプッチンしました。ファンシーでよかった。
おわり◎