夫の謎の買い物に救われる
2019.6.16
土曜だが夫は仕事。わたしは溜まっていた記事を子が昼寝中に仕上げた。近頃、子が起きている時のデスクワークがかなりやりづらくなってきた。
周りにバリケードをつくって互いの顔が見える状態にしていてもやはり泣かれてしまうし、必死にこちらに来ようとしている子の姿にいてもたってもいられなくなるのだ。新しいやり方を確立せねばならない。
お義母さんと子の会話がとても楽しい。声の波長が合うのだろう、同じ高さで音のやり取りをしている。ハァー、ヘァー、ハァー、どことなくエアリーなボイスだ。いったいどんな感じで言葉を発するのだろう。それがとても楽しみだ。
夫が去年ぐらいに買った光るハンドスピナーに、子は興味津々だ。当然まだ自分で回すことはできないが、光るというだけで興味を引くには十分だった。部屋の明かりを消すと、ぷにっとした子の顔が一瞬ハンドスピナーの光に照らされは消える。
まさか夫の謎の買い物にここで救われるとは。
わたしにとってはとっても癒される、光のオブジェと化していた。ふたたび部屋の明かりをつけ、徐々にうとうとしてくる子を見ながら漫画などを読んでいるうちに、いつのまにか寝てしまっていた。
夜中、職場の懇親会に参加していた夫が帰ってきた。子は構わず寝ていたが、寝相が90度変わっていた。一応、夫が夜に出掛けるときは迎えに出るつもりでスタンバイしているのだが、どうにも眠気の誘惑にはかなわない。今回は仕方なく、夫は歩いて帰ってきたのだという。ちょっとした登山だ。
夫にとっては幼少の頃慣れ親しんだ通学ルートだったとはいえ、酔いも完全に冷めてしまう傾斜だっただろう。すぐにでも布団にダイブしたい気持ちを抑え、マッハでお風呂に入ってきたのだという。ゆえに彼は真顔で半裸だった。
お偉いさん方を、漫画トークで接待してきたのだという。夫の漫画知識は非常に幅広いのだが、好きなものでいうとかなり偏り過ぎていて滅多に人と話が合うことが少ないそうなのだが、今回は見事にドンピシャリだったようで、ノンストレスで会話できたのだという。ガロ、COMに始まる…という時点でなかなかの強者であるが、さらにヤンマガ、ヤンジャン、スピリッツ、モーニング、月刊IKKIなどが見事「フルコンボだドン!」状態だったらしい。自分の思い通りにトークが運ぶだけでもずいぶんな達成感だったろうが、さらにプラスαのものがあったに違いない。
また、話題は変わって最近の20代の話をしていたのだが、現状に満足している人が非常に多いのだという。自身が100%だと思っている現状に、例えば新しい知識や環境を得て120%のものにしよう、という意欲が生まれないのだそうだ。その20%の差は本来知る必要がないもので、わざわざ自分に何かが足りないということで、不安になることもないでしょうということらしい。それが顕著に表れる形として、SNSのフォロー数とフォロワー数がほぼ同じということが挙げられる。
新しいものや未知なものに対するアンテナが極端に低いということだろうか。これ以上のものは望まず、身近にあるもので欲求を満たしていくことは決して悪いことではないし、わたしもどちらかというとそれに近い人間だが、物事が発展していくにはいささか物足りない気もする。
実際に、自分の無知に打ちのめされたり人の才能に嫉妬したり、涙が出るほど感動したりといった、自分の軸がガンガン揺さぶられる出来事がいつのまにかステップアップに繋がっていることも少なくない(効果が現れるには結構な時間がかかるのだが)。何が正解、ということもないのだが、世代間でこうしたギャップが生まれているのは事実であって、彼らに対する伝え方やメッセージの受け取り方を考えていかなければならないと思った次第だ。
などと考えていた時点で、子の寝相は更に90度回転していた。
きみにはできるだけ、いろんなものを見せてあげたいが。