オペラの記録:ベルリン・コーミッシェ・オーパー(KOB)、ワイル作曲《マハゴニー市の興亡》(11月13日)
11月13日、ベルリン・コーミッシェ・オーパー(KOB)でワイル作曲《マハゴニー市の興亡》を観ました。
KOBの入口です。
これは昼間で、小学生が先生に連れられて、見学に来ています。
劇場建物の壁。
劇場内、メイン・フォワイエに上がる階段。
劇場フォワイエ。モダンな部分と以前のクラシックな部分が隣接しています。
モダンな部分の横壁は鏡になっています。クラシックな部分が鏡に映っています。
フォワイエの中心にはKOBを創設したワルター・フェルゼンシュタイン(1901- 1975)の胸像があります。
オーストリア人フェルゼンシュタインは1947年、KOBを創設しました。第二次大戦で荒廃したベルリンに、そして終戦から2年後です。
KOBは2017年12月5日、創設から70年を記念し、現在のインテンダント兼主席演出家バリー・コスキーの演出で《屋根の上のヴァイオリン弾き》を新制作しました。
シュタインマイヤー大統領夫妻も臨席し祝辞を述べました。
これはそのプレミエの写真です。
大統領は上着を脱いでリラックスしています。
大統領の右に夫人、その隣がコスキーです。コスキーはいつもTシャツとスニーカーです。
(私は反対側のロージェから古い携帯で拡大して撮ったので、あまり画像の質がよくなく、すみません。)
客席内部です。
オーケストラ・ピット。
ここには『ユニセックス』のトイレがあります。
非常に珍しいです。
これはスポンサリングのおかげだそうです。
プログラム。
ちなみに作品名は日本語で《マハゴニー市の興亡》として知られていますが、発音に即し、テキストと音符に従って書くと、『マハゴニー』ではなく『マハゴンニィ』だと思います。邦題をつけるときによくある問題ですが、ここでは混乱を避けるために『マハゴニー』と表記しておきます。
ブレヒトとワイルの共同作業は《三文オペラ》が有名です。
しかしこの作品はテキストもさることながら、音楽がすごい。
ワイルはバッハやモーツァルトの作品をこれでもか、というくらい見事に『異化』して書いています。またフーガのドラマへの適用の仕方も素晴らしい。
こういうことを書き出すと、論文になってしまうので、まず紹介としてとどめておきます。
コスキーの演出も冴えまくっています。
実は私、この作品、まだ3つのプロダクションしか観たことがありません。
1つ目はベルリン・ドイツ・オペラでのギュンター・クレーマー演出(1999年2月プレミエ)
2つ目はエッセン・アールトムジークテアターでのコスキー演出(2008年1月プレミエ)
で、今回でした。
コスキーがエッセンで演出した時は、大スキャンダルとなり、観客からの抗議が相次ぎ、劇場はプロダクションを取り下げるに至りました。
私は素晴らしいと思ったのですが、「良識ある市民たち」にとっては、売春婦たちがセーラー服を着た女子高生であることや、スカトロジーが許せなかったようです。
今回のプロダクションでは、そのような『問題になる』部分はさらに先鋭化しています。売春婦ジェニーは、スカートをおへそまでめくりあげたり、お尻を突き出したり、《乙女の祈り》のシーンではピアニストにジムが放尿したり…
でも歌手への賞賛はもちろん演出も高く評価されています。
一人一人の描き方やコーラスの演技も細かいし、シンボリックな道具立てのアイディアは秀逸で理解しやすく意味深長。
ジム・マホーニーは電気椅子による一瞬の死刑ではなく、時間をかけて殴られ、蹴られ、目を抉られ、そして市民が1人ずつナイフで刺し殺していく。
そしてジムの死体は最後まで長時間ステージの中心に残る。
そこに私たちの現代社会の残酷さを見てしまうのです。
だって、ジムが死刑になる理由はたったひとつ、
「金がない」
ことなんです。
ブレヒトのテキストには、こういう一節があります。
「ハリケーンはひどい。
台風はもっとひどい。
もっともひどいのは人間だ。」
また、さらに
「ハリケーンはいらない。
台風もいらない。
なぜなら人間がいるから。」
というのもあります。
FOTO:©️Kishi