
シュルレアリスムとデ・キリコのマネキン
「シュルレアリスムとは何か」
最近、巌谷國士氏の『シュルレアリスムとは何か』を読んでいます。
シュルレアリスムに興味を持ったのは、今神戸市立博物館で展示されているキリコの絵を見たからです。今まで私は現代アートにそこまで興味はなかったのですが、キリコの絵を見てすごく惹きつけられたんです。それをきっかけに、キリコが関係しているシュルレアリスムって一体何なんだろうと興味を持ちました。

この本は3つの章に分かれています。もともとは講演だったものを元にして本にしたものらしいので、語り口調はしゃべり言葉で書かれています。だから比較的読みやすかったです。
第1章では、シュールレアリスムの定義について、文学からの起こりを始めとして、美術の分野での展開まで書かれています。第2章はメルヘン、つまりおとぎ話について。第3章ではユートピアの概念が説明されていました。
第1章が特に私は面白いと感じました。そこにはシュルレアリスムの説明がわかりやすく書かれています。日本語で「超現実」と訳されるシュルレアリスムは、「非現実」ではなくて、「現実の強度がとても強い」という意味だそうです。そしてこの超現実というものは、私たちが生きている現実世界と連続しています。
シュルレアリスムを始めた作家のブルトンは自動筆記という実験をしました。自動筆記とは手の向くままに文章を書いていって、そのスピードをどんどん速くしていくものです。そこで得られた結果というのは、書くスピードを早めていくと、不思議なことにその文章から人称的な主語が消えて、どんどん非人称的なものになり、そして過去形ではなくて現在形が増えていったそうです。これはすごく面白いなぁと思いました。
このようにして生まれたシュルレアリスムは次第に美術の分野にも展開していきました。美術の分野では、キリコやマグリットなどが代表者です。
デキリコのマネキンに魅かれる理由
ところで、今日はなぜ私がキリコの作品のうち、特にマネキンに興味を惹かれるのかを、考えてみました。
展覧会を見に行った時、作品の説明書きのところにこう書いてあったのが印象的でした。「伝統的な絵画では、人間は肖像画などに見てもわかるように個性的で特権的な被写体として絵画の中で描かれてきた。しかしキリコはそれをマネキンで置き換えることによって、人間を他の対象と同等の地位に置いて表現した」と。それを読んだ時、すごく面白い発想だなぁと思いました。

実は、その説明書に書いてあったこと以外に、マネキンの絵に目が惹きつけられる理由があります。
マネキンには顔がないのに、その体の動きとかポーズとかから、喜怒哀楽の感情を持っているように感じられるんです。でも顔や話すための口がないから、感情をうまく表現することができません。絵からそのもどかしさみたいなのも伝わってきました。
でも、それ以上に思うのですが、私たちが他人と関わって関わるのはそういう表情とか言葉を介してのことです。だから表情や言葉は、私たちに他者と共にいる喜びを与えてくれる手段だと言えます。しかし、その一方であらゆる人間関係の悩み、苦しみもまた、表情や言葉によって生じるもの。逆に言えば、もしそれらがなかったとしたら、苦痛も生まれないわけです。
キリコのマネキンは、そういう人生の中での人間関係の苦しみみたいなものを感じさせない。あらかじめ排除してしまっているというシンプルさを持っている。それってとても魅力的だと思いませんか?