オペラの記録:バイエルン州立オペラ(ミュンヘン)、ヤナチェク《利口な女狐の物語》(7月11日)
7月11日、バイエルン州立オペラ(ミュンヘン)のナツィオナールテアターでヤナチェク《利口な女狐の物語》を観ました。
「ミュンヘン・オペラ祭」期間中で、フォワイエも賑わっています。
奥のワーグナー像の写真を撮ろうとしたら、目の前をこのお二人が横切りました。
ドラァグ・クイーンたち、ロージェにいました。さすがに目立ちます。
実は、こんなに大柄でこんな髪型の人が前の席に座ったらステージが見えない。どうしよう?と思っていたので、ホッとしました。
プログラム。
《利口な女狐の物語》は《イエヌーファ》、《カーチャ・カバノヴァ》、《マクロプロス事件》に続き上演される作品です。この4作品は異なるプロダクションを何回も観ました。
加えて、《ブロウチェク氏の休暇旅行》、《死者の家から》も観ました。
ただ、正直言うと、「ちょっと苦手」な部類に入ります。私がチェコ語ができないこと、が理由です。
ヤナチェクのオペラは言葉と音楽がとりわけ密接なため(発話旋律)、チェコ語が理解できないとフラストレーションがたまるのです。
と言っても、どれだけの人、特に日本人がチェコ語ができるかと言うと・・・ごく僅かでしょう。
最近は原語上演が普通になっていますが、90年代までは、ドイツ語上演が多かったと記憶しています。
これについて、以前、ドイツ語もできるチェコ人の指揮者と話したのですが、ドイツ語の翻訳テキストが優秀だそうです。それに「チェコ語の問題で歌手が大変なため、ドイツ語上演はしょうがないよね」ということでした。
ちなみに、その時、「ヤナーチェク」と伸ばさず、「ヤナチェク」と発音、アクセントは頭の「ヤ」にあると習いました(ここではヤナチェクと書きますが、ハッシュタグはヤナーチェクとします)。
演出家にもチェコ語ができる人はごく少数でしょう。
このミュンヘンのプロダクションを手がけた演出家バリー・コスキー、指揮者のミラ・グラジニュテ=テュラもチェコ語は出来ず、作品理解のためにチェコ語の専門家の指導を受けたそうです。
さて、《女狐》ですが、夥しい数の動物たちが登場します。
作品説明には「森の神秘」、「輪廻転生」、「女性の自由への闘い」などの文字が見えるのですが、実際の公演、演出で私が経験した限りでは、ストーリーを追うだけで手一杯、メルヘン・タッチのものが多いように思います。
このミュンヘンの制作で、コスキーは動物の姿を出さず、全て人間で行いました。例外と思えるのはメンドリたちで、黄色いコスチューム、しかも毒々しい色をつけています(これも有害飼料を食べさせられた結果と考えられるでしょう)。
ここに同オペラが出している「制作の裏側から」という映像を貼り付けます。
ステージの上からはメタリックなシルバーや黒、赤やピンクのふわふわの毛のような大規模な複数の簾がかかります。
森の神秘、体の神秘を表現した美術は見事ですし、よくこれだけのものが絡まずに上下する、その技術にも感心してしまいます。
冒頭は(森番の娘の)お葬式で始まり、最後は森番から銃撃される女狐(多分、森番の娘)の死で終わります。輪廻転生を思わせます。
『生と死』はこの作品の重要なテーマですが、それと並び重要なのは『性=エロス』です。
男狐と女狐の恋の駆け引きとベッドインに至るプロセスは作品全体の真ん中にすえられ、そこに付けられた音楽は大規模で巧妙です。
セックス・シーンは音楽のみ、それはそれはエロティックな音楽が付けられています。
上記の短い映像で出てきますが、男狐が女狐を誘い、二人(匹)が入っていくのはピンクと赤のふわふわの気持ちのよさそうな簾で囲まれた場所です。この美術はヴァギナを示しているのだと思います。
それに続く二人(匹)のセックス・シーンでは客席から観ると、シルヴァーの簾の向こうから、それぞれ4本ずつ(二人)、11組の人間の足が、ダンス(タンゴ)を踊ります。上記のビデオでは、この場面をどう作ったかが出ています。
これはとにかく可愛いし、コミカルで楽しく、微笑ましい。
クライマックスではステージ左右の端に備え付けた、まるでバズーカ砲のような巨大なクラッカーから無数の光輝く銀色の小片が打ち上げられました。
息を呑むほど美しく壮大な『射精とエクスタシー』の演出です。
また、このビデオの最後に出てくる第1幕第2場、黄色の衣裳のメンドリたちはオンドリを囲んでいるのですが、そのシーンのやり取りは以下の通りです。
メンドリたち:「私たちは卵を産んで働くの」
オンドリ:「卵を産め!俺が助ける!」
女狐:「姉妹たち!一体どんな主人に仕えているか、知ってるの?楽しみのためにあなたたちを利用して、人間からお金を取ってるのよ!システムを壊しましょう!そして新しい世界を作るの!幸福はきちんと正しくみんなで分けるのよ!」
メンドリたち:「オンドリなしでどうやって?」
女狐:「一体、オンドリが必要なの?奴らは一番美味しいところを食べて、あなたたちには残り物しか与えないのよ!」
(同オペラのプログラムのテキスト・ブックから筆者翻訳)
この後、女狐はメンドリたちを殺します。
カーテンコール。人間たちは黒い衣裳ですが、動物たちはパステルカラーの美しい衣裳をつけています。オンドリ(一番右)は半分人間、半分動物。
FOTO:©️Kishi
これはプログラムに挟まれたポスターです。
『人間の獣性』と『動物の人間的な面』が入り混じり、深く考えさせられます。
また、子供(動物)の楽しそうな笑い声がよく聞こえました。
深遠なテーマですが、公演を見終わった後、肯定的な気分になりました。
何度も見たい制作でした。
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