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「愛してる」を伝えること (地平線をのぞむ 第15回)

 こんにちは、地平線です。前回は「本音を話すこと」について綴らせて頂きました。今回は予告通り、「伝えること」を焦点にお話しさせて頂ければと思います。前回も併せてご覧ください。

 唐突だが私の好きなアニメについてご紹介させて頂く。その作品は「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」暁佳奈先生のライトノベルを原作とし、京都アニメーションが制作したアニメーション作品である。
 何故この作品を紹介したいのか。それは言葉を、そして伝えることをテーマにした作品であると考えているからだ。
あらすじは公式サイトを参照してほしい。

 この作品の中心とも言える言葉が「愛してる」
 愛にはさまざまな形があるだろう。恋愛、友愛、家族愛などの愛、そしてそれを伝える事について描かれている。
 「愛してる」は一番恥ずかしくて伝えられない言葉だと思う。だから何かに託す形でその一言を伝えようとするのだ。でも、結局言葉にしなければ伝わらない。他人の思考を覗ける人はいないのだから。
 このアニメは「愛してる」を知ろうとする主人公と、それぞれの形で伝えようとする人達の物語だった。
 
 私も結局、伝えたい人に伝える事が出来なかった人間だ。そして今も恥ずかしくて口に出せない人間でもある。さらに本音で話す事も下手ときた。そんな私の言葉は複雑に絡まっている。
 そんなごちゃごちゃに絡まった言葉を解いて、紡いでいく。そうして出来上がった言葉の糸を文章という名の織物へと仕上げていくのが私の書き方なのかもしれない。

 こうして言葉を解いていく中で少しずつ自分を知り、私の中にある「愛してる」を知ることでゆっくりとだが前に進めている気がする。
 あの日伝えられなかった想い、今も伝えられない想いを言葉に変えたくて文字を綴っているようにこの文章を書きながら思った。
 
 「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」では手紙で想いを、「愛してる」を伝えるシーンが何度も描かれている。口にするには恥ずかしくても文字なら素直に伝えられるのかもしれない。見ていてそんな事を思った。
 私が文章を綴る理由もまた、伝えたいという想いが根底にあるような気もする。実際、文章のほうが幾分か素直な感情を吐露している感じがするのだ。

 私は博愛主義、というと大袈裟かもしれないが人間そのものは好きである。よくカウンセリングなどで話すのは「人間が好きだけど苦手」という説明だ。
 障がいに起因するコミュニケーション下手と過去のトラウマから苦手だが、性格的には人間が大好き、愛してると言っても過言ではない。だからこそ、もう大事な言葉を飲み込みたくないのだ。
 その為にも言葉や伝える事に対する恐怖と向き合って行きたいと、そんな事を最近は考えている。

 今回は「伝えること」をテーマに考えている事を書いてみた。そろそろ締めようと思うが、最後にもう少しだけ書きたい事がある。こんな文章を書いている時でないと恥ずかしくて言葉にできないから一言だけ、私からも贈りたい。
  
 片思いをした彼女へ、一緒に笑った友達へ、支えてくれている家族へ、出会ってきた良い人達へ、今も共に居てくれる人達へ、

「愛してる」

 心の底から想いを込めて、この一言を。


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TANOSHIKA 地平線
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