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小さな記憶と私

 私の人生で一番古い記憶は、幼稚園で手を洗おうとしたときのことだ。覚えたての言葉で
「せんせい、“おてあらい”いってきまーす」
担任に伝えて水道で手を洗っていると、
「あれ、トイレに行くんじゃなかったの?」
「ん?てをあらうっていったよ。おてあらいしてるよ?」
察した先生が“御手洗い”の意味を教えてくれた。『手』を『洗い』に行く場所に丁寧に『御』を付けると何故『トイレ』になるのか不思議で仕方がなかった。

 もう一つ、覚えている幼稚園での出来事がある。その日は行事か何かでお弁当を持参していた。蓋を開けると、特別仲が良いわけでもない男子が私の弁当を覗き込んで、
「あ!いいなあ!俺それ大好きなんだよ!」
続けて、両腕をいっぱいに広げて、やたら良い声で
「チキチキボーーーーーン!!」
と叫んだ。まるで一発ギャグの披露のようだった。その面白さよりも、好物だったその小さな骨付きフライドチキンの商品名を初めて知り衝撃を受けていた。今でもスーパーでチキチキボーンを見かけると、顔も名前も覚えていない彼のことを思い出す。

 私は記憶力が良いほうではない。人の誕生日とか、顔や名前さえも、脳に定着させるまでに時間がかかるし、過ぎたことはほとんど忘れてしまう。仲良しの友達と遊んだことや、発表会などは写真やホームビデオを見ると思い出すこともあるが、記憶に残っているかというと、曖昧だ。そんな中、印象に残っている幼稚園でのエピソードがこの2つだ。小さな出来事だけど、今思えばどちらも“知識を得た”瞬間だったように思う。学びの原点、とも言えるかもしれない。
 
 記憶力や印象の残り方は、人それぞれ。私にはこんな、幼少期の思い出があった。



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