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感情が溢れて、生きていると感じる。
わたしは、ちょうど不登校生に向けた活動や生きづらさに関わる活動をはじめた時から、よく泣くようになった。
多分きっと、誰かに本当の想いを伝えることがなかったからだと思う。
本音を話すと、強い心の底の声を吐露すると、涙が出る。
活動をはじめて数日、生まれてから16年で、はじめて知った。
死に損ないになる前、
わたしは自分の気持ちがわからないつまらない人間だと思っていた。
わたしは代替えの利く無個性でつまらない人間だと思っていた。
学校に行けない、自分の部屋からも出れない。
誰もができることもできないで、生きている価値がないと思う時もあった。
生きていても、死んでいても、何も変わらない。
ぼーっと死んだように生きていて。
よくわからない苦しみや心の痛みを忘れるために、
お腹に冷蔵庫にあるもの、そこらにあるお菓子を詰め込んで、
頭を打ち付けてみたり、髪の毛抜いてみたりして。
今考えると、
そんなことになったのはわたしの癖が問題だったんじゃないかと思う。
昔のわたしは嘘つきだった。
人の目を気にして、自分の意見を塞ぐ、想いを押し込める癖があった。
すると、
「わたしはみんなと同じなんだ」
なぜか安心したような、わたしが1人いなくなったような、
そんな気がした。
友達と同調して、大人が望むことをすればいい。
それが一番安全に生きていける道だと信じて疑わなかった。
パパとママが「お医者さんになったら、色んな人の役に立てる」と言ったから、将来の夢はお医者さんだった。
パパとママが「英語を喋れる子になったら、将来幸せになれる」と言ったから、英語の勉強を頑張った。
でも、わたしがどうなりたいのか、何をしたいのか、何を思っているのか。
全くわからなくなっていることに、苦しさを覚えるようになった。
わたしは自分の気持ちがわからないつまらない人間だと思っていた。
わたしは代替えの利く無個性でつまらない人間だと思っていた。
この思考に、ずぶっと足を取られてしまった。
「どうして自分のことなのにわからないの?」
色んな大人に言われて、とても苦しかった記憶。
自分の想いが何もわからないことに、何食わぬ顔をしたけど。
(所謂)普通の学校に行くこと、外に出ることができなくなった時、一気に自分の想いがわからないことに、欠落した何かを感じたんだと思う。
でも、何もわからないから、どうすることもできなくて、引きこもって逃げてきた。
死に損なった日、「消えたかった。」
確かそう壁に書いた気がする。
昔は文章を書くのが好きだった。
そんな記憶だけを頼りに文章を書くことを始めた。
毎日、訳も分からずに涙が出た。
それは活動をはじめてから、誰かと話すときもずっとだった。
新宿に毎日通ってた時の帰りの電車でも泣きながらブログを書いた。
気持ち悪いかもしれないけど、
わたしにとって、感情が溢れて、涙が出る時が一番生きていると感じた。
昔は、泣くのも笑うのも噓だった。
わたしが何を考え、何を想ってるのかすらわからなかった。
今は、涙が本当である何よりもの証明で。
今でも特訓中だけど、涙を紐解き、想いを見つけることができる。
わたしって生きているんだなぁと思う。
涙を流せる瞬間があるだけで幸せなんだよね、わたし。
それが悲しくても、辛くても。
生きているってそういうことなんだと思う。
何も嬉しいこと、楽しいことだけが幸せじゃない。
生きることを感じられることが、わたしの幸せなんだ。
今のわたしも、涙を流している。
それはきっと、苦しいことも生きていなきゃ感じられないことだって
再認識できた柔らかい喜びの涙だと想うことにしよう。
ゼミの発表ちょっと嫌だけど、
深夜の雨のにおいは好き。
おやすみなさい。
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