成人式の祝い金でエアライフルを買った話
2019.02.07
大学生の頃、何故か演劇部と射撃部を掛け持ちしていた。
同じゲキでも劇と撃では全く意味が違う。
演劇は中学の頃から続けていて大学でもと思っていたら、どうしても国立入学の実績をあげたかったある教師から「佐賀は演劇が盛んだから!」と説得され入学した。
はじめは騙されたと思ったが、社会人劇団や高校演劇部が佐世保の比じゃなく多かった。教師が言っていたことは間違っていなかったといえる。
しかし射撃の異様な面白さに引きずり込まれ、演劇部とは徐々に距離が離れていってしまった。
射撃とは、ここではエアライフル射撃競技のこととする。
これは圧縮空気で弾丸を撃つタイプのものだが、ほかに火薬で撃つライフル(大口径のビッグボアと小口径のスモールボア)、ピストル(舘ひろし)がある。
また、電子的に向かって撃つビーム競技もある。
射撃をやっていた、と話すとよく「クレー射撃?」と聞かれるけど、わたしはやったことがない。
パフォーマンスや音も派手だし、壇蜜など芸能人も嗜んでいることからそっちの方が認知度が高いのかもしれない。
エアライフルは、使う道具の性質上、所持するには警察署での許可登録が必要になる。
もちろん定期的に検査や更新などはあるものの、高校生から始めることができ、年齢制限のない生涯スポーツである。
わたしがやっていたのは10mエアライフルAR60という部門。
10m離れた紙的に弾丸を撃ち点数を競うもので、点数が入る部分は直径4.5cmしかない。
立った状態で約5kgの銃を構えるのだから、当然生身ではバランスを取るのは難しい。
そこで専用装備が登場する。
キャンバス地の分厚い専用ジャケット、ズボン、ブーツ、グローブ。
これを着用することで、安定したバランスを得ることが出来るのだ。
スポーツとはいえ、射撃競技の要素はおそらく道具と装備と体格。
体力や男女差が極端に出ないことから、女性にも人気である(部門は違うが、オリンピックで活躍している女性選手も数多くいる)。
要素として付け加えると、集中力と自己分析能力。
競技者は常日頃から自身の身体と向き合い、管理し、データ化している。
カメラを設置し、姿勢をチェックして、微細な変化や因果関係を書き留め、振り返りの繰り返し。
超簡単にいうと、射撃はベストな姿勢で同じペースで撃ち続ければ満点が出る。
しかしこれをやるには人として何かを失わないと辿り着けない次元である。
ゆえに、射撃がべらぼうに上手いひとは総じてナルシストで完璧主義の変人が多い。断言してもいい。特に女はやばい。
射撃競技を長年たしなむ女性と付き合うひとは注意したほうがいい。相当な曲者である。
話が逸れたが、そういうわけで、ボールもろくにキャッチできない運動音痴のわたしがスポーツをやってるという事実、なんなら男性に勝てるという謎の快感からズブズブとのめり込んでいったわけである。
しかしこの競技、継続するにはとにかくお金が必要であった。
お察しの通り、上記の装備を全て揃えようとなるとおそらく新品の軽自動車が買える。
銃に至っては(今はわからないが)、マトモなものを買おうとすると中古で10万からだ。
なので入部当初はすべて先輩方のおさがりであった。
あまり文句も言えないが、ジャージと変わらないぐらいヨレヨレで柔らかくなってしまったもの、一部カビが生えていたりと散々なものもあった。
RPGでいうところの「ぬののふく」みたいなものである。
そんな初期装備から離脱するべく、射撃にのめり込んだひとはバイト代で装備を揃える。
上下コートは採寸をしっかり行い、好きな色をチョイスして(ベース色とライン色の2色。女子はかなり迷う)韓国のメーカーに発注していた。
当時わたしはベースを濃いネイビー、ラインをイエローにしたせいでTSUTAYAみたいになってしまった。
もちろんここまでやると、自分の身体にしっかりなじむのでバランスも桁違いに良く、点数がバンバン伸びる。
その快感がたまらず、とうとうマイ銃が欲しいと思うようになった。
当時見ていたメーカーは、ドイツの「アンシュッツ」と「ファインベルクバウ」。
そこで一目惚れしたのが後者メーカーのモデル700だった。
しかし価格で約25万…とうてい手が出せそうもない。
そんなとき、同じ射撃場で練習をしていた国体選手のかたから、旧型を10万で売ってもらえることになった。
市場価格より断然安く、テンションが最高潮にあがったわたしは、
当時父からもらった成人式の祝い金をすべてつぎ込んで購入した。
その晩はうれしさのあまり、銃を抱えて眠った。
後日、父が佐世保から食料を持って佐賀のアパートを訪ねてきてくれた。
「こないだの成人式の振袖似合っとったね。そんでー、どがんね、ちょっとこないだやった祝い金ばちょっと使ってご飯でも奢ってもらおうかねぇ。なんちゃってね」
「…もうない」
「え!?」
「ライフル買っちゃった、はは」
「!?!?!?」
父はしばらく閉口していたが、まぁあんたの好きにしてよかたい、とぽつりと言った。
その後は愛銃として数々のカスタマイズが加えられた(そこでも金が飛ぶことになる)。
ボロボロの旧式の銃を使っていたにもかかわらず、センスのある同輩にあっさり最高記録を抜かれボロ泣きするという憂き目にもあった。
小さな大会であったが優勝できて何度か決勝にも残れたし、楽しめるだけ楽しんだので良しとしようと思う。
あのときの10万があれば…という後悔より、またエアライフルやりたいなぁ…と考えてしまうのは、まったく懲りていない証拠でもあるが。
追記:佐世保では射撃場がないので練習ができない。以前は北高に部活があったらしいけど。練習するなら長崎市か佐賀まで足を延ばさなければいけないのがネックなところ。