正しい絶望がわかった時に希望を生きられる
ここ数ヶ月、もやもや停滞期が続いている。
"絶望“
人は変わろうと変われない。そんなことを自分と相手を通して、感じてしまう。変化したとしても、すぐに過去の自分に引っ張られる。
そう感じたのは、完璧というものを求めていたからかもしれない。
人間で生きること
本当にこの身体だけで生きるのは辛く、地獄でしかない。そう思った。
体の自分だけを信じ、全てから分離させたら、何とも繋がらないし、孤独だ。
不安で不安でたまらなくなる。
久しぶりに泣いた.ひとまず泣いてスッキリしようと思った。
知識を得ても、実践しなければ意味がない。
そして、実践もこの肉体がなくなるまでし続ける。
落ち込んでもいいんだ。落ち込むことだってある。
今は落ち込んでも、引き上げてくれる仲間がいる。
1人じゃない。
絶望の裏には希望がある。
人間で生きることの希望や喜びは一体何があるだろう?
正しい絶望がわかった時に、それは反転し希望を生きられるようになる。
コロナというウィルスが出てきて、世界は大きく変わり、心は不安で不安でたまらない人がたくさんいると思います。
人と直接会える機会が減り、会いたい人に会えなくなったり、今この時代に生きているみんなが何らかの影響を受け、我慢を強いられ、生きることへの不安恐怖があると思います。
この状況で簡単に言えないと思いますが、私自身は今改めて立ち止まり生きることがどういうことなのか?人間で生まれた理由は?自分自身に問うことができるタイミングに来ているのではないかと思っています。
私自身は今まで無意識に周りに合わせて
無意識に我慢して
いつの間にか自分が感じていることや考えていること、
そして本当にやりたいことがわからなくなっていました。
今、立ち止まり自分を生きることをはじめようと決め、自分自身が心で感じていることを大切にし自分自身が自分のことを大切にすることをはじめました。
相手に本当はこうして欲しいことを伝えたり、今まで言えなかった想いを伝えたりしています。
生きてきた中で、「どうせ、こんなもんだよね。どうせ無理だよ。」と諦めしかなかった。
沢山のことを諦め、自分の可能性を自ら殺していたんです。
でも、今は諦めや絶望に目を向けるのではなく
前を見て希望をみる。そんなことを一瞬一瞬大事にして日々を過ごしています。
モノクロな世界から、彩鮮やかな世界へと変わっているのを感じています。
一人一人が希望を感じ、自分を生きることを始めた時に社会は大きく変わるのではないかと思っています。
集合無意識で不安恐怖が蔓延していますが、そんな中でも光を見つけ希望を持ち生きていきたい。
そんな風に思っています。