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ランダム3単語で掌編①昼下がり/愛想笑い/エントリーナンバー

「そんなに落ち込むなよ、洋子。」

演技がかった口調で肩を抱こうとする伊織の手を払い除け、洋子はうんともすんとも言わなくなったガラケーを握りしめた。

とうの昔に洋子はスマホに買い換えており、この前時代の遺物はただの悲惨な画質の写真や動画が詰まったアルバムとしての価値しかなかった。

実際、洋子がこの思い出を頼るのは年に数回で、決まってそれは伊織とひどく言い争ったときだった。ここしばらくは大きな喧嘩もなく、電源を入れない間に寿命が来てしまったようだ。

用があるのは毎回同じ動画。俳優志望だった伊織がオーディションに向けて自室で練習する様子を、洋子が撮影した動画だった。

俳優を諦めて不動産会社で勤めている彼は、そんなの消しなさいよ、と笑っていたが、この動画を観る度に、伊織への気持ちが溢れていた頃へ何度でも戻れる気がしていた。

ーー エントリーナンバー8、赤木、伊織です。

10年近く前の、あどけなく、瑞々しい、今はもうどこにもいない伊織。

脳内再生しかもう出来ないのだと洋子の目に涙が滲む。

「馬鹿だなあ。」と自身のスマホをいじる、年相応に丸みを帯びてきた伊織に反論しようと口を開いたとき、洋子のスマホが立て続けに震えた。

「そんな昔のガラケーの電池なんて、いつどうなったっておかしくないんだからさ。ほら、俺のクラウドから送っといたから。」

洋子は自分のスマホ上に次々と届く、伊織からの送信ファイルを確認した。

お気に入りのオーディションの練習動画は当然のこと、なんなら洋子の記憶にもなかった若かりし伊織の画像データがずらっと並んでいた。

掌の中のきらきらと飾り立てた彼と、日曜日の昼下がりらしくTシャツにボクサーパンツだけの気の緩んだ姿の彼を見比べる。

職業柄か、笑い皺が幾分か深くなったし、体型も、あの頃とは違うけど。

変わらないものも、確かにある。

彼は、出会った頃から、生粋のナルシストなのだ。

その日、送られてきた大量のデータを洋子が保存することはなかった。

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