母さんの味代表
一人暮らしをしている25歳の二男。
月に一度、家に帰ってくる。しかも、帰宅する時は大抵急だし、夜が遅い。そろそろ寝ようかなと言う時間、玄関からリビングに直行、万一リビングに人がいなければ、私の寝室に顔を出してひとことこう言う。
「なんか食べるものある?」
「なんでもいい?」
「なんでもいいよ」
こんな会話が夜中に始まる。でも、私は知ってるよ。二男の「なんでもいい」には、「なんでも」の前に「お母さんが作るものなら」っていう言葉がつくことを。
私は、あり合わせの材料で、手っ取り早くカレーを作る。市販のカレールーは大概家に買い置きしていないから、固形ブイヨン、おろしニンニク、おろし生姜、ターメリック、コリアンダー、クミン、それに塩コショウと味噌とハチミツで味つける。煮込む時に必ず入れるものと言えば、トマト缶。無水鍋で水は使わない。
副菜は、冷蔵庫に作り置きした常備菜を温めるだけ。私の朝食用に炊飯器から冷蔵庫に移しておいたご飯を、電子レンジで温める。
子供の頃から、遠足やサッカーの試合に持っていくお弁当に、レトルトや冷凍食品を入れると、それだけ残して帰ってくる子だ。ご近所の手作り惣菜も、デパ地下商品も、何故だか二男には通じない。
高校生にもなると、毎日がお弁当。学食があるのに利用しない。
どんなに忙しくても、私は毎朝4時起きでお弁当を作ってきた。長男から二女までの13年間、毎日朝4時から作り続けた。食べたものはその人の身体を作るし、栄養になる。怪我をすれば、どんな栄養を摂れば回復が早いか考えるし、病気をすれば何が足りなかったのか反省する。手抜きはするけど妥協はしないのが、私の料理。我が家の味だ。
ある時、二女がみんなに尋ねた。
「お母さんの味って何?」
「コロッケとハンバーグ」
最初にそう言ったのは長男。まあ、確かに得意料理だ。
「だし巻き卵」
長女の好物。高校3年間のお弁当、毎日作っていれた。
「私はスコーン」
二女の意見、けどそれご飯じゃないよ。
「カレーかな」
二男がそういうと、他の3人が声を揃えた。
「え?母さんのカレーって、あり合わせのやつ?」
「うん。あれ」
二男が、当然でしょと言わんばかりに答える。
「あれさ、毎回家にあるもの入れて作ってるからさ、材料いつもバラバラで、味付けもいつも適当だけど、どう作っても同じ味になるんだよね。みんな気付いてない?」
笑っていた3人が、うんうんと頷く。
「そういえばそうだね。あれさ、自分で作ろうと思っても同じ味にならないんだよね」
長女がそう言って、二男は得意げに答える。
「でしょ?あれってすごいんだよ。俺もやってみたけどダメだった。でさ、普通にカレールー買って作るじゃん、これじゃないんだよってなる」
こうして二男のプレゼンにより、我が家のおふくろの味は、カレーになった。
私はなんだか恥ずかしいような、誇らしいような、複雑な気持ちになった。なぜならばそれは、最も簡単で最もラクな手抜き料理なはずなのだ。
鶏肉でも豚肉でも牛肉でも、エビやイカ、白身魚でも、何ならシーチキンやウインナーで作ることさえある。そんなものが何もなければ、仕上げに目玉焼きを乗せてしまう。とりあえずタンパク質が摂れれば良いと言う思考。野菜だってもちろん、正真正銘のあり合わせ。調味料も全て目分量だ。
そういえば、長女が一人暮らしをしていた学生時代、カレーのレシピを教えてと言われ、ひどく困ったことを思い出した。あの時は、作っているのを隣で見せて「こんな感じ」と誤魔化した。
今、レシピをと言われても、書きようがない。強いて言うならばこうなる。
①あり合わせの肉等と野菜を火が通りやすいように小さめに切る
②スプレーのオリーブオイルをひと吹きして、おろしニンニクとおろし生姜、肉等を入れて火にかけ、塩コショウをふる
③火が通ったら野菜とトマト缶、フィヨンを入れて蓋をする
④全体に火が通り、水分が出たら、ターメリック、コリアンダー、クミンを入れてさっと混ぜる
⑤味噌とはちみつを入れて味を整える
ただこれだけ。本当に調味料の分量がわからないことが申し訳ない。
ただ、オススメの材料をざっくり言うならば、水分の出やすいセロリやブロッコリー、カリフラワー、根菜類、玉ねぎは揃うなら入れてほしい。根菜類が入ると、片栗粉を入れずともとろみがでる。
潰したバナナやすりおろしたリンゴや梨、桃などを入れても美味しい。甘口のカレーがお好みならば、このフルーティなのも良いと思う。フルーツカレーは、煮込み時間を長めに取るのがコツだと思う。そして既に甘いからハチミツが不要だ。
また、コクを求めるならばオリーブオイルではなく、バターを使うと良いし、ちょっと牛乳やヨーグルトを入れてもいい。半端に残った市販のルーが冷蔵庫にあれば、ちょっと入れても良いと思う。
こんなざっくりな私のカレーを、二男はおふくろの味代表にしてくれた。うちのカレーというタイトルに、思わずときめいてしまったのは、そんな二男のことを思い出したから。お彼岸には、帰ってくるだろうか。会いたくなった。
チャレンジャーのどなたか、是非とも我が家のカレーを作ってみてほしい。
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