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お客さんと友人の違い

人との距離感って、私の場合
小学生のときから課題な気がしてる。
比較的壁を作ってしまいがちな性格は、なぜだろう。
そんな話をしようと思う。


バームクーヘンはお顔の蓄積で説明してるけど
人間関係の物理的距離も同じく、


真ん中に自分がいてその周りには親、子、夫や妹などの親族がいて、
その周りにはよく会うお客さんや職場の人や、親友などが存在したり、
その周りにはたまに会う友人、会った事ないフォロワーさん、などですね。

仕事絡みの良好な関係は自分を取り巻く大きな支えとなり、身近すぎる人とのマイナスな出来事があれば大きな打撃ともなりうるのであります。

誰をどれぐらいの数、身近に置くのか?
そして
お客さんと友人の違いって何だろー?って
ふと考えたくなった。


私の場合、
友人には話せるけどお客さんには話せないこと
があるわけではなく、
むしろ好きなことを仕事にしてるから美容のことを積極的にお話しできる相手という意味では友人よりもっと自分を表現できる相手とも言えるんですね。

知らない人だけど、深い関係、って感じ?

私の中で友人は幼馴染っていうイメージ。

昔の共通点があるだけで、現在の共通点があるかと
問われたら少ないかもしれない。

お客さんと会う時はお金が発生し、
友人と会う時はお金が発生しない。

うむ、なんともわかりやすく
滑稽な表現かもしれないけど実際にはそれが事実となっている。


大人になってから知り合ったひとはお客さんしかいないんです。それは別に悲しくも寂しくもなく、私からしたら居心地の良いありがたい存在。


お客さんからお金を頂かずに会うことって滅多になく、
(いわゆるランチしたり飲みに出かけたり)
お客さんとの間に【施術】というクッションを省いてしまったらどう接していいかわからなくなる。

それは共通の友人が席を外した時にお互い気まずくなる瞬間のように、お見合いのような緊張が急にかけめぐる。

お客さんと面と向かって話すのは慣れてないのです。


逆に幼馴染に施術をしてもらってお金を頂くのはなんとなく申し訳ないっていうか、
なんか情で来てもらってたりしないかどうか?が気になって仕方ない。
それはそれで心地悪い。。


お客さんと私の中では【キレイにする、したい】というあるひとつのゴールがあるじゃないですか。
なので初めましての方でも全く大丈夫なんですね。

ひとつのゴールを目指してるから、仲間みたいな感じで友人かと思うほどコミットした時間を過ごすことができる。

でもこちらから【次いつ来ますか?】みたいなアプローチはお金という存在が邪魔をして誤解を招きやすく、積極的に近づくことはできない。したくない。

当たり前のことなのだけど常に受け身なのであります。

相反して、幼馴染とはゴールがない。
ゴールがないからこそ、たわいもなくゆるやかで色褪せずタイムスリップしたような空間を感じることができる。

お金という邪魔がないぶん、積極的に近づくことは容易にできるのだけど仕事してると幼馴染との共通点も減ってくるのは事実、【いざ会おう!】と思うまではよくあるのだけど
LINEして予定を計画して、、、っていう、そこまでの行動力(愛知と東京っていう物理的な距離もある)が
なかなか私の中で発動しない。

(気持ちはあるし誘われれば行くんだけど、言い訳に過ぎないから自粛)


といった具合に、【自分から誘う】ことがほぼないまま39歳になりました(⌒-⌒; )もう取り返しはつかない。

もともと誰かに依存して安心するタイプではないし、
案の定1人は大好きなんですがね。


そんな私も、同じ目的を持った仲間がいたらいいなと最近は思うようになってきた。

最近どう?この先どーする?みたいな
利害関係のないカタチでね。業界問わず。


出会いたい出会いたいと懇願してるわけではないし
今のままでも十分満たされてるんですが
人生のなかでふと気づいたら繋がってたね、みたいな関係ってあると思ってる。

無理矢理出会うのではなく、
出会うべき人とは続いていくはずで、
途切れた時はそーゆータイミングなのだと流れに身を任せている39年間。


そうだ。

自分から【この人と仲良くなりたい】って
ガツンと最初から思わなくとも
この人と出会えてよかったなと思えることはたくさんある。

それはお客さんでも友人でも
お金を介さずとも、介しても、
ジャンルを問わないな、と思う。


どんな出会い方でも構わないし
例え関係性が変化しても、それはきっと大したことないんだ。


お客さん、幼馴染、友人、
いろんな言葉のジャンル(隔て)はあるけど
【自分の人生の中で必要な(だった)存在】に
変わりない。

会う頻度が大切さにある程度比例してしまうことは否めないけど、会っていなくてもつながっている部分があって、

全く会ったことのない名も知らない親族より
毎月会ってるお客さんのが意識の距離は近いように、
肩書きに囚われてはいけない。


ところで、
比較的壁を作ってしまいがちな性格は、なぜだろう。。

人の心に土足でズケズケと入り込んでしまったら嫌われてしまう、と心のどこかで思っていた幼少期。
何のとりえもない私が、人からどこまで許されるのか?探ってたようにも思う。

人の輪に入れないことは大人になっても変わらずにあることなのだけど、
そんなことを気にする暇が、この先の人生にない気がするからこれを機に手放してみようと思う。


ありのままでいることは
思ったことを全て言うことではないけれど、
全て言ったとしてもそれを包んでくれる人しか私の周りには存在していないようにも思うから、
そこを信じて前に進んでいこうと思う。


いつものごとく何も解決してはいないけど
少しだけ過去の自分と触れ合った。

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