12ToneS 〜バルトーク、シュニトケ、ペルト〜
2023年12月9日小金井宮地楽器ホール大ホールにて、この度プロデュースさせて頂いたコンサート、「12ToneS 〜バルトーク、シュニトケ、ペルト〜」の自らで書いたプログラムノートを公開させて頂きます。
プログラムそのものの仕上がりも、「かっこいい!」ものとなっております。
会場にてお待ちしております!
「12ToneS」は12音技法と呼ばれる「12Tone」が由来になります。12個ある音が均等に使われる技法。
そして今日お呼びした12人の素晴らしい仲間たち。彼らと一緒に今日は特別な時間をお届けします。
・・・人が曲を書く時、人は世界を丸々一つ作り出すのです。具現化に値しない音楽の素材など一つもありません・・・
聞き手が何を理解し、何を理解しないかは 聞き手自身の判断に任せるとしましょう。
アルフレート・シュニトケ
(「シュニトケの無名時代 作曲家との対話」群像社より )
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アルフレード・シュニトケ Alfred Schnittke(1934-1998)
これほどにも「自分独自の音楽の世界を創り出したい」という欲求の強い作曲家がいたでしょうか。ロシア人のイメージが強い彼は、ロシアの血を一滴も含まないドイツ・ユダヤ系。当時のソヴィエト連邦ヴォルガ・ドイツ自治共和国のエンゲルス生まれ。アイディンティティの問題に苦しみながら第二次世界大戦がはじまると、ソヴィエトでも起こった反ユダヤ主義の運動で、迫害を受けていた日々。「そもそも僕は、あらゆる状況から見て、現実の正常な関係の外に置かれた人間であると感じています」と語り、生涯を通してこの問題と向き合い続けました。彼の音楽を象徴するものとして「多様式主義」が上げられますが、今回のテーマの由来「12Tone」は、シュニトケ自身が音楽の厳しいルールと、自身の中の「壁」を破るのに期待した技法でもありました。古典的な要素も取り入れながら、その個性的な独自の表現は唯一無二。
ポルカ Polka
モスクワの前衛劇場の為に作曲した組曲の中の第4番「ザ・クローク」をヴァイオリンの為に書き直したも。不気味さと陽気さが漂うこの音楽は、ユダヤ風ロシアの雰囲気が漂います。
祝賀ロンド Congratulatory Rondo
モーツァルトのように聞こえてくるこの作品は、友人の誕生日に贈った曲。古典的な様式でシンプルで軽快に反復されるテーマに挟まれた愉快なエピソードは、何かのパロディのよう。
タンゴ Tango
オペラ「愚か者の生活 (Life with an Idiot)」、映画「ロマノフ王朝の最後」で登場する。オーソドックスなタンゴ・スタイルの作品ですが、その哀愁とやら。
きよしこの夜 Silent Night
世界的ヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルのために書いた数々の作品の中の一つ。「12月の現実なんてこんなものだ」と言わんばかりの、静かで美しいメロディーに容赦ない不協和音の激突が皮肉満載。
ヴァイオリン・ソナタ 第1番 Violin Sonata No.1
予期されない音楽。何かが起こるぞと思わせて何も起こらなかったり、何も起こらないと思わせて、突然それは起こったり。このような音楽の仕掛けを彼はストラヴィンスキーの作品からヒントを得ました。この1番を含む3つのヴァイオリンソナタは、生涯の友マーク・ルボトゥスキーの為に書かれもの。ショスタコーヴィッチの影響も強く受けていたシュニトケは「12Tone」をヴァイオリンソナタで用いるアイデアを、このソナタで引き継いでいます。ピアノ弦をミュートして演奏する「内部奏法」は効果的にヴァイオリンとの新たな会話を生み出します。
第1楽章 Andante 40小節の小さな序奏。挨拶のように、ピアノが入ってくるまでにヴァイオリンだけで奏でる「12Tone」は必聴。不気味な雰囲気を助長の先に、容赦ない厳しさ。ヴァイオリンのピチカートが不気味な余韻を残してこの楽章は終わります。
第2楽章 Allegretto ストラヴィンスキーのリズム形態に熱中してヒントを得た独特のリズム。まるで二つの楽器が足にまとわりつき、歩きにくさせているような。再び中間部に出てくる「12Tone」の旋律には気付けますか?明確な終わりがなく、アタッカで第3楽章の最初の和音に突入します。
第3楽章 Adagio 厳かに始まる冒頭のピアノの重厚なコードで用いられているCHDC#(ドシレド#)の音の進行は、半音下げるとBACH(シ♭ラドシ)という並びになり「バッハ主題」と呼ばれるもの。バッハへの敬意から、あらゆる作品に起用されています。静かに入るヴァイオリンのメロディーはビブラートをかけないようにとの指示が。ハーモニクスが用いられる最後は異世界へと連れて行かれる感覚。
第4楽章 Allegretto Scherzando お互いを真似し合い、真顔でからかいふざけ合う。何かを嘲笑うデビルダンスが落ち着いてきたと思ったら、静かに聞いたことのあるあのテーマ、1楽章の冒頭の「12Tone」がシグナルのように再び表れ、悪夢から覚める。現実を突きつけるかのように3楽章冒頭の「バッハ主題」が改めて提示され、ピチカートによる最初のテーマの断片で終わっていきますが、不気味な継続感は消えないまま。
アルヴォ・ペルト Arvo Pärt (1935 - )
エストニア生まれで健在する最も人気のある作曲家。ペルトはシュニトケが生きていた頃からその才能に注目されていて、初期の作品ではバルトークの影響も受けています。「12Tone」を用いた作品を始めとし、彼が用いた「道具」は数多く。彼の音楽の代名詞となる「ミニマル・ミュージック」であることから、音楽界の「ミニマリスト」と呼ばれています。それでいて宗教音楽に精通していて、彼の音楽は誰よりも「祈り」に近い。
鏡の中の鏡 Spiegel im Spiegel
「ミニマル・ミュージック」の代表的作品。盛り上がることなく美しく無限に続く静謐な世界に、ぽつんと我が身を投じ、あなた自身を映し出してください。
フラトレス Fratres
ラテン語で「兄弟、同志」の意味。最も人気のある作品の一つとなっています。ジャズやポップスに使われる和音進行を用い、厳かでありながら、生々しい願いや叫びが心を突き刺します。
バルトーク・ベーラ Bartók Bela (1881-1945)
彼を一言で説明するなら民族音楽収集家。「ハンガリー民謡の最も美しいものを集め、良い伴奏をつけ芸術歌曲の域にまで高める」と心に決め、彼の民族音楽収集は始まりました。ハンガリーのみならず、ルーマニア、スロヴァキア、トルコなどにも手を伸ばしました。民族音楽に留まらず「新古典主義」の位置付けにもあった多くの作品は、バロックに精通しながらもその後の作曲家達に大きく影響を与えていき、その音楽を支えたのもまた、民族音楽収集で触れていた人々と自然の営みに影響を受けていた事もあるでしょう。ハンガリーは第一次大戦で敗戦国となり、第二次世界大戦ではナチスに占領されアメリカへ亡命した後、愛する母国に帰ることなく死去します。
弦楽のためのディベルティメント Divertimento for String Orchestra
民族音楽収集生活における実験的作風が影を潜めて、創作活動に洗練性が極まると同時にヨーロッパ時代の最後の作品となります。スイスにある指揮者パウル・ザッハーの山荘で過ごした15日間で書き上げられました。この時期のバルトークは第二次世界大戦の勃発による文化政策で自由な活動や研究が叶わなくなり、作品の原稿を守るためにも避難する必要がりました。また同年には最愛の母を亡くし、ナチス嫌いもあり愛する母国を離れアメリカへと亡命するという、転換期かつ、壮絶な時間を過ごしていたことは容易に考えられます。18世紀に登場した器楽組曲「ディベルティメント」、バロック時代に用いられたコンチェルト・グロッソ(ソロ群とTutti群の2群が交互に演奏するスタイル)の形式を起用するなど古典的要素を取り入れた彼の願いは、汚れてしまった現世界から、純粋な音楽の再起を願ったのかもしれません。
弦楽器とバルトーク
バルトーク自身はヴァイオリンを弾きませんでしたが、弦楽作品を作曲する際にヴァイオリニストの助けを借りようとはしませんでした。作品を書き終えた後に奏者のアドヴァイスを受けるなどをして、またその限界に常に挑戦していきました。弦楽器の持つ力を深く信じ、自身の表現を「弦楽サウンド」に隅々まで移し替えていこうとします。弦楽器の魅力そのものがバルトークの手によって何倍にも引き出されていることは間違いありません。
第1楽章 Allegro non troppo ジプシーの影響を強く受けたワルツ。鼓動するリズミカルな伴奏は、誇り高く、力強く、穏やかなメインテーマ自由なソナタ形式でランダムに配置されたアクセントと拡張されていくシンコペーションが特徴的です。遊び心あるソロ群とTuttiとの対話が特徴的。
第2楽章 Molt adagio 葬列の音楽。ペンタトニックのメロディーと、すすり泣くようなトリル。この悲しみさや暗さは、「自然音」が模範され作曲された自身のピアノ曲「夜の音楽」がベースとなっています。息の長い孤独なメロディー、調性が「無調」の瀬戸際まで引き伸ばされ、その長い行列は永遠のようです。
第3楽章 Allegro assai 不穏な雰囲気は、歓喜に満ちたロンド・フィナーレに打ち消されます。軽快な2拍子の推進力のあるリズムと、曇りないすっきりと晴れた調性。激しく繰り広げられるジプシーダンスと。情熱的なソロとオーケストラの掛け合いが頂点に達したと思ったら、サプライズが。
解説:滝千春
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