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フォードVSシボレー アメ車業界のメタファーとしての実写版「トランスフォーマー」

一昨年のGW中にYoutubeにて期間限定公開されていたトランスフォーマーの初代アニメ(所謂G1シリーズ)を視聴したことをきっかけに今更ながらトランスフォーマーにハマり、改めてAmazonプライムでマイケル・ベイ監督の実写版映画シリーズを視聴しました。マイケル・ベイ作品と言えば、それなりに映画を観ている人なら「爆破」「破壊」「バカ」でお馴染みで、やはり実写版トランスフォーマーシリーズもベイ節炸裂な大爆発バカ映画だったのですが、先にご紹介した「カーズ2」と同様に、バカはバカでも「車バカ」フィルターを通してじっくり鑑賞すると全く新しいものが見えてくる非常に面白い作品でもありました。

【ネタバレ注意】「カーズ2」のヴィランへの塩対応は車バカだからこそ

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実写版「トランスフォーマー」第1作目は2007年に公開されたシリーズ第一弾で、当時配給会社のパラマウントは「これの興行収入が好調なら」という条件付きで続編製作を仮に予定していたそうですが、見事に全世界で7億ドル超えの興行収入を叩き出しトリロジー化されることとなりました。。

その後全6作シリーズになることが決定しましたが、5作目の出来と興行収入があまりにもひどかったため6作目の製作が無期限ストップ……したものの、2019年公開のスピンオフ作品「バンブルビー」が実写版「トランスフォーマー」シリーズの最高傑作と批評家からもファンからも大絶賛され一発逆転。新たに実写映画プロジェクトが再始動しました。

地球の危機だけでなく実写シリーズも救ったバンブルビーえらい!

この実写版「トランスフォーマー」第1作目のRotten Tomatoesにおける評価は「58%」とビミョーで当時から賛否両論だったそうですが、この評価は前述の「バンブルビー」を除くシリーズ作の中では最高です。というかマイケル・ベイ作品の中でも結構良い方です。なんたってラジー賞にノミネートされなかったばかりか、第80回アカデミー賞で録音賞、音響編集賞、視覚効果賞にノミネートされたのだから。しかしここからシリーズの評価はどんどん下がっていきラジー賞の常連になります。

実際、この第1作目は映画としての体裁は保っているし、なにより1作目なので「前作との整合性が…」なんてことはありません。あとマイケル・ベイの映画は「差別的」と批判されることが多いですが、他の作品に比べたらこれはまだ差別描写が無い方です。そもそもマイケル・ベイの映画に高尚さや崇高さ、リベラルさ、感動的な人間ドラマを求める奴がいるとしたら、マイケル・ベイよりそいつの頭の方がどうかしています。だってマイケル・ベイですよ?特に日本人だったら「パール・ハーバー」を観た後ならなんでも許せるようになります。

「この作品は真珠湾攻撃を知らないか、第二次世界大戦さえも知らない観客を対象に作ったのだろう」という伝説的な批評を生み出した作品。

この実写版シリーズに於いてまず従来のファンから拒否反応が起こった点はトランスフォーマーたちのデザインです。アニメと似ても似つかない複雑かつギザギザした鋭利なデザインのうえに顔も昆虫っぽく、バンブルビーやオプティマス・プライムといった主要キャラ以外はボディカラーも異なり、変形する乗り物の種類さえ異なっているときたら、初代アニメからの古いファンほど実写版のデザインは受け入れ難かったでしょう。

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フォルクスワーゲン・ビートルに変形する初代アニメ版のバンブルビー。頭に角があり、人間的な顔立ちのヒューマノイドで、全体的に四角い体型で他のトランスフォーマーより小さな体の”ミニボット”。普通に喋れます。

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マイケル・ベイ版バンブルビー。シボレー・カマロに変形、目はあるものの顔全体はかなりメカニカルなデザインで、ウエストが引き締まった逆三角のマッチョ体型。確かにオプティマス・プライムと比べたら小さいけれど実はそんなにミニでもないサイズ。だいたい変形するのはマッスルカーだし。初登場時から既に声が出ずラジオ音声の組み合わせで喋ります。

初代アニメに特別思い入れがなければ、「もの凄く複雑な形状なのにワンショットで変形して凄い!ジュラシックパーク以来の3DCG革命!」と純粋に感動できますが、確かに初代アニメのキャラクターデザインと比べたら可愛げがありません。実際、実写版のオプティマス・プライムのデザイン画がWeb上に流出した際は、熱狂的な原作ファンからマイケル・ベイのもとに「殺す」と脅迫状が届いたそうです。

とはいえ、これは製作費調達のため仕方のないことだったと思います。パラマウントはトランスフォーマーの実写化にあたり、製作費調達のためアメリカの車メーカーのビッグ3の1つであるGM(ゼネラル・モーターズ)とプロダクト・プレイスメント(劇中に商品を映す広告手法)契約を締結。現在のビッグバジェット映画の製作において、もはやプロダクト・プレイスメントは欠かすことのできない製作費調達手段および収益源となっています。数分に1回、下手すると数秒に1回の割合で何かしらの商品が広告としてシーン内に映し出され、観客は大きなスクリーンでわざわざ金を支払って広告を見ている状態となります。しかし、だからといってプロダクト・プレイスメントそのものが悪いわけではありません。広告だろうが何だろうが娯楽作品は面白ければ良いのだから。もともとトランスフォーマーは玩具の販促のためにアニメが作られたという歴史があるのだから、それを原作とした実写映画が自動車の販促のために作られたとしても問題ないはずです。そしてGMがプロダクト・プレイスメントに名乗りを上げたことにより、ただの広告を越え、前述の「車バカフィルター」を通して鑑賞することで「アメ車の歴史」を振り返りつつ、やがて姿を消す名車の「記録」としても楽しむことができる多重構造的な内容になりました。

実質GMのショールームなオートボット陣営

初代アニメのトランスフォーマーの大雑把なストーリーは、遥か彼方の惑星「セイバートロン星」にて正義の陣営「Autobots(オートボット、日本名サイバトロン)」と悪の陣営「Decepticons(ディセプティコン、日本名デストロン)」の間で天下を二分する内戦が勃発。やがて戦禍は地球を含む全宇宙に広がり、両陣営が地球上の車両や航空機、各種ガジェットの姿を借り戦争という名の珍騒動を繰り広げるというもの。初代アニメではサイバトロンは民間車両やコンシューマー向けガジェットに変形するキャラクターが多いのに対し、一方のデストロンは軍事車両や航空機、武器といった物々しい姿を借りるキャラクターが多く、実写第1作目も基本的にその路線を踏襲しているのですがラインナップが凄い!なんとオートボット側は司令官オプティマス・プライム(日本名コンボイ)以外全員GMブランド!いくらなんでもこんなド直球なプロダクト・プレイスメントがあるか!露骨過ぎるだろ!…と普通なら思いますが、この車選びが最高オブ最高で、実質GMの動くショールーム状態。2007年当時にGMが世界中にどんな車をアピールしたかったのか手に取るように分かると共に、各キャラクターと彼らに割り当てられたそれぞれの車との運命のリンクに唸らされます。

オプティマス・プライム:ピータービルト・379トレーラートラック

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オートボットの中でオプティマス・プライムだけはGMブランドではなく、アメリカ第二位のシェアを誇る長距離輸送トラックメーカーであるピータービルドのトレーラートラックに変形します。いかにGMが広告主でも「オプティマス・プライムは長距離輸送用トラック」という基本設定は変えられません。アニメのオプティマス・プライムは、ピータービルドのライバルでありアメリカ第一位のシェアを誇る長距離トラックメーカーのフレイトライナーによく似た四角いトレーラートラックに変形していましたが、「それだとロボットに変形した時に身長が低くなる」という製作陣の判断によりピータービルドになったそうです。ちなみにピータービルドの創業の歴史は、当時余剰だった軍用トラックを購入して輸送用トラックに改造したのが始まりで、第二次世界大戦時には米軍の軍用トラックとして正式採用されていたとか。なので軍事・戦争とは何気に繋がりがあり、かつ同社のトラックは本作の製作総指揮を務めたスティーヴン・スピルバーグ監督作の映画「激突!」や、オプティマス・プライムの日本名の元ネタにもなった映画「コンボイ」にも起用された車。これらを鑑みると「上手いことやったなピータービルド!」と思ってしまいます。

バンブルビー:シボレー・カマロ(1977モデル→2007コンセプトモデル)

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アニメ・実写共にトランスフォーマー側の主人公的キャラクターで、斥候という兵種からいち早く地球の環境に適応して人間側の主人公である高校生サムの”愛車”となります。カマロはオプションが豊富でスペックの割にはお買い得価格な若者向けマッスルカーとして知られている車で、カマロという名称はフランス語の古語で「友達」を意味します。バンブルビーは当初1970年~1981年に生産された2代目カマロの1977年モデルに変形していましたが中盤で新型のコンセプトモデルに”お色直し”。2代目カマロは生産期間がシリーズ最長の12年と長かったことから非常に人気で最もよく知られたモデルでしたが、排気ガス規制により販売終了が決定したという経緯があります。そんな逸話を持つ車を劇中に起用するとは製作陣は車を”分かっている”と言えるでしょう。その後バンブルビーが変形するコンセプトモデルは当時まだ実働できる車両ではありませんでしたが、映画公開翌年の2008年に起こったリーマンショックによりGMの売り上げが苦境に陥った際、急遽劇中で起用したこのコンセプトモデルをほぼそのまま5代目カマロとして市場に投入し日本をはじめとする東アジアでヒット。地球の危機だけでなくGMも救ったバンブルビーえらい!なお、5代目カマロは2009年公開の続編「トランスフォーマー:リベンジ」に起用されます。

アイアンハンド:GMC・トップキック C4500

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「鉄の皮膚を持つ者(Ironhide)」という名に相応しいオートボットの切り込み隊長的な剛の者で、GM傘下のピックアップトラック・SUVブランドのGMCが2009年まで生産・販売していたピックアップトラックのトップキックC4500に変形します。彼は初代アニメでは日産・チェリーバネットに変形していたのですが、流石に2000年代にチェリーバネットはないだろうということでこの選択になったのだと思います。アイアンハイドが変形するトップキックは一般ユーザー向けの市販車ですが、同車は建設や宅配など”はたらくくるま”としても使用されることが多く、実は終盤に登場する小型クレーン車もトップキックだったりします。

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一般ユーザー向け版と”はたらくくるま”版、どちらも見せる抜かりないプロダクト・プレイスメント。

余談ですが、「アイアンハイド(Ironhide)」という名前の元ネタは同名小説を原作とする60~70年代のアメリカの推理ドラマ「鬼警部アイアンサイド(Ironside)」ではないかと思います。

サンフランシスコ市警の敏腕刑事が犯罪者に銃撃され後遺症から下半身不随になるも、市警が「警察署内をバリアフリーに改装するから引き続き嘱託警部として勤務してくれ」と要請する…という今見てもダイバーシティなドラマで、さらにそのアイアンサイドの部下が若造、黒人、婦人警官と、サンフランシスコという街の多様性を反映した作品でした。

アイアンハイドはアニメでも同じ名前ですが、アニメではシンプルなヒューマノイドタイプのデザインだったのに、実写映画ではどこからどう見てもオッサン臭い面構えの鋼鉄鬼瓦オヤジと化しています。

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これが…

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これ。

おそらく監督およびデザイナーは彼の名前の元ネタである「鬼警部アイアンサイド」の方に寄せたのでしょう。

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ところで本作のトランスフォーマーは「インターネットで言語を始めとする地球の情報を学ぶ」という設定ですが、彼はサムと対面するなり「You feeling lucky, punk?」(今日はツイてるか?兄ちゃん?)」と、クリント・イーストウッド主演の「ダーティハリー」の名台詞「Do I feel lucky? Well do ya, punk!」(今日はツイてるか?どうなんだクソ野郎!)のパロディ台詞をぶちかまします。きっとYoutubeあたりで見たかVOD配信サイトをハックしたのでしょう。

ラチェット:ハマー・H2

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オートボットの軍医ですが誰かの故障を直すシーンは特になく、(おそらく)外科手術用のハンマーや回転ノコといったやたらと物騒な武器で戦うやべえ医者です。初代アニメでもしょっちゅう現場に出て戦う描写があったので、きっと衛生兵的なイメージもあるのでしょう。また初代アニメでは先のアイアンハイドと同じ日産・チェリーバネットに変形する同型機という設定でしたが、実写で異なるキャラクターに同じ車両を使うのは広告枠が勿体ない…と製作陣が思ったのか、本作ではアイアンハイドに割り当てられたトップキックより重くてデカいハマー・H2が割り当てられました。この車は「ハンヴィー」の名称で知られていた軍用四輪駆動車だったのですが、アーノルド・シュワルツェネッガーの要望により民間用に販売されることになり、2009年までGM傘下の看板大型SUVとして高所得者層の人気を博しました。その重量なんと約3トンでV8エンジン搭載!まさに戦う医者に相応しいチョイスですが、現実にはこの車を使用した救急車は運用されておらず、ラチェットのハマー救急車はこの作品のためにカスタムされた架空のものだそうです。でも救急車運用も民営化されているアメリカ、どこかの地域にトランスフォーマーファンや自動車愛好家向けにハマー救急車を運用する会社があってもいいかもしれません。

ジャズ:ポンティアック・ソルスティスGXP

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インターネットで学習したスラング混じりの英語を喋る洒落者の副官で、そのキャラクターを反映してか2010年までポンティアックが生産・販売していたロードスターのソルスティスGXPが割り当てられています。そのチョイスのためオートボットの中ではバンブルビーよりも小柄な体格で、まるでブレイクダンスを踊るような軽やかな体術を駆使して戦います。ソルスティスGXPは2002年のデトロイトモーターショウでコンセプトモデルとして出展されたのが始まりで、好評だったことから市販化が決定しましたが、発売開始前のインターネット限定予約では9000件以上のオーダーが入る大ヒット車となり、市販化記念の限定1,000台のプレミアムモデルも予約開始からわずか41分で完売。2006年度の北米カー・オブ・ザ・イヤーにノミネートされ、モータースポーツの分野でもドリフト車として好評を博しフォーミュラDに出場しました。

このように、実写版「トランスフォーマー」第1作目には、若者にもとっつきやすいお買い得価格のマッスルカー、自家用SUVとしてもはたらくくるまとしても使える大型SUV、高所得者向けの高級重量SUV、お洒落でレースでも戦えるロードスターと、各キャラクターの設定や特長に合わせバラエティ豊かな車が起用されました。考えてみれば「車が人型ロボットに変形する」という設定は擬人化コンテンツの一種でもあり、一般消費者向けに企業の商品である車を宣伝するのに実に好都合です。人間は、自分から”人ではない何か”にキャラクター性を見出し、それに親しみや愛着を感じたら絶対にその対象を忘れることはありません。アミニズムの影響下にある日本では特にそれが顕著かもしれませんが、おそらくこれは人種、民族、地域の別なく人間ならば誰もが持つ習性のようなものだと思います。

……しかし、ここでアメ車に詳しい方はもうお気付きでしょう。本作に登場したGM車のうち、バンブルビーのカマロ以外は公開からわずか2年後の2009年以降全て生産終了となることに。理由はGMの経営悪化。奇しくも本作が公開された2007年はガソリン価格の高騰とサブプライムローン問題に端を発する世界金融危機が立て続けに起こり、その影響でGMだけでなくアメリカの車市場全体、ひいてはアメリカ経済全体が冷え込みまくり、この年GMは3兆円というとんでもない額の赤字を出してしまいます。ビッグバジェット映画の企画なんて何年も前から動いているだろうに、なぜこんなにも絶妙なタイミングで悪いことが起こってしまったのでしょうか。そのおかげで、翌年GMは77年間維持し続けていた自動車販売台数世界一の座を遂にトヨタに明け渡し、雪だるま式に膨れ上がる債務超過を少しでもマシにするため、株主配当も停止し社内のブランドと車種、それを生産する工場、労働者を整理しまくることになります。この過程で、多くの歴史あるブランドと車が消えていきました。

ジャズの予言的最期

実に不思議なことに、本作にはGMがその後辿る運命をまるで予見していたかのようなシーンがあります。それは先に紹介した、ポンティアック・ソルスティスGXPに変形するジャズの最期です。終盤、なんと彼は生きたまま敵であるディセプティコンのリーダー・メガトロンによって真っ二つに引きちぎられ絶命してしまうのです。

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引きちぎられる瞬間まで呻き声を上げるジャズ、加えて引きちぎられた瞬間に血液を連想させる液体が飛沫を上げ、しっかり脊椎的なものまで露出するなかなかの残酷表現。これで終わりかと思いきや、最後の最後に2パーツに分かれてしまったジャズをアイアンハイドが拾い上げてバッチリ見せるダメ押しまであり。おそらくマイケル・ベイは機械が壊れる様に欲情するという、藤子・F・不二雄先生や手塚治虫先生と同じタイプのド変態なのでしょう。

ジャズは初代アニメ放送当時から人気のあるメジャーなキャラクターですが、自分の推しの死に様としては最悪オブ最悪です。彼が変形するソルスティスだって、先に書いたように人気があり業界からも高く評価されていた車でした。このシーンを見て良い気分になるソルスティスオーナーなんてまずいないでしょう。
ところが、このあまりにも強烈過ぎる最期の甲斐あってか、皮肉なことに本作を鑑賞した多くの人の記憶に残り、既存のGM車オーナー以外の人、それどころかそれまでアメ車に興味のなかった人にまで「ポンティアック・ソルスティスGXP」の名が知られるようになりました。そして本作公開から3年後の2010年、GMは経営不振を理由に同車を生産していた工場を閉鎖するだけでなく、ポンティアックのブランドそのものを廃止するリストラを決行。これにより人気があり多くのファンがいたにも関わらずポンティアック・ソルスティスGXPの生産は終了し、ブランドも84年の歴史に幕を閉じました。こうした劇中と現実の悲劇的な運命が相まってか、ポンティアック・ソルスティスGXPは今でも世界中に多くのファンを有し、中古車でも新車と同等の価格で販売される値崩れのない車として知られています。
確かに劇中の演出とキャラクターの扱いには賛否両論あるでしょう。でも「広告」としては見事です。広告で最も重要なことは、その商品が好きか嫌いか、買うか買わないか以前にまず「記憶してもらうこと」。どんな感情に裏打ちされていようが頭の片隅に記憶が残っていれば、日常のふとした切欠で思い出してもらえます。それが何度も積み重なれば、いずれそれがただの記憶から愛着に変わり、いつか何かの機会に買ってもらえるかもしれないから。特に本作は以下の記事のような人を生み出せた時点で商業広告として十分成功したのだと思います。

ソルスティスの出会いは映画「トランスフォーマー」ポンティアック ソルスティス YUUKA ☆ アメマガガール(アメ車MAGAZINE.COM)

フォードVSシボレー

本作はGM以外の車メーカーともプロダクト・プレイスメント契約を締結し車両と製作費を調達しましたが、GMと同等に重要かつ活躍したメーカーがありました。それはGMと共にビッグ3に数えられるフォード。同社はシボレー・カマロに並ぶ人気と知名度を誇るマッスルカーのフォード・マスタングを、劇中でバンブルビーと対決するディセプティコンの戦士・バリケードの変形車両として提供しました。

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起用されたのは厳密にはアメリカの車メーカーのサリーンが手掛けた、フォード・マスタングをベースとしたチューニングカー「サリーン・S281」のパトカー仕様ですが、戦闘機や軍用ヘリ、戦車などのミリタリーな乗り物に変形するディセプティコンの中にあって唯一一般ユーザー向けに販売されている乗用車に変形し、加えてパトカーなのに悪役キャラという風刺が効いた設定が功を奏したのか、劇中の総登場時間はそれほど多くなかったにも関わらず多くのファンを獲得しました。

玩具も出来の良いのがリリースされています。

しかしこのキャラの何が良いって、カマロに変形するバンブルビーと激しいカーチェイスを繰り広げ、ロボットに変形した後もなお戦うシーンがあることです。これにはただのマイケル・ベイ流のド派手演出を越えた、極めて重要な意味があります。というのも、GMがカマロ開発を決断するきっかけを作ったのがこのマスタングだったからです。

フォードの創業者であるヘンリー・フォードI世は車の組み立て工程にベルトコンベアーによる流れ作業を導入することで車の大量生産とコストダウン、それらによる低価格化を実現し、車を一部の富裕層の贅沢から一般大衆の生活道具へと変化させる「車の民主化」を成し遂げますが、皮肉なことに「フォードは大量生産しか能のないダセェ大衆車メーカー」というイメージがついてしまいました。

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世界初の大衆車・T型フォード。ボディの色が黒一色のみだったのは、黒い塗料が他の色より乾くのが早かったからだとか。

一方当時のGMは、敢えて開発・組み立て工数と在庫を抱えるリスクを取り、欧州車に似せた洒落たデザインと豊富なカラーバリエーションを用意し、「確かにうちの車はT型フォードより高いかもしれませんが、その代わりいろんな色と形の車がありますよ」とフォードと真逆の戦術をとっていました。その後同社は、第二次世界大戦時に欧州戦線へ派遣された米兵が、軍から貰った給料でMGやジャガーなどの欧州のメーカーのスポーツカーを買って復員してきたのを見て、アメリカ人にもスポーツカーの需要があること、今後は実用一辺倒の車だけでは大衆の欲求を満たせないことに気付き、1953年のニューヨーク・オートショウにて「アメリカ初の本格スポーツカー」を標榜したシボレー・コルベットを発表します。

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コルベットはFRP製ボディにオープン2シーターという進歩的かつ欧州車にも引けを取らない洒落た雰囲気のスポーツカーでしたが、リリースされたのはGMの庶民向け最下層ブランドのシボレー。そのためかデザインとスペックのわりには欧州のスポーツカーよりお買い得価格で、初代のC1型は1954年~1962年の生産期間に6万台以上販売されました。今の感覚だと決して多くはありませんが、アメリカ初の本格スポーツカーとしては成功したと言えるでしょう。フォードが「車の民主化」を成し遂げたメーカーならば、GMは「スポーツカーの民主化」を成し遂げたメーカーと言えます。また、コルベットを企画した人物が自らもル・マン24時間レースに出場した経験を持つエンジニアのゾーラ・ダントフだったこともあってかレースにも積極的に参加し、早くも発表から1年後の1954年にV8エンジンを搭載したレーシングチューンモデルを開発。デイトナやセブリング12時間レース、ル・マンなど国内外のレースに出場し名声を高めました。

これに刺激されたフォードは、急遽1955年に2シーターのスペシャリティー・スポーツカー「フォード・サンダーバード」をリリースし、こちらはこちらで好評を博しますが、やはり「家族のための車」という意識を捨てきれなかったのか1957年以降4シーターのパーソナルカーに仕様変更してしまいました。

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しかしそれでもクソダサ大衆車メーカーのイメージを払拭したかったフォードは、1964年に当時の副社長リー・アイアコッカの指揮のもとベビーブーマー世代の若者をターゲットとしたスポーツカー「フォード・マスタング」を発表します。これがT型フォード以来、もしくはそれ以上と言われるほどの歴史的大ヒットを記録。発売初日のオーダーは2万2000台で、当日は全米のフォードディーラーに400万人以上が来店し店先に行列ができたほど。特にシカゴでは熱狂的に迎えられパニック状態となり、警察が出動したほどの騒動になりました。

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フォードはリリースと同時にマスタングをレース界でもデビューさせ、ツール・ド・フランス・ラリーに出場してクラス優勝を納め、インディアナポリス500レースではペースカーに選出。そのうえダメ押しのように「ル・マンに出場して優勝するぞ!」と宣言します。これについては映画「フォードvsフェラーリ」に詳しいので是非ご覧下さい。

そこで面白くないのはGMです。前述のコルベットだって発表当時から活発にレース活動を行っており、ル・マンに至ってはこれまで8回のクラス優勝をしている強豪チーム。そこへ、クソダサ大衆車メーカーのフォードがスポーツカーを開発して大ヒットを飛ばした挙句ル・マンにも参戦して優勝してやると大口を叩いたとなれば先達として黙ってはいられません。これによりフォード絶対殺すマンと化したGMは、「マスタングを殺す車」として1967年にコルベットよりもさらに手を出しやすい価格のカマロをシボレーより発表し、以後両車は「永遠のライバル」と評されながら切磋琢磨し続けています。

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カマロもまたリリース当初よりレースに投入され、サーキットでもマスタングと競い合うようになります。

カマロの姿を借りるバンブルビーとマスタングの姿を借りるバリケードがカーチェイスと乱闘を繰り広げることが何を意味するか?それはアメ車業界の歴史そのものです。奇しくも本作の舞台はマスタング発売初日にパニック状態になったシカゴ。公開時、アメリカのカマロオーナーとマスタングオーナー、ベビーブーマー世代のシカゴ出身者は面白くて仕方なかったでしょう。もうこの歴史を知って鑑賞すると、ストーリー云々の前に各キャラクターとシーンに割り当てられたメタファーそれ自体が面白くニヤニヤが止まらなくなります。実写版「トランスフォーマー」シリーズは、回を重ねるごとにプロダクト・プレイスメント契約したがる車メーカーが増え、それと共に「うちの車をオートボットとして使ってくれ!悪のディセプティコンにはするな!」と言われ、マイケル・ベイは起用車選びと”配役”に苦慮することとなりますが、こんな起用の仕方ならフォードも文句は言わなかったはずです。だって確実に観客の記憶に残るし、バリケードはムチャクチャカッコ良い悪徳警官ロボでしたから。カッコ良ければ全て良し!

車映像職人マイケル・ベイ

冒頭にも書いたとおり、本作の監督であるマイケル・ベイはまともな映画ファンや批評家からの評判は芳しくありません。無駄に人種・民族・性差別的な台詞やシーンを挟む、ご都合主義的展開、人間ドラマが軽佻浮薄、端的に言ってバカ…と理由を挙げればキリがありませんが、その一方で「シーンがスタイリッシュ」「色彩表現がカラフル」「カメラアングルが斬新」「爆発が美しい」「軍隊の撮り方が上手い」と、ビジュアル面に関する賛辞は多く、本作の製作総指揮であるスティーヴン・スピルバーグをして「車をカッコ良く撮らせたら彼の右に出る者はいない」と言わしめたほど。このことから、マイケル・ベイがただの娯楽商業作品量産監督ではなく、独自の美意識を持った職人的な映像作家であることが分かります。おそらく彼は、一般常識や教養といったまともな大人が身に着けるべきものが中学2年生くらいで停止し、その分の進化・深化が全部センスと美意識に割り振られてしまった人なのでしょう。

しかし、だからと言って本作をただの商業目的のバカ映画と評することはできないと思います。マイケル・ベイが果たしてトランスフォーマーという長寿作品をリスペクトしていたか、リスペクトとはいかないまでも撮影前にリサーチを行ったかは正直怪しいです。でも間違いなく言えるのは、マイケル・ベイは車を愛しているということ。愛していなければ、ここまでネタとメタファーを詰め込んだ起用はできないだろうし、カッコ良く撮影することはできません。本作でアイアンハイド、ラチェット、ジャズに起用された車たちはいずれも公開から2~3年後に市場から消え、ハマーとポンティアックに至ってはブランド自体が廃止され完全に消滅してしまいます。本作は、彼らがまだ”生きて”いた頃の最後の雄姿を、優れたセンスと美意識を持った映像職人が、当時最高の映像技術を駆使して超絶カッコ良い映像として納めた「記録」であり、またアメ車業界の歴史を振り返り、体が金属でできているロボット異星人の姿でカリカチュアした「記録」でもあります。

アメリカはフォードとT型フォードの出現により、車が生活道具の一つとして一般大衆に行き渡り「車の国」となりましたが、車を愛する人にとってもはやそれはただの生活道具ではなく、人生を共に過ごす友達のような存在です。本作に於いて、主人公キャラクターにフランス語の古語で「友達」を意味するカマロが割り当てられたことそれ自体が、実はマイケル・ベイのメッセージだったのではないでしょうか。

参考図書


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